2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007/04/29

シンプル、じゃないシャツ。

A087

ずっと疑問だったことがある。
それは、おばさんのファッションについて。

なぜ、おばさんはラメが好ききなのか。
(なぜ、おばさんはヒカリモノが好きなのか。)
なぜ、おばさんはでっかい動物柄が好きなのか。
(なぜ、おばさんはとてつもない柄物が好きなのか。)
ということである。

ずっと、頭の片隅をしめていたこの疑問が最近とけつつある。
なぜかといえば自分がおじさんになったから。
おばさん(一部おじさん)が総じて派手目複雑系にはしるのは
シンプルであることが、美しい、よりも寂しいとしか
感じなくなってくるからであり、
なぜ寂しいと感じるかといえば
自分の肉体的衰退をシンプルさでは
補えないと思うからではないのだろうか。

まあ、若い時から派手目複雑系命という人はいるわけだし
晩年のジョージア・オキーフみたいに、高齢になっても
シンプルなファッションが
このうえなく格好いい人もいるわけではあるが。

そんな、どうでもいいことをふと考えたのは
自分の服の好みが、年齢を重ねるにつれ
変わってきているからだ。

たとえばシャツ1枚とっても
以前であれば、とにかくベーシックで
シンプルなデザインであるこが必須条件であったが
いまは、逆にちょっとデザイン的なギミックのあるもを
選んだりすることが多い。

このコムデギャルソンのシャツ、
全面のバイアスのフリルっぽい部分が
ちょっと変わっていていいかなと思ったのである。
さわやかなブルー系だが、ちょっとアクのあるデザインなわけだ。

どうなんだろう、20代の自分だったら
このデザインは選ばなかっただろうか。

2007/04/25

ペーパーウェイト

A086

いつも目にしていて
日常にとけ込んでいるもの。
当たり前すぎて、「ある」と意識さえしないもの。
なのにある日ふと気がついたら、
その「もの」がどうしてそこにあるのかわからない、
そんなことがないだろうか。ないな、普通は。

このペーパーウェイト、
なぜ自分が持っているのかわからない。
ぜいぶん前から机の上にあったものなのだが、
自分で買った記憶はないし、もらった覚えもない…。
いったいどうやって自分の手元にきたものか。
そんな見慣れてはいるが詳細不明なものなのだが、
あらためて見てみると
アンモナイトの(化石の)はいった石を貝の輪郭に削りだしてあり、
理科の標本のようでおもしろいし、
サイズがまた手のひらにすっぽりおさまる大きさで
もっていて気持ちがいいのである。
まあペーパーウェイトなので
手にもってどうというものではないのだけれども。
主張はしないけど何気に存在感はある、そんな感じである。
うーん、どうやって手にいれたんだかなあ…。

2007/04/22

スノードーム from U.S.A

A085

ひそかにスノードームコレクターをめざしている。
先日会社の同僚がNewYorkへいくことになり
ここぞとばかり、年上なのをいいことに、
スノードームを買って来てるよう強要したのだった。
そして、こころ優しい同僚は、めんどくさがりもせず
(いや、ホントはめんどうだったかもしれないが)
お土産にスノードームを買って来てくれたのだった。

自分としては、いかにも「スーベニール」といった
チープでキッチュなモノを想像していたのだが
彼が買ってきてくれたのは
グッケンハイム美術館のスノードームで、
モノクロームの色使いがとてもクールな、
存在感あるものだった。
そしてこのスノードームは
ドームのなかの雪がゆったりと舞い、
その舞いかたがとてもとても美しい。

たぶん自分で想像していたようなモノをもらっても
きっと、とてもうれしかったと思うのだが
いい意味で予想を裏切られたお土産で、
モノをもらってこんなに「うれしい」気持ちが
沸き上がったのはぜいぶん久しぶりであった。

テーブルに置いたこのスノードームを
ゆらして雪を舞い上げては
ニンマリしている最近なのである。

2007/04/15

ジャックダニエル、の瓶。

A083

とくにバーボン好き、という訳ではないのだが
ビールではない強めのアルコールがほしいとき、
ジャックダニエルを買うことが多い。
コンビニエンスストアであっても、
たいがい2・3種のバーボンがあるなかで
なぜジャックダニエルを選ぶかといえば
やはりパッケージで選んでいるのだと思う。

たくさんの文字で埋め尽くされた
ジャックダニエルのラベルデザインは
アクが強いともいえるのだが
黒字に白文字というそれ以上シンプルにしようがない色使いで
逆に洗練された印象でさえある。

そして、そのアクと洗練とのバランスで
「男」「成熟」「無骨さ」「伝統」などなど
『ザ・バーボン』的なイメージを見事に表現しているように思う。

でも、その『ザ・バーボン』的なイメージというものは
自分の嗜好とは方向があわないわけで、
じゃあ、どうしてジャックダニエル?と考えると
やはり黒地に白というカラーリングが、
インテリアコーディネートの面から
非常になじみがよい、悪目立ちしないから、なのだろう。
ジャックダニエルのボトル、
思いのほかナチュラルなテイストのインテリアにも
無理なくとけ込むのである。

2007/04/07

世界は「使われなかった人生」であふれている

A082jpg

沢木耕太郎が暮らしの手帳に連載していた映画評を
まとめた本である。
映画評としては中野翠のかくものが好きなのだが、
映画の好みとしては若干ズレがあるんだろうなあ、
といつも思いながら読んでいた。
今回、この沢木耕太郎の本を読んでおもしろかったのは
その映画評が読物として優れているのは当然ながら、
「あ、たぶん映画の好みが似ているかもしれない」と感じたからである。
沢木耕太郎と映画の好みが似ているように思い、
ちょっとうれしい気がしたわけである。
まあ、勝手な思い込みだとは思うが。

2007/04/01

バクダッド・カフェ

A081

子供のころというのは
どうやって、どういう段階を踏んで
友達を作っていたのだろうかと
思うときがある。

ひとにもよるのだろうが、すくなくとも自分は
大人になると友達をつくるのに、というか、
人と親しくなるのにとても用心深くなる。
そしてそれは、自分を様々なモノ・コトから守るためには
仕方のないことであると、思うのだ。
そして、そう思ってはいても、
時として、とても損をしているというか
いろいろな可能性をなくしているような気分にもなるのだ。

この映画『バグダット・カフェ』の主人公であるジャスミンのように、
人の、凝り固まった気持ちをとかす暖かさをもった人間が
自分のまわりいたとしたら、
映画のなかで、さまざまな人がジャスミンにたいして
心を開いていったように、自分も素直な気持ちになれるだろうか。
そして最初はジャスミンを胡散臭げにみていたブレンダが
最後には無二の親友になっていくように
自分もあたらしい友人をつくることができるだろうか…。
そんなことを考えてしまうのだった。

『バグダット・カフェ』は
いわゆる『大人のおとぎばなし』的な話ではあるのだけれど
人と人の気持ちが通い合う心地良さというものを、
ふつふつ思い出させてくれる、そんな映画である。


« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »