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2007/05/25

透明アクリル製の写真立て。

A096

一辺6cmほどの
透明アクリルでできた立方体なので、
てのひらにズンとくる重さである。
6面のうち3面に金属製のカバーがあり、
その金属部分とアクリルの間に写真を挟むと、
反対側の三つの面からその写真がのぞける、
そんな写真立である。
知人がNYにいったときにお土産として
買ってきてくれたものだ。
MOMAのミュージアムショップで買った、と
その知人が言っていたような気がするのだが、
WEBで調べてもなかったので、自分の記憶違いかもしれない。
いかにもMOMAに置いてありそうな感じではあるのだが。

6cmのアクリル越しにみえる写真は、
その奥行サイズとレンズ効果で
不思議な空間感のなかに浮かび上がる。

何を入れようかと考えたときに、
「タイポグラフィー的なものがおもしろいかも」と思い
コムデギャルソンのロゴをいれてみた。
白地に黒1色のロゴのクールな感じが
アクリルの質感、立方体の量感にとても合っているように思う。
存在感あるオブジェのようである。

ま、自己満足なんだけど。

2007/05/22

仏像。

A095

仏像、とはいっても
高さ4cmほどのちいさいものである。
そして仏像のカタチはしていても
モノ的には仏像ではない。
では、何かと言うと『お香立て』なのであった。
たしか500円もしなかったもので、
買った場所は恵比寿ガーデンプレイス。

きっとどこか東南アジアでつくられた
お土産ものだったりするのだろうなあ。

意外な事に、
じっくり見るとこの仏さま、
とてもいい表情をしているのである。
高貴、ではないけれど、とても穏やかな
やわらかい表情なのである。

木彫りなので、きっと彫ったひとの性格が
でてるのではないかと思う。
そう考えると、こんな安物の仏さまではあるけれど
なにかしら、ありがたい思いもするし、
「それって、本来的意味でも仏像ってことだな」と
考えたりもするのであった。

2007/05/19

ジャック・ピアソン

A094

うーん。
こんな自己満足のブログではあっても
『ジャック・ピアソン』について書くのは、ためらわれるな。
そう思うくらい、ジャック・ピアソンは
自分にとってはちょっと特別な写真家だ。

はじめてジャック・ピアソンの写真を見たのは
パルコ・ギャラリーで個展が開かれたときだった。
ずいぶん前のことだ。

なんて言えばいいのか、
生き続けていく時間のなかで
「快適なわけでもなく、かといって不快でもない」
トクベツでないふつうに過ぎていく時間の、
一瞬をすくい取っている写真だ、と思ったのである。
そして、ふつうに過ぎていく時間の、
そのなんでもない一瞬一瞬というのは
紛れもなく生きている時間であり、
「なんでもない」がゆえに
強く、生きているということがせまってくる気がしたのだ。
そしてそれは、
「なんでもない」がゆえに心もとない時間でもあり、
たとえば、旅行、それもとくに海外旅行しているときに感じる、
旅人であることの立ち位置のない不安定感のようなものを
孕んでもいるように思う。

いまにして思えば、
若かった自分が、方向の定まらない行き先に
漠然と感じていた不安のようなもの、
その「不安」を、不安ではあるが
いまの自分の有り様として、そのまま受け入れていいのだ。
そのまま受け入れるべきなのだ。
と、ジャック・ピアソンの写真をみることによって、
そのときの自分を肯定することが
できたような気がしたのかも知れない。

2007/05/16

ぼくの伯父さんの休暇。

A093

フランスのブルターニュ地方の
サン・マロという小さな海沿いの町に行ったことがある。
外国人がわざわざ観光にいくような場所ではないので、
町中を東洋人が歩いていたりすると、
とても目立つようなそんな町である。
たぶん、近郊のひとたちが夏のバカンスにやってくるような
ごく庶民的な観光地のような感じだ。
泳ぐには冷たすぎる海なのだが
浜辺には日光浴を楽しむバカンス客がぞろぞろと
それぞれの娯楽にいそしんでいる。
ペタングをしているおじいちゃんおばあちゃんは
こんがり、というか、これでもかという感じで日焼けしていたり。

ジャック・タチの「ぼくの伯父さんの休暇」を読み返していたら
そんなことを思いだした。
この本は、映画の「ぼくの伯父さんの休暇」を、
フランスでノベライズしたものの翻訳本らしい。
映画も確か観ているにもかかわらず、
とくに記憶に残っていないのが我ながら情けないのだが、
たぶん十何年ぶりで読み返したこの本では、
主人公のユロ氏とまわりのひとびとの、
事件ともいえないようなさまざま騒動を描いていて、
フランスのバカンス気分というか、
バカンス中の雰囲気・空気感がとても楽しい。

造本・装丁はフランスの書籍をモチーフにデザインされており、
購入したときには、ちょっと懲りすぎかという
印象をもった記憶があるのだが、
いまみると、いい具合いに古本感がでているような気がする。

それにしても
フランスのバカンス、っていう雰囲気は好きだなあ。
バカンス時期だけフランス人になりたい、と思ったりする。


2007/05/13

ノマディック美術館。

A092

『ashes and snow』を観た。
その『ashes and snow』を展示するために作られたのが
ノマディック美術館である。
この建物は、貨物コンテナと
リサイクル可能な材料でつくられた仮設の建物だ。

さまざまな色をもつ貨物コンテナが積み重なった様は
ジャンクな素材感と、建築物としての構築的なフォルム、
それ自体がひとつの巨大なオブジェのようだ。
逆に内部は、教会の聖堂を思わせるような
空間構成になっており、
コンテナという素材との対比がおもしろい。
聖と俗、と言う感じもする対比だ。

いいなあ。この建物。
坂茂という建築家の先品だそうだ。
ミュージアムショップにミニチュアがあったら
きっと買ったと思うのだが、
残念ながらそんなモノは売っていなかった。

『ashes and snow』の
グレゴリー・コルベールの人間と動物の交流を描いた作品は、
神秘的であり、ビジュアルとしての
インパクトもあってよかったのだが、
写真・映像からミュージアムショップで売っているカタログまで
なんというか視覚的な面をコントロールしすぎて
作為的な印象が少し。また、ちょっと単調な感じも。
(カタログは購入。いやとてもすてきな装幀なんで…)
全体的なところでは、
アートプロジェクトの規模が大きすぎて
やや商業的すぎるイメージである。
なんか美術展を観ているというより
万博のパビリオンをみているような感じがした。
それをいったらノマディック美術館も
そのプロジェクトのひとつではあるわけなのだが。

2007/05/12

ゴム製のコースター。

A091

記憶が定かではないのだが、
たしか古タイヤをリサイクルしてつくった
コースターとの説明があったような気がする。
黒くて分かりづらいが表面には
スターバックスのロゴマークが
エンボス加工されている。

夏にスターバックスでアイスコーヒー買ってきて、
オフィスの机のうえに置いておくと、
当然のことながら水滴でぐしょぐしょになってしまう。
コースターがあったら便利かと思い、
1枚100円程度だったので
自宅用にもと思い4・5枚買ったのだった。
まあ、コースターを敷いても机の上のぐしょぐしょは、
変わらなかったのだが。

それ以来あまり使うこともなく、
食器棚のスミにおきっぱなしのコースターだったが
このところ、出番が多い。
何故かといえば、
最近ダイニングテーブルを買い換えたばかりで
熱いマグカップを直置きすることに、
ややためらいがあるのである。
で、このコースターを敷いているわけだ。
そんな気を遣って使うようなデザインのテーブルではなく、
どちらかと言えば傷があるくらいのほうが
様になる雰囲気なのだが、はじめはね。やっぱりね。

このコースター、
厚みが5・6ミリあり、なんていうか
質実剛健な、
コースターといえども存在感があるのであった。

2007/05/08

まな板。

A090

なんだな。まな板といったらミもフタも無いな。
やはりここはカッティングボードなどと呼ぶべきかも。
だってコンランショップで買ったわけだし。

まな板買うのにコンランショップでなくっても、
と、買った本人も思う。
思うのだが、この鉄製の取っ手の、ちょこんとついた感じ、
言ってみれば、ただの板っきれに取っ手がついただけなのに、
それだけでなにかこう、
とても素敵な道具に見えはしないだろうか。
こんなにシンプルなのになあ。
「それがデザインなり」などと思ったりも、ちょっとした。

ちいさいサイズなので、
通常サイズのまな板のサブとして使っている。
実用している。
まな板は調理中は頻繁に洗うものだから
サイズが大きいとけっこう邪魔くさい。
だから、ちょっと何かを刻むときとか
このボードはとても便利である。
…ちょっと言い訳じみている?

2007/05/06

5月の庭。

A089

庭、っていってもマンションのルーフバルコニーなんだが。
それでも5月、新緑が勢いづく頃は
クレマチスが咲き、モッコウバラが咲き、
それなりの賑わいをみせるわけなのだ。

花屋にいって、
バジルとイタリアンパセリの苗と、
そして半年前からネコが同居しているので
キャットニップなんかも買ってみたりして、
ちまちまと植え替えたりする。

そして陽も傾き始めた頃、
冷蔵庫からビールを取り出し
腰に手を添え、
夕陽にむかってごくごくと飲むのである。

日頃のわずらわしい事を忘れて、
このときばかりは、
「ビバ!自分の人生」とか思うのだった。

2007/05/03

サラベスキッチンNew York。

A088jpg

「クウネルに載ってたジャムが売ってた」と
連れが買ってきたサラベスキッチンというブランドのジャム。
ラベルはけっこうフェミニンかつ
クラシックなデザインなのだが
ビン自体はストンとしたカタチで
感じの良い素っ気なさがある。
ありそうでなかなか無い、シンプルなビンである。

ジャムなのにビンのことばかり書いているのは
クウネルで紹介されていたのが
「器として空きビンを使う」という提案で、
その空きビンの器としてのたたずまいが
魅力的だったから、である。

そして、このサラベスキッチンNew Yorkのジャム、
値段もとても魅力的。
連れによると1200円くらいだったらしい。
「ほほうっ」、という値段である。
でも、食べてみたらおいしかったのは事実。

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