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2007/10/31

スヌーピーのピーナツバター。

A131

いまにして思えば、
ピーナツ・コミックスを読むことは、
アメリカの生活を知ることでもあったな。
たとえば、ライナス言うところの
「カボチャ大王がやってくる」ハロウィーンという行事もそうだし、
アメリカの家庭のリビングには、でっかいソファがあり
子どもはそれにもたれて、
作り立てのポップコーンを食べながらテレビを観たりすること、
そして、学校にはピーナツバターとジェリー(ジャム)の
サンドイッチをランチボックスにつめてもって行くことなどなど。

そうなのだ。
なにがビックリしたって、パンにピーナツバターとジャムを
いっしょに塗る、その組合わせにとても驚いたものだった。
まあ、いまなら組み合わせとしてあり、と思うんだけど
その当時の日本の子どもとしては、
理解を超えた食べ物だったのである。

そんなことを、このピーナツバターを見て思い出した。
かわいいな、スヌーピーは。

ちなみにこのピーナツバター、
味のほうは、甘みをかなり抑えた大人の味、である。

2007/10/27

パラティッシ。

A130

世間では北欧ブームはまだ続いているのだろうか。
もともと北欧デザインにはさほど興味がなかったのだが
サブリミナル的に見せられているいるうちに
北欧的なものもけっこういいかも、なんて思うようになってきた。
慣れとは恐ろしいものである。
しかし、連れの持っているムーミンシリーズの本以外に、
我が家に北欧的なものはない。

でも、ひそかにパラティッシという食器がほしいと思っていたのだ。
パラティッシは、北欧の陶磁器メーカー、
アラビア社の商品のシリーズで、
白地に花や実のような絵がデザインされているものである。
雑貨・食器好きや北欧デザイン好きにはおなじみのものだ。

で、そのパラティッシ、
カラーのものと、黒一色で表現されたものがあるのだが
その道(ってどの道?)の達人には
シンプルな黒のパラティッシの評価が高い。
雑誌などで紹介されるときも、
その黒のパラティッシであることが多いのだ。
そして、ここが悩ましいところなのだが、その黒いパラディッシは
何年か前に廃盤になっていて現在新品は売っていないのである。
ということはつまり。
黒いパラティッシを持っているということは
最近の北欧ブームにのせられた俄ファンではないということで
「あなたたちとはレベルが違うの」というこでもある。
なんか悔しい。

そして、ないとなると、なおさら欲しくなってくるのは世の常であるわけで、
試しにヤフオクとかを見てみると
案の定出品されていたりするのだな。定価の何倍もの値がついて。
でもなあ、そこまでして手に入れるって
逆にちょっと格好悪いなあ。とも思うのであった。

そんなある日、デパートの食器売り場を歩いていると
棚にカラーのパラティッシのシリーズが置いてあるではないか。
よく考えたら、実物を手にとって見た事は
いちどもないことに気がついた。
なので、まあ参考までにと、実物を手にとってみたのだが、
あれ、カラーのものもいいのではと思ったのである。
とくに小さいサイズの皿は絵柄とサイズのバランスがよく
使い勝手もよさそうだったので購入した。

「パラティッシ、カラーもいいですよー。
これからはカラーですねー」
って自分は誰に向けて言ってるんだか。

2007/10/21

チェックの膝掛け。

A129

ゆったりしたソファで惰眠を貪るには
最高の季節である。
ちょっと涼しくてすやすや気持ちよく眠れるのである。
で、ちょっと足元が落ち着かないので
こんな膝掛けがあるとなおいっそう心地良い。

で、気持ちいいのは人間ではなくネコである。
この膝掛けは、去年からウチにいる
同居ネコのためのものなのだ。
ネコはあったかくしてやらないとなと思って買った。
自分が赤系のチェック柄が好きなので
これに決めたのだが
同居ネコは茶トラなので、色合いもバッチリである。
どこかしらイギリス的でさえある。ほんとか。

しかし気になる事がひとつ。
同居ネコは膝掛けのフリンジがお気に入りで
じゃれつくのだが、
ところどころ短くなっている場所があるのだ。
齧って食べているもよう…。
フリンジは、食べないでほしい。


2007/10/15

語るに足る、ささやかな人生。

A128

車は運転しない。
ペーパードライバーとして
20年生きてきたが特別不便は感じていない。
そもそも、基本的に運転というものが好きではないし、
渋滞だとか、駐車スペースを探すとか
そんなことが、自分にとってはとても面倒なことなのである。

ただひとつ、こんなとき車の運転が好きだったら、
と思うのは、海外を旅行しているときである。
もちろん電車やバスなどを使えば、
いろいろな場所に行く事はできるのだが、
車があれば、という場所や、旅のしかたがあるのも
また事実なのだ。

この「語るに足る、ささやかな人生」という本は
アメリカに無数にあるスモールタウンと呼ばれる
ごく小さい町を車で巡って行く旅行記だ。
都会との対比でいえば、
そんなスモールタウンで生きる人生というものは
平凡で刺激のないもののにように想像してしまうが、
スモールタウンでの人生は、
シンプルであるがゆえに、「生きる」ことの本質を
教えてくれたりもする…。

13のスモールタウンを訪ねるこの旅の記録は、
短編集をよんでいるような味わいでもある。
ささやかではあるけれど、
語るに足る人生。
生きることの根源的な意味など
考えることもないけれど、
生きていくこと、生き続けていくことは
それだけで語るに足るものだ、と思える、
そんな旅行記である。

2007/10/14

Johnson & Johnsonの綿棒。

A127

たまたま自分で綿棒を買う機会があって、
なんのきなしに、
ジョンソン&ジョンソンを選んだのである。
そして、店頭ではとくに気がつかなかったのだが
家に帰って綿棒を取り出してみると、
軸のところに小さくJohnson & Johnsonのロゴが
プリントされている。

ただそれだけなのことなのだが、
その小さいロゴがあるだけで
モノとしての存在感が増すような気がする。
こんなところにロゴが、という
健気さ、みたいなものだろうか。

まっしろい綿棒に、ブルーのちいさいロゴは
配色的にも清潔感があって
しかもリズミカルな印象である。
たかが綿棒といえども
「これを使いたい」と思わせるような
佇まいがあると思ったわけであった。

2007/10/09

Heavenly Blue。

A126

Heavenly Blue(ヘブンリー・ブルー)、
という朝顔がある。

日本の朝顔ではなく、
西洋朝顔といわれる品種で、
花付きが多いのと、夕方まで花が開いていること、
8月頃から霜の降りる時期まで咲きつづけるのが
特長の朝顔である。

今年の夏は、バルコニーが暑過ぎたせいか
枯れそうにもなったヘブンリー・ブルーだけれど
涼しくなった10月からは元気を取り戻し
この頃はたくさんの花を咲かせている。

それにしても、だ。
なんてきれいな名前なんだろう。
Heavenly Blue。
なにかで「天上の青」と訳しているのを
読んだことがある。

空の、天国の、天上の青。
その青色は、夏ではなく
むしろ空色に透明感のでるこの季節にこそ、
相応しいようにも思うのだった。
空の色へ水彩絵具を
塗りかさねたようなその色は、
ふとこころが吸い込まれるような
そんな色でもある。

2007/10/08

暮しの手帖。

A120

こどもの頃、
お茶の間のマガジンラックには
いつも「暮しの手帖」があった。
ぜいぶん昔のことだから、記憶もあいまいなのだけれど
小学生の頃から、気が向けば
ぱらぱらページをめくっていたような気がする。
いま思えば、暮しの手帖を読む小学生男子とは、
自分は、ちょっと変わった子供だったのか。

先日、久しぶりに、
本屋で暮しの手帖を買ったのだが、
編集人が「松浦弥太郎」になっていた。
松浦弥太郎と暮しの手帖、
意外なようで、でも言われてみれば
これ以上の組み合わせはない、と思えるほど
適材のようにも思える。

想像でしかないのだが、
松浦弥太郎も、自分と同じように、
小さい頃から、この雑誌を読んでいたような気がする。
なんとなく。

そんな気がするもので
これからの「暮しの手帖」、
面白くなりそうな気がするのであった。

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