2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008/03/31

趣味のパスタ日記3。

7s_071

ブロッコリとカリフラワー。
形状は良く似ているのに、
カリフラワーはいつでも値段が高い。
なんでなのだろうと、いつもうっすら疑問なのである。
まあ形が似ていることは値段とは関係ないんだが
ごろっとした野菜を買おう、と思うとき
カリフラワーの前では手がとまるのである。
高級食材でもないのに、
微妙にいつも割高感のある野菜なのだ。
で、結局「ブロッコリでいいや」なんて、
カリフラワーを買うのを
やめたりするのだった。
こういうのってしみったれているだろうか。
スターバックスのトールサイズのソイラテを
頼むときには、高いと思いつつでも買うのであるが
カリフラワーは、やめるのである。
うーん。健全な生活者としては、
同じような価格であるところの
ソイラテは飲まずともカリフラワーは買うべきか。
ま、かなりどうでもいい話なんだけれど、
今日はカリフラワーが安めだったので、
エビとカリフラワーのパスタにしたのだった。

カリフラワーをみじん切りにして
にんにくとともに、ぐずぐずと炒め煮にし、
細かくたたいたエビをいれて、またぐずぐずと。
最後にローズマリーをいれて、
パスタをからませてできあがり。
ローズマリーが好きなのだが、
好みは分かれるかもしれない。
また、ちょっともっさりしたソースなので
食感的にはショートパスタのほうが合うのかも。
でも、ロングパスタ。
なんかペンネとかショートパスタだと
いまひとつ充足感が足りないのである。
あくまでも、「麺」好きだからして。

2008/03/27

ティファニーで朝食を。

7s_069

「ホリーという女がいた…」
確かそんなセリフで始まるコマーシャルが昔あった。
ムーンリバーのメロディーとともに、
ニューヨークの街角を映したその映像には
バックスバニーのようなお面をかぶった
黒いドレスの女性がいて、
思わせぶりに振り向いて、そして歩いていく…。

たぶん30年近く前のことだからなあ、
かなり記憶があいまいなのだけれど、
そのコマーシャルによって
「ティファニーで朝食を」という映画と、小説の、
存在を知ったのだった。
そして、そのコマーシャルをはじめに目にしたときに、
「スタイリッシュ」とはこういうことかと思ったものだ。
いや、カッコいいCMだったのである。

そんなわけで、
いま本屋に並んでいる村上春樹訳の
「ティファニーで朝食を」を見て
思わす手にとったのであった。
映画だけでなく小説も読んでいるはずなのだが
今回あらためて読みなおすと、
こんな内容だったっけと思ようなところがけっこうある。
どうも知らないうちに、
映画版の、ラブストーリー的な部分の記憶だけが
残っていたらしい。
オードリー・ヘップバーンの印象も強いこともある。
そういえば、カポーティは、
当初ヘップバーンの配役に難色を示したらしい。
そうなのである。ヘップバーンは、
原作に描かれるホリーそのものを演じるには
ちょっと清々しすぎる。

大人のおとぎ話というか、ファンタジーな印象は
映画・原作共通のものではある。
しかし原作では、映画版での甘さよりも、
もっとほろ苦い感覚が胸にせまるような気がする。
それは愛を描きつつも、
生きていくことのリアルさ、のようなものが
表現されているから、かもしれない。

2008/03/25

鍋敷き。

7s_066

よく、昔ながらの
ビストロみたいなところにいくと、
ワインのコルク栓が、インテリアのアイテムとして
再利用されていたりするときがある。
壁にずらずらっと並べてあったり、
なにがしかの容器にいれて飾ってあったり。
カトラリー用の、箸置きみたいに使っている店もあった。
実のところ、そんな、再利用みたいなものは
すこしばかり貧乏臭いような気がしなくもないのだけれど、
コルクにはそれぞれ違った文字や
マークが焼印で押されており
あらためて見直すと
けっこう面白かったりもするのである。
だから、なんとなく捨てがたいような感じがある。
そして、人をして再利用の道を歩ませるのかもしれない。

ワイン消費量の多い我が家でも例外ではなく、
コルクが山のように溜まっていたときがあった。
べつに目的があってためていたわけでもないのだが
捨てようとすると、
それはそれで少し惜しい気もするのである。
で、連れがこんな鍋敷きを作ったのだった。
そしてそれ以来、何気なく使い続けて今日に至るのである。
鍋敷きとは、そんな存在ということだ。
地味な存在であることよ。

それで、ふと疑問が湧いてきたのだが
このコルクの鍋敷きを連れがつくるまで
我が家では鍋敷きをどうしていたのだろう。
以前に使っていた鍋敷きの記憶がまったくないのである。

…もしかして、
新聞とか雑誌とかを敷いて
代用していたのか、我が家では。
そんな男子学生の一人暮らしみたいなことを。

うーむ、あり得ない話ではない。
けっこう大雑把なとこがあるんだウチは。

2008/03/23

趣味のパスタ日記2。

7s_068

あー、なんだか天気は料理に影響するなあ。
木曜は休日だったので
パスタをつくったのである。
でも一日中雨降りの日は
料理の気分ものらないのかも。
そもそもパスタに雨は似合わない。
まあ、イタリアにも雨は降るわけで
そんな日でもイタリアの人はパスタをつくるのだから
あまり関係はないですね。
でも自分のなかでは、
イタリア料理→どっちかといえば南イタリア
→ローマとかナポリ→あ々青い空
という発想なので、
やはり雨の日は気分が今ひとつなのかも。

でも、実を言えば
今回のトマトソースは
多めにつくって冷凍したおいたものを
暖めただけなのである。
前回は普通においしく食べた、はずだ。
だってまずかったという記憶がない。
しかしながら、今回は微妙においしくない感じ。
冷凍だからか。
いやそれよりも、
例えば塩加減とか、
麺のかたさとか、ソースと麺の量のバランスとか
そんなものが微妙に
うまくかみ合ってない感じ、なのである。
どして?だから、雨だから?
ま、こんな日もあるさ。

救いだったのは、いっしょにつくった
焼き野菜がうまかったことである。
焼いた茄子とズッキーニとカボチャに、
オリーブオイルをかけて
そして、あるソースをつけながら食べるのでる。
あるソースの材料、
ひじき、みそ、オリーブオイル、トマトピューレ。
ひじき、である。
料理で冒険はしない主義なのだが
レシピをみて興味があったのでつくってみた。
アンチョビのソースに似た感じ。
野菜の焦げた部分のちょっと苦い味と
ひじきの日向くさい味ととても良くあうのである。
これを考えた人はえらい。

2008/03/21

備後屋で買った器。

7s_062jpg

この二つの器は、
備後屋というたぶん民芸品では有名な店で、
つい最近購入したものだ。
後ろの黒い片口はたしか伊賀焼とかいてあったと思う。
手前の四角い小皿は…、
忘れた。
なんで忘れるか。
忘れるというのは、
「何焼きか確認したのに忘れた」のではなく
「確認すること自体を忘れた」のである。
うーむ。
そういう抜けているところが
今ひとつ人生に伸び悩む所以であるか。

ま、それは置いといて。

これらの器は、
「ポルトガルでお土産に買ってきた」と言われたら
そう信じそうな感じである。
民芸品らしい土臭さが、どこか南欧風にも見えるのだ。
きっと色とかたちが
太陽や土、といったものを連想させるのかもしれない。
だから和風でも洋風でも
どちらの料理を盛りつけても違和感がないのだ。
そんな実用の面での使いやすさも
器選びでは大事である。
大事である、って上から目線で偉そうに。
いやいや、しょせん無駄遣いではあるが、
賢いお買物でもあるのだよ、と言いたいだけなのである。

2008/03/19

ピンナップ・キャット。

7s_061

ピンナップ・キャット。
ようするにウチのネコである。
駄ネコである。
この、小にくたらしい表情を見よ。
あまりに小にくたらしくてかわいいので
プリントしてピンナップしているのである。
憎さあまって、かわいさ百倍ってゆうやつ…あれ?

ペットを擬人化するような人たちに対しては
冷めた視線を向ける自分、だったはず。
なのに、気がつけば
ネコと会話しているではないか自分。
いったいネコと何を話しているんだ自分。
「そうなのー、ふーん、よかったねー」って、
いったい何が良かったというのだ自分。

「ウチのネコ、フク太郎っていいます。
よろしくね」
って、だから誰に話しかけてるんだ。自分。

でもよろしく。
ファンレターくれてもいっこうに構わない。

2008/03/18

吹きガラスのボール。

7s_065

掌、という言葉はいいなと思う。
やさしくものを包むような感じであるから。
そして左右の掌を合わせた、
そのカタチもまた、
とても優しげであると思う。
この吹きガラスの器は、
そんな左右の手のひらを合わせた、そのものの
カタチをしている。
シンプルなかたちなのだけれど、
微妙に左右比対称で、
それが、暖かみのある雰囲気をつくっている。

この器は、
吹きガラスを習っている知り合いの女性が、
我が家に遊びにきたときに
お土産に持ってきてくれたものだ。
本人は、左右非対称であるのは
技術が未熟であることで、
あまり胸をはれることではない、というのだけれど、
味、といってもいいんじゃないかと思うんだけどな。
ちょうどいいクラフト感じゃないだろうか。
サイズも使いやすいので、
実用の器として重宝しているのである。

こんな感じでいくつかあったらいいよね、と言ったら、
彼女曰く、同じものを同じように複数つくるというのが
また難しい事、なのだそうだ。
うーむ、吹きガラスの世界奥深し。
ま、工芸はどれでもそうであるか。

2008/03/16

趣味のパスタ。

7s_064_2

趣味はパスタを調理することである。
今日ふと思ったのだ、これは自分にとって趣味なのだと。
料理好き、ではなくパスタ調理好き。
なので土曜日は毎週パスタ調理にいそしむわけだ。

さて今日は、とても暖かく春本番のような陽気だったから
春野菜のパスタにしてみた。気分は大事。
でも「春野菜のパスタ」とは、
書いてみるとちょっといやである。
ファンシーな響きだ。
菜の花を使っているので、春野菜にしたのだが
「菜の花のスパゲッティー」でいいか。
訂正、菜の花のスパゲッティーにしてみた。
ほかに材料はアスパラガスとインゲン。
基本的にそれらの野菜を茹でて、
オリーブオイル、ニンニク、塩、胡椒で味をつけるだけなのであるが、
アスパラは縦に四等分に細く切り、時間をみはからって
麺といっしょにゆでるのと
茹でた菜の花を、ジェノベーゼのように
細かく細かく刻んで、ソース状にして麺とあえるのが
ポイントであるか。
なんとなく思いつきでそうしたのだが、
菜の花のほろ苦いソースが
麺によくからんでうまかった。
素材が野菜だけなのにコクのある仕上がりである。
我が家での料理にたいする最上級の褒め言葉、
「お店の味だね」と、
とりあえず自画自賛しておく。

2008/03/14

ボトルキャップのスヌーピー、のなかでもアストロノート。

7s_063

スヌーピー、は好きである。
中学生のときには
よくピーナツコミックを買って読んだものだ。
でも、たまに意味がわからない編があったりする。
なんだか登場人物のセリフが深遠な、というか
哲学的だったりするのだ。
素直が取り柄で育った中学生男子には
ちょっと理解が及ばないような
含蓄ある発言が、多いんだな。
谷川俊太郎訳ということが関係あるのか、
もしかしてあえて分かりやすく翻訳しなかったのだろうか、
と、思ったりもする。
分かりやすいことがいつも良い、とは限らないからなあ。
考え過ぎかもしれないが。

何年かまえに、ペプシコーラの景品で
ピーナツシリーズのボトルキャップがついていたときには、
だから、大人げないと思いつつも
買わずにはおれなかったのである。
好きなものでね。
で、いろいろな種類があるのだけれど、
やはり好きなのは、ジョー・クールとアストロノートである。
写真の奥にあるのがジョー・クール。
その名の通りクールなガイを気取る、
スヌーピーのキャラのひとつである。
赤いシャツと黒メガネのバランスがとてもいいなあ。
でも、アストロノートは別格。
宇宙飛行士だから、
フルフェイスのヘルメットの宇宙服なのさ。
この透明の球体、うーむ、安っぽくって
可愛いじゃないか。
「おまけ」はいいものである。

2008/03/12

Holy Sticker。

7s_060

これは聖ステッカーというものである。
というものである…なんて偉そうだが
つまりHoly Stickerを直訳すれば
聖ステッカー、という訳だ。

でも聖なるステッカー、って言われても
ちょっとおマヌケな感じじゃないか。
ステッカー、つまりシールに聖もなにもないと思うんだがな。
要するにイエスキリストとか、
聖母マリアといった宗教画が
プリントされているステッカーなのである。
透明な厚手のビニールのような表面加工がしてあり
直径4cmくらいの大きさである。

パッケージの台紙の裏には、
使用例が写真で説明してあり、
車のダッシュボードや、パソコンのモニター、
冷蔵庫の扉に、このHoly Stickerを
貼ってある写真が載っている。
つまり車を運転しているときも、
パソコンを操作しているときも
料理をしているときも
いつも「神のご加護」がありますように、
みたいなことなんだろうか。
説明文らしきものもあるのだが、
イタリア語のようでさっぱりわからん。
しかし、貼ってある場所が不思議ではある。
例えば本とかノートなら、まだ分かりやすい気がするが
なんで車とかパソコンなんだろう。
もしかしてラテンだから?イタリアンだから?
あっ、日本でも車に交通安全のお守りとか下げるけれど
それと同じようなものか。

キリスト教グッズには、
本当にいろいろあっておもしろい。
聖なるものを象徴する俗っぽいアイテム、というか、
教会建築などのごっついい荘厳さとは
およそかけ離れたコンビニエンスな宗教世界が
微笑ましいというか。

ホーリーステッカー、1個152円。
手帳にでも貼ろうかな。

2008/03/10

MOD EAST。

7s_059

会社のオフィスが入っているビルは
港区の某所にあるのだが、
それがまた古い建物なのである。
ほぼ自分と同年齢。
だけど古い建物は嫌いではないのだ。むしろ好きでさえある。
いまのところに2年ほど前に引っ越してくるまえは、
ビル1Fの駅の改札みたいなところで
カードキーを読み込ませて通るような、
きわめて今っぽいビルにオフィスがあったのだが、
くらべたら現在のビルのほう断然好みなのであった。
なんたって玄関のドアノブは真鍮製で、
毎日掃除のおじさんが
ピカールでキュッキュと磨いていたり、
ホールの壁面や床は大理石を象眼したような加工だったりする。
オフィスの部屋のなかにも、
なぜか直径2メートルほどの柱があったり。

「MOD EAST」という本は、
1960年代の、おもに東京に建てられた建物を
写真にとって集めたものだ。
そこに写っているのは、
保存運動が起こるような古さの建物ではなく、
もう少し今に近い、でも懐かしさは感じるような程度の
古さを持った建物なのである。
廊下を、お茶の水博士とアトムが
ピットンピットンと音をたてながら
歩いているのが似合うような建物である。
うーん、ちょっと違うか?

なんていうか、
ノスタルジックな魅力はもちろんなのだが
古さが目くらましになってわかりにくいのだけれど、
よく見ればそのデザイン感覚は、いま見ても新鮮であるような、
魅力的であるような、
そんな建物が載っているのだ。

こういう建物、残しておいてほしいなあ、と
この「MOD EAST」を見ながら
しみじみ思うわけである。

2008/03/07

ラッシュ、ハーバリズム。

7s_056

朝、地下鉄に乗っていると
前に立つ若い男性がメールを打っていた。
体の向きが同じなので画面が視界にはいり、
打っている文章が目に飛び込んで来てしまう。
べつに見たい訳ではないんだがな、
見ないように顔を背けると
不自然な体勢になってしまうのだった。

「ひとみは、僕の声や、考えかたや、
すべてを受け入れてくれる気がするし、
いっしょにいるととても癒されるんだ。
昨日はほんとうに楽しかった」

そうですか、良かったですね。
それにしても、その男性は自分のメールの内容を
他人に読まれるということに
なんのためらいもないのだろうか。
こんな混んでる車内では
いやでも目にはいってくるんだけどな。
この、自分だけの世界にはまり込む能力はたいしたものだ。
よく話題になる電車のなかで化粧する女性や、
過剰にいちゃつくカップルも
きっと根っこのメンタリティは
いっしょなんだろうなあ。
それにしてもふしぎなのは、
そういう事をする男性も女性も、きまって
そういう事をしそうな男性/女性の
外観には見えない、ということだ。
積年の疑問である、なんで?

さて、そんなすこしだけ不愉快な朝ではあるが、
朝はラッシュのハーバリズムで顔を洗ったので
家をでるまでは爽やかだった。
連れの洗顔用のものだが、たまに使わせてもらってる。
爽やかなんだが、
すべて爽やかとは言い切れない微妙な香り。
こういう匂いは好きだなあ。草っぽい感じか。

2008/03/05

中華っぽい豆灰皿。

7s_054

芍薬の花は好きだ。
あの「何気なさ」の対極にある、
重厚でむやみに豪華な花からは、
存在感というものをつねに意識させられる。
それを全肯定はできないものの
抗えない魅力がある、みたいなビミョウな好きさ加減である。
美空ひばり的なもの?
よく分からない例えであるか。

そんな芍薬の花が描かれているこのちいさい器は、
灰皿である。
正方形のかたちの2辺には
タバコをのせるへこみがついている。
1辺が4cmくらいなので
ほんとうに小さい灰皿だ。
実用のものとして
つくられているのかどうかは不明だが
当然使いやすいサイズではない。
まあ、雑貨なので見た目のかわいらしさ優先で
サイズを決めたのだろうとは思う。
それにしても、
別に灰皿である必要もないと思うのだが。

エスニックなものとして
中華的な装飾デザインにはひかれるものがある。
それが中心にくるのはアクが強すぎるけれども
こんなちいさいものなら、
他のものとの不協和音も
まだ「味」のうち、という感じだろうか。
ミスマッチ感覚?
我が家の棚のうえで、
かすかに異彩を放つ豆灰皿である。

2008/03/03

ビーズのブレスレット。

7s_057

「春は名のみの風の寒さや」という歌詞があるけれど
風は冷たくても、このところの陽の光は
もはや確実に春のものだ。
厚手のコートがちょっと煩わしいような気分は、
ちょっとうれしい気分でもある。
年を経るにつれ、どうも寒さに弱いというか
耐性がなくなってきているので、
春はいいなあ、と、しみじみ思うのであった。

その春の光というものは、
なぜかしら冬のひかりとは違って
キラキラとリズミカルな光りかたをするような気がする。
揺らめく感じとでもいうか。
動きがあるというか。
そんな春の光りを見ていると
このブレスレットを思い出す。

アンバーな色と紫がかった色に光るビーズを
細い革ひもで編み込み、円形につなげてある。
そのビーズが、カッティングによって
きらきらときれいに光るのである。
革ひもの薄い茶色や、
留め具についているちいさな鈴が
土臭く、フォークロアな味をだしている。
ちょっとアフリカ的な印象も。
自分でするわけではないが、
好きなブレスレットだ。

6・7年ほども前だろうか、
連れがAgnes.bで購入。

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »