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2008/05/31

それはまた別の話。

7s_110

こんなところで語るのも何だが、
自分の、なにかにつけ淡白なところが嫌いだ。弱点である。
例えばなにか好きなこと、興味のあることがあっても
表面をうすーくなぞるだけで、
深くのめり込むということがない。
それが「広く浅く」というなら
まだ方向性としてアリなのだが、
「広く」が、そこそこの広さでしかないのである。
狭くて浅いわけだ。
だからオタクと呼ばれるほど、
モノゴトにのめり込めるひとを
とても尊敬するのである。

三谷幸喜も和田誠も
映画に関してオタクである。
ん?仕事にまでしているのだから
オタクというのはちょっと変か。
でも仕事にできるほどオタクだった、
ということではあるだろう。
この二人、
観てる本数も半端ではないのだろうが
自分が驚くのはその「観る」深度のようなところだ。
こんなに細かいところまで観てるものなのかと
感心してしまうのである。
たぶん同じ映画を
何度も繰り返して観たりするんだろうけれど、
それにしても、
細かい点を「見逃さない」能力のようなものが
備わっているんだろう。

こういう映画好きが書いた本はおもしろい。
じつは自分は
あんまり映画自体は見ないんだけどさ。
でも、この「それはまた別のはなし」では、
三谷幸喜がずっと尊敬していた和田誠と
対談するということで、
尊敬するひとを目の前にした緊張感とか、
気負いとか、
勢いあまってひとりで突っ走る感じとか、が
行間からにじみでているところが、
また面白いのであった。

なにかにつけ
ひとつのことに集中できるということは、
やはりたいしたことなのだ。
自分もこれからでも
なにかのオタクになれるだろうか。
いや、なってみたいものであるなあ。

2008/05/29

思い出の、グッチのポーチ。

7s_109

20年以上も前の話。
いま考えるとバブリーな匂いがしないでもないが、
勤務先では海外研修という名のもとに、
実状たんなる社員旅行が実施されていた。
そのアメリカ西海岸旅行での話。
ラスベガスのホテルで、
夕方部屋で疲れて休んでいると、
仲のいい同期の奴がやってきた。
そいつにはUCLAに留学している彼女がいて、
ラスベガスから電話しようとしたらしいのだが、
ホテルのオペレーターにロサンジェルスに電話したいと伝えるものの
英語が通じなくて、何度も何度もかけ直しているうちに、
ついにはオペレーターが、その同僚からだとわかると
電話を切ってしまうようになった、というのである。
だからかわりに電話してくれと泣きついてきたわけだ。
その同僚は、話がまどろっこしいというか、
要点を得ないことが多く、しかも語尾があいまいなので
日本語でさえ、何がいいたいのかわからないと
まわりからよく突っ込まれていた。

さて、そう頼まれて、
自分も英語が堪能なわけではないので
緊張しながら、
電話してオペレーターに外線を頼んだところ
なんの問題もなくロスのホームステイ先につながり、
ホストファミリーが彼女を電話口にだしてくれた。
中学生レベルの英語力で、問題はなにもなかったわけで、
その同期は、いったいなにを言ってたんだかと思ったが、
最大限の賛辞をもって感謝されたので
へへ、自分けっこう英語できるかも、という錯覚にひたれ、
気分はよかった。

さて、そんな彼女が
休みに日本に戻ってくるとき、
お土産にくれたのは、グッチのポーチだった。
というかオーデコロンと石けんのセット(ポーチ付き)
というやつである。
東京の有名私大の付属からエスカレーター式で大学まで進んだ
彼女らしいお土産、ともいえるだろうか。
むかし飛行機の機内販売でよく売っていたもので、
グッチがブランドとして再生するのは、ずっと後のことである。
そのときから、そのポーチは我が家では
銀行の通帳入れとして利用されている。
サイズがぴったりなもので。
グッチが人気ブランドとして蘇ったときには、
へえ家の通帳入れのあのグッチが、なんて思ったものである。
そんなこんなで、いまでは、
けっこう愛着のある
グッチのポーチなのである。

2008/05/27

ブラック・パラ…。

7s_108
うーん。
またブラック・パラティッシか。
どうかなー、ブラック・パラティッシついて書くの
3回めになるしなあ。
シリーズ化されて、回を重ねるほど
つまらなくなっていく映画、頭にうかぶなあ。
でも自分には報告する義務があるので、
書くことにする。
誰に、とは聞かないでほしい。

また買ったわけである。
16cmのプレートをっ。

事の次第としては、
先日丸の内に用事があり出向いたのだが、
ついでにイルムスでものぞいてみるかと、
ふらふらと仲通りを歩いていったのである。
1Fの食器のコーナーを見ていると
なんだか見覚えのある白と黒の食器が。
これはブラック・パラティッシでは、
なんていう、わざとらしい一人芝居をしながら
棚の前に移動してみると、
自分の持っていない16cmのプレートが、
20枚ほども並んでいるではないか。
あれー、去年の秋に「これが最後の入荷」なんて
ネットにはよく書いてあったけど、
まだ在庫が残ってたんだなあー、へえー、
でも、もういくつか持ってるからいいや。
なんて、かるく流せば大人の対応なわけであるが、
つねひごろ限定品に目の色をかえる人々を
小バカにしている自分ではあるが、
だって、目のまえに並んでるし。
いいや、買ってしまおう、2枚ほど。
ついでに1個しかもってない
スープボウルもあったから、補充。
以上、報告終了。

ということで、
21cmと16cmのプレートが2枚づつ、
スープボウルがふたつ。
それが自分のブラック・パラティッシコレクションとなった。
(コレクション、していたのか自分は)
いや器としては、やっぱり好きである。
いいデザインだと思う。
でも、全部いっぺんにテーブルにのせると、
日本の食卓には、うるさい、ですよね。
個性的な器ですしね。
って、また誰に話しかけているんだ自分は。

とにかく。
他の食器とミックスして使うほうが、
カジュアル感もあって、風景的にいい、と
個人的には思いましたとさ。

2008/05/25

ヌメ革の財布。

7s_107
ヌメ革でできたこの財布は
長型ではあるが、
ゴージャス好きなタイプのかたが持っているような、
ピンピンの高額紙幣が10枚くらいと、
銀とか金とかの色をした
クレジットカードがはいっている、
それで叩かれでもしたら怪我しそうな
威圧感あるタイプではない。
開くと小銭入れが部分が袋状で
取り外しができるようになっていたり、
表に縫い目がでず、
長方形でもクラフト感あるやわらかいシルエットで、
イメージとしては、昔のバスの車掌さんが持っているような、
またはカフェのギャルソンが仕事につかっていそうな
そんな印象の財布である。
ヌメ革だから、使っているうちに
色もだんだん濃いめに変化していくんだろうか。

財布選びはけっこう難しいものである。
デザインと機能のバランスがとてもやっかいなのだ。
見た目が気にいっても、
カード入れのスペースが少なくては不便だし、
かといって収納量はあっても
サイズが大きいのは、それはそれで不便なのである。
ポケットがふくらむのが好きではないので
会社に行くときは鞄にいれるのでいいのだが、
やはり土日にどこか出かける時には
鞄を持たないで、身軽にしていたいので
ズボンのポケットに入れるのである。
だからおのずと薄めのなるべくコンパクトな
タイプになりいつも似たようなものしか
選べないのだ。

というわけで、
この財布は、先日ツレが買ったzuccaの財布で、
自分のものではないのである。
ないのであるが、
けっこう「好み」なんだなあ。
自分の財布もそろそろ替え時なので
気持ちが動かなくはないのだが、
でも、自分が持つには大きすぎるし、
悩ましい財布選びであった。

2008/05/21

うさぎのおもちゃ。

7s_082

おもちゃ屋、と言っても、
こどもを対象にしたものではなく、
おとなの女性をターゲットしたようなある店があった。
たとえば、贈り物におもちゃを探すようなときに
その店にいけば、比較的手頃な値段で、
しかもなかなかセンスのいい、
いろいろな国のオモチャなり雑貨が見つかるような、
そんなところ。
贈り物ではなくて、自分のために、
ちょっとこころなごむ小物が欲しいときも、
なにかしら見つかるような、
そんな店である。
ツレと出かけるときには
別に用事がなくてもよくのぞいてみて、
自分は外国製のスノードームをみつけたり、
ツレのシンバルをもったうさぎのオモチャも
その店で買ったのだった。
どこかの外国製で、
色使いがとてもシックなウサギである。
こどものころ、けしておもちゃが
潤沢にあたえられた世代ではない自分たちは
「いい歳」になって、そんなものを買ったりするのである。
どこかのアパレルメーカーの
経営だったらしいそのショップは、
「店の色」が明確で、けっこう好きだったのだが、
入っていたファッションビルの経営がかわり
テナントの入れ替えがあったようで、
先日よってみたらなくなっていた。
他の場所にあるかどうか調べるほどには
その店のファンだったわけではないけれど
ちょっとつまらない気分ではある。という話。

2008/05/19

TOKYO SOUVENIR BOOK。

7s_106

以前、会社のオフィスが千代田区麹町にあった。
オフィス街であり地味な場所だけど
新宿通りには、昔からあるような店が
ぽつんと残っていたりもした。
そんな店のひとつに昼休みにたまに入る喫茶店があった。
1Fはお菓子売り場で
2Fが喫茶室になっているのだが、
制服をきたお姉さんが注文をとりにくるような、
クラシックな雰囲気の店だった。
コーヒーを頼むと、
小さいクッキーが何種類か並べられた
小皿がついてくるのだが、
昔ながらのちょっと素朴な感じのクッキーで、
コーヒーを飲みながら、
ポリポリと食べていたのであった。
そして、1Fのお菓子売り場では、
繁華街にあるわけでもないのに、
いつもそこそこお客がいて、
それがちょっと不思議な気がしていた。
その店が泉屋という名前で、
そこに古くからある、わりと名の知られたところであることを
知ったのはずいぶん後のことだった。

このTOKYO SOVENIR BOOKには、
著者の沼田元気が、
東京のおみやげにふさわしいと思うものが集めてある。
泉屋のクッキーをはじめ、お菓子もあれば、雑貨もある。
古くから東京にあるものが多く、
なかには新しいものもあったりするのだが、
おしなべて「懐かしい」匂いをもつのが共通点である。
泉屋のクッキーも、しっかり紹介されていて
「子供のころからもらうのが楽しみだった」と書いている。
ふーん、どうせ自分は地方出身だから知らんねー。
なんて、ちょっと僻んでみたり。
東京は、実のところ、
このTOKYO SOVENIR BOOKのような
あか抜けない部分に、その本来の姿があるように思うのだ。
ま、それもノスタルジーなんだろうけどさ。
でもすくなくとも、ヒルズやミッドタウンよりも
「自分の暮らす東京」に近いことは確かであるな。

2008/05/18

朝ごはん?

7s_105

うちでは、ネコのごはんの世話は
ツレの担当である。
基本的に1日2回、朝と晩がネコのごはんタイム。
ツレいわく「朝っていっても、
起こしにくるからけっこう早い時間なんだよねー」

自分は、いちど寝付くと
あまり目をさまさないほうなのだが
今朝は、ツレがエサの準備をしているような音で目が覚めた。
たまには、いっしょに起きてみようと思って
ベッドから抜け出し、台所にいってみたら、
そとはまだ真っ暗。
へーほんとに早い時間なんだーと思って
時計をみた。
2時30分。
……。
それは
早朝、というよりも深夜ではあるまいか。
朝ごはんではなく、
夜食、と、
世間一般では言うのではなかろうか。
たしか自分は2時に寝たのでは。
ネコもネコだが、ツレもツレ、である。

2008/05/15

レトルダムールの菓子箱。

7s_104

先日、ツレの実家に帰った際、
小学1年生の姪っ子に、
「すきな食べ物はなんだ」と聞いたところ
「スイーツ」と、いう答えをいただいた。
スイーツだって。
ほんとにもう最近の小学生は。

そんな小生意気なことを言う姪っ子のいる
実家へのお土産は、
レトルダムールというところの
焼き菓子であった。
新幹線に乗るまえに東京駅の地下にできた
あたらしい名店街のようなところで買った。
グランンスタとかいうらしいが。
お土産に迷うのはいつものことで、
今回は天使モチーフ好きのツレが、
この箱をみてジャケ買いしたのである。
「箱だけもらってかえろう♪」と、
自分がその箱を欲しいために、決めたのであった。
身勝手である。
うすい木でできた丸い箱は
雑に貼られたロゴマークなど、
なんだかフランス雑貨の匂いあり。
女子、あるいはもと女子が
欲しくなるのもわかるような気がする。
この天使、手に封筒を持っているのである。
レトルダムール(フランス語でラブレター)なわけだ。

さてパッケージばかりでなく、肝心の中身のお菓子だが、
アップルパイのようなものだった気がする。
ちょっと味見しただけでよく覚えてないのだが、
とてもうまかったことは確か。
レトルダムールというこのお菓子屋は
もともと白金にあるらしい。
高級スイーツブティック、なんだそうだ。
へえ。
へえ。

2008/05/13

趣味のパスタ日記6&オイルサーディン。

7s_103

そういえば、子供の頃、
父親が仕事で帰りが遅いときなど
母親は、夕食を子供仕様にして
スパゲッティーなどを作ってくれた。
父親がいれば晩酌をするので
やはりスパゲッティーというわけにはいかないのである。
昭和の時代のことなので
スパゲッティーといえばナポリタンかミートソースで、
夕食にはミートソースのことが多かった。
子供はみんなスパゲッティーが好きである。
とても嬉しかった。
しかしながら、やや偏食児童であった自分は
喜んでスパゲッティーを食べながら、
微妙にソースは残すような食べ方をしていた。
だって、具、よりも麺そのものが好きでさあ。
母親に、「あんたはなんでせっかくのおいしいところ残すの」
と、おこられつつ、不思議がられてもいた。

先週の土曜日のパスタは
バジルの入ったシンプルなトマトソースのスパゲッティーであった。
なぜならば、先日購入したラ・ベル・イロワーズの
オイルサーディン
がメインの食材だったもので。
その付け合わせには、パプリカのマリネを。
パプリカはグリルパンで真っ黒になるくらい焼いて
皮をすべてむいて、マリネしてある。
簡単なんだけどけっこう手間はかかっているのだ。
オイルサーディンが、缶詰をあけて
塩こしょうするだけなので、
ちょっとバランスをとってみた次第。
ごちそうっぽく見せたいわけだ。
ごちそうというか、前菜盛り合わせ的な感じに。
さてラ・ベル・イロワーズのオイルサーディンだが
肉厚で、「さかなを食べている」しっかりした感覚があり、
しかし生臭さのようなものがまったくなく、
とてもおいしいものだった。
これだったら、また買ってもいいなあ。
ちょと高めだけどさ。
なにしろ簡単だし、付け合わせをかんがえれば
「立派な一品」というやつである。

2008/05/11

マドラスチェックとパッチワーク。

7s_102

なにしろチェック柄好きなもので
マドラスチェックも本当は好きなのである。
が、タータンチェックのシャツや、
ギンガムチェックのシャツは持っていても、
マドラスチェクのシャツは持っていない。
何故かといえば、
マドラスチェックはラフ過ぎるような気がするもので。
「パジャマっぽい」感じとも言える。
自分が着るとどうもパジャマに見えるのである。
いつも会社へは、基本的にノーネクタイで、
かなりくだけた格好でいくのだが、
それでも自分なりのドレスコードというものがあって、
そんなマドラスチェックはアウトなのであった。

そんなわけで、
マドラス柄には手を出していなかったのであるが
先日こんなT シャツを見つけてしまったのである。
ネイビーのTシャツの胸に、ブランドロゴの一部が
マドラスチェックの布で、パッチワークされている。
マドラスのラフさと、Tシャツのラフさが、
ネイビーというフォーマルっぽい色で
ほどよく緩和されている、ように思う。
これなら会社にもOK。
「OKかよっ」とつっこみが入りそうだが、
わたくし的にはOK。
紺色のジャケットの下にあわせれば十分OK。
なにしろパッチワークも好きなのである。
買うしかないじゃないか。
これを来て会社にいけば良い仕事もできるというものだ。
着ているものでテンションがかわることって、
ありますよね。自分はあります。

ちなみにブランド名は、
「eYe JUNYA WATANABE COMME des GARCONS  MAN」
人を食ったような、長さである。

2008/05/09

ラ・ベル・イロワーズのオイルサーディン。

7s_101

たかが缶詰。
なのに、そのパッケージの美しいこと。
白ワイン風味のオイルサーディンなので、
いわしとワインのイラストが使われているわけで、
ちょっとヴィンテージの映画のポスターのような
雰囲気すら漂う仕上がりである。
しかも、それを「ねらった」というより
「うちじゃあ、むかしからずっーとこのパッケージでした」
というふうに見える。
実際どうなのかはわからないけれど、
そう見えるとうことは、つまり、
デザインとしてこなれている、ということなのだろう。
あざやかなブルーからは、素材の新鮮さと、
白ワイン風味のさわやかささえ伝わってくるようである。
パッケージが良くって、
なんかもったいなくて、
ちょっと食べられないなあ。

ラ・ベル・イロワーズは
フランスはブルターニュ地方の老舗缶詰メーカーで、
そのオイルサーディンは、
ていねいな下処理と、手作業で缶につめるなど
品質にこだわった
美味しいオイルサーディン(棒読み)、らしい。
なにしろ、もったいなくてまだ食べていないので
らしい、としか言えないわけだが。

それにしても、
フランスとオイルサーディン、
ちょっとイメージが結びつかないのだが。
「フランス」=「美食」≠「缶詰」
と、いうことはないのだろうか。
私、フランス人を買いかぶっているんでしょうかね。
でも缶詰なんか使ったら
「オララー」とか言われそうな気がする。
それに、自分のなかではオイルサーディンは、
どちらかというと、北欧とかイギリスのイメージなのである。
あれ、イギリスはくんせいの鰊だっけ。

2008/05/07

ヒヨコのチョコレート。

7s_100

スヌーピーはイースターに
うさぎのかたちをしたチョコレートを手に入れて、
でも「ウサちゃんのチョコレートを食べるなんて」と
口にいれることができないでとっておいたのだが、
知らぬまにウッドストックが
かぷっと食べてしまった。
ウッドストックって、あんなかわいい見た目のくせに
中身はドライっていうか、けっこう現実的で、
そんなウッドストックに、
スヌーピーは「やれやれ」という顔をするのだ。
このヒヨコのチョコレートをみていたら
そんなスヌーピーの漫画を思い出した。
でもこのヒヨコは、かわいいというより
ちょっと怖い顔をしていたりもするが。

こういった銀紙でつつんだチョコレートは
どこか懐かしい感じがする。
いまはあまり見かけないが
むかしはよくあったような気がするんだけど
どうなんだろう。
洋酒のビンのかたちや、
クリスマス時期にはサンタやもみの木など。
中身を食べたいのだけれど、
銀紙を剥いてしまって、そのかたちがなくなるのが
とても残念で、こどもにとっては、
まあ悩ましいチョコレートでもあった。

このゴールデンウィークに、
つれの田舎にいくとき、姪っ子たちのお土産に、
こんなチョコレートを東京駅のディーン&デルーカで
買っていったのだった。
こどもはよろこんでくれるし、
お母さんにも「まっ、ディーン&デルーカ♪」と
受けがよかった。
東京駅のディーン&デルーカは、
列車の待ち時間にのぞくと
ちょっと楽しい店である。


2008/05/04

休日。

7s_090

仲良きことは美しきこと哉。
そうゆうふうに、
サネアツ先生は仰っている。
ナスとかカボチャの絵といっしょにさ。
ネコの絵はないらしい。
 

2008/05/02

カポーティの短編。

7s_086

小さい頃自分が寝ていた部屋には、
すすけたような色のカーテンがさがっていた。
白っぽい生地に
抽象的な柄のあるカーテンだったと思うのだが
その頃の自分には、その柄が、
小さな船をこぐ船頭に見えた。

夜、ふとんにもぐりこんで
顔だけをカーテンのかかる戸口のほうへむけると、
薄明るい外のひかりが透けて、
ぼんやりと小船と船頭が浮かんでくる。
船頭は船の後ろ側にたち、
竹竿のようなものを川底にさし、
ゆっくりと船をすすめているように見える。
その船頭をみていると、なんだか
悲しいようなせつないような気分になった。
隣の部屋には両親がいることがわかっているので
恐怖心はうすく、ただ心細さの感覚が、
ひたひたと押し寄せてくるので、
カーテンを見るのをやめて
枕に顔をうずめるのだった。

あの頃の自分はいったいいくつだったのか。
船頭と小船という図の、
こどもが思い浮かべるにしては
やけに地味でそのくせ突拍子もない感じが
記憶そのものもなんだか曖昧にしていくのだが。

カポーテイの短編には、
子供のときの思いでを素材にしたものが多くあり、
それらを読んでいると、
日頃脳の奥底に埋もれているような
自分のちいさい頃の記憶が
ふとよみがえってきたりする。
それは、こども時代の
漠然とした不安感をただよわせつつも、
おとなになって思い出すぶんには、
すこし甘美なニュアンスもあって、
遠い昔の自分に、声をかけてやりたいような
そんな気分もしたりするのだ。

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