夏至の、サックスの。
いつだったかパリに旅行したときのこと。
地下鉄に乗ろうと、
長い通路をあるいていると
どこからかバイオリンの音色が聞こえてくるのだった。
自分が進んで行くにつれ大きくなっていくその旋律は
パッヘルベルのカノンだった。
ちょっと広くなった空間で
そのカノンを奏でるミュージシャンの廻りを
その音色に聞き入る人々が取り囲んでいた。
音楽ホールでなく、コンサートでなく、
そして予想もしていない街中で聞く音楽は
体全体にしみこみ、
その場の時間を止める。
そして、東京の、夏至の日の、午後。
厚い雲でその日にふさわしい光のない部屋で
ぼんやりと新聞を読んでいると、
サックスの音色が湿った空気をふるわせて
部屋のなかにはいってくる。
誰かが実際に吹いているらしいその音は
たぶん練習の音で、
さして上手くもなく、フレーズの途中でとぎれたりする。
それでも、リアルなサックスの音色は
異国の街でもなく、
東京の普通の住宅街の景色を
非日常なものに変えていく。
道の向かいの公園で練習しているのだろうな、
と思いながら聞き入るサックスの音は、曇り空の夏至の、
中途半端な明るさの街の時間も、
確かに止めていた。

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