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2008/10/31

Cinema Table。

7s_172

ぜいぶん昔の話だけれど、
「ひまわり」という映画を見たときに、
とても印象に残ったシーンがあった。
それはソフィア・ローレン演じる主人公が
食事をしている場面なのである。
イタリアのふるい農家のような家のがらんとした台所に
おおきな、そっけない印象のテーブルがあり、
主人公はそこにひとりぽつんと座り、
こころここにあらず、という感じで
祖末な食事をしているのだ。
白い皿にはいった野菜スープのようなものと、
パンが一切れテーブルのうえに直に置いてある。
そして何か透明な飲み物のはいったグラスがあるだけだ。
その透明な飲み物は、たぶん水だろうし、
スープの具は少なく、
パンはもう堅くなっているような感じだ。
主人公はあくまで義務的に食事をとっているだけ…。
そんなシーンなのだけれど、
観ている自分は映画のストーリーとはべつに、
その食事がどんな味なんだろうと、たべもののほうにも
心を奪われていたのである。
なんでだか、その祖末な食事がとても美味そうに見えたのだ。
このCinema Tableという本は
「映画の中のレシピ」という副題がついていて
映画にでてくる料理のレシピを紹介するとともに
その料理と、
映画の世界観(映画のシーンそのもの、ではなく)を、
写真で再現した本である。
だから料理本でもあり、写真集のようでもある。
はじめて本屋でみつけたときに、
おもわず表紙の写真に目が引きつけられた。
あまりにも自分の嗜好にあった写真だったもので。
写しているモノも、写真のトーンそのものも。
だからすぐ買ってしまったわけだ。
奥付を見てみると、
スタイリング 岡尾美代子、
写真 高橋ヨーコ、とあった。
なるほど。

2008/10/29

アーガイル柄のカーディガン。

7s_171

チェック柄に対する偏愛ぶりはあいかわらずなのだが、
あんまりチェック柄ばっかり増えても
ベイシティローラーズじゃないんだから。
なんて思って、たまには
アーガイル柄のカーディガンを買ってみた。
でも身頃じゃなくて袖がアーガイル柄なのである。
ちょっと変。
でも、トラッドなアイテムなのに
少しだけ「おかしな」感じがあって、
そこがいいと思ったわけである。
なんだか、自分のなかでは
袖に柄がはいっている服というのは
アルルカンというイメージがあるんだけど。
アルルカンはピエロなわけだが、
ピカソの初期の作品に、
そのアルルカンを描いたものがあって
かすかな記憶では、そのアルルカンが
こんな袖だけ模様のはいったような服を着て、
寂しげな表情を浮かべていたような気がするのだ。
だから「おかしな」印象があるのかも知れない。
かなりいい加減な記憶でなんだけど。
そういえば、映画「ストレンジャー・ザン・パラダイス」でも
主人公の男が、なんだか馬鹿げたくらいおおきなアーガイル柄の
カーディガンを着ていたような記憶が。
あれも「おかしな」感じだったな。
「ダサい」のにカッコいいような。
アルルカンも、その主人公も痩せぎすで、
服のなかで、体がすこし泳いでいるような雰囲気で、
もしかしてそういう着こなしがカッコよかった、のか。
あれ、そうだとしたら、
逆をいく体型ではないか、自分…。

2008/10/27

リップモイスチャライザー。

7s_170

空気が乾燥してくると
なんだかすぐ唇がぱっくりと割れてくる。
寒い季節はそれがけっこう憂鬱だったりするわけだ。
でも会社などでまわりを見わたしても
リップクリームなんて
つけてもいないような男性はけっこういるのだが、
こういうのはけっこう個人差があるんだろうか。
彼らは唇がぱっくり割れたりはしないのだろうか。
自分なんて、リップクリームは手放せないのだがな。
不思議である。
そして10月ももう下旬。
今年用のリップクリームを買っておかねばと
先日薬局に行ったのである。
リップクリームなんて、
どんなものでもいいような気もするのだが
いざ選ぼうとすると、迷うわけだ。
品質はあたりまえとして、やっぱり
パッケージも気になるのである。
なんか中年男性が持ってもおかしくないリップクリームって、
選ぶのが難しくはないだろうか。
そんなことを考えるのは自分だけか?
あいかわらずの自意識過剰か。
などと、売り場を見渡していたら
『氷点下の極寒の海の過酷な環境で働く
ノルウェーのフィッシャーマンの手肌・唇を守るために
開発されたノルウェーフォーミラ シリーズ』という文言が、
ロープを握りしめる無骨な漁師の手の写真とともに。
おお、これはいいではないか。
白地に赤とブルーを使った配色が
とても「マリン」な雰囲気だし、
男のロマン的でもある。
ノルウェイだから北欧デザイン的でもあるぞ。
ていうか北欧そのもの。
という訳で購入したニュートロジーナのリップクリーム。
でも、あとから気がついたのだけれど
自分は男性用として売ってるものと思い込んで購入したのだが
どうもそういう訳ではないらしい。
でもなあ、漁師の手の写真がさ、かなり男っぽかったんだけど。
女のひと、自分のように
男性用だと勘違いするのでは、
と、すこし心配。

2008/10/23

水晶。

7s_169

長さ5cmほどの大きめの水晶。
ツレが買って、自分の机まわりに飾ってあるものだ。
水晶って、なんかパワーがあるんだったろうか、
身につけると幸せになるとか。
邪悪なものから守ってくれるとか。
自分はきわめて現実的な人間であるので
そのへんのことにあまり興味はないのだが
それでも、これくらいの大きなかたまりをみると
それなりの存在感を感じるな。
なんていうか、
とてつもなく長い時間をとじこめてあるような
そんな神秘さか。
それを言ったらそこらへんに転がってる石でも
おなじようなものではあるが。
水晶の場合、やはり透明であることがポイントか。
透明であるということは
それだけで神秘的な要素があるのかも。
…と、ここまで書いて気がついたが
この水晶も、「透明」で「ごろっ」としているものである。
気がつけば、自分の『好き』のツボに
はまっているものなわけだ。
なーんだ、そういうことだったか。

2008/10/21

花森安治の編集室。

7s_168

こどもの頃、
実家の茶の間にはいつも、暮らしの手帖がおいてあった。
たぶん母親か父親が買ってきていたのだと思うが、
いつも「ある」ことがあたりまえすぎて
誰が買っていたのか、いつから買っていたのか、
あらためて考えると
なにも知らないことにちょっとびっくりする。
自分が何歳から読み始めたかもあいまいなのだが
こどもが読むような内容ではないにもかかわらず
けっこう小さいころから読んでいたような気がする。
こどもごころにも、その雑誌の独特な雰囲気というか
編集方針、のようなものを感じていて
ぜいぶん生真面目な雑誌だと思いつつ読んでいた。
商品テストの記事など、
たいへんな労力であることが、こどもでも想像でき
雑誌全体を構成する柱のようなものが
じんわりと伝わってきた。
でもそんな質実剛健な記事だけでなく
「婦人雑誌」ならではの読み物もあって
そのなかでとくにしゃれていたのが
増田れい子というひとが書くものだった。
どういう素性のひとなのか
いまもってまったくわからないのだが
海外に居住しているひとのようで、
(もしくは、そう錯覚させられるような雰囲気で)
むこうでの暮らしのあれこれを毎回書き連ねるのだった。
『街の靴屋で、しゃれたカフェオレ色の靴を買って…』という話は
いまでも覚えていて、
この記事ではじめてカフェオレ色という、
色の表現を知ったのだった。
そんな、暮らしの手帖という雑誌の『色』は
編集長である花森安治というひとによって
つくられていたのを知ったのは
ぜいぶん大人になってからだ。
『花森安治の編集室』という本は
暮らしの手帖社に在籍したある編集者が
花森安治のことを中心に
当時の編集室のようすを綴った本である。
こどもの自分が独特な雰囲気と感じていたものは、
やはり『つくる』ということにたいしての
花森安治の、情熱と、
強い信念によるものであったのだな、と思う。

2008/10/19

発泡酒の栓の、留め金の、ようなもの。

7s_167

辛口のスパークリングワインが好きである。
スパークリングワイン=人生を謳歌しているっぽいお酒、か。
自分のイメージとしては。
自分ていうか、ふつう誰でもそうか。
いいなあ。幸せな感じだ。
『シャンパーニュが好きである』とは書かないところが、
自分の分をわきまえている、というか
身の程を知っている自分、でもある。
先日、伊勢丹で
手頃な値段のスパークリングワインを買った。
買って帰って飲んで食べて、
さあかたづけようというときのこと。
ふと、先ほどあけた
スパークリングワインの留め金をみてみると、
これがちょっとかわいいのである。
水彩のようなタッチで
民族衣装のようなものを着た
男女のイラストが描かれており、
なんだかお土産テイストである。
これはどこの衣装だろう。スペインのようでもあり、
オランダのようでもあり、ブルガリアのようでもあるが。
こういう、偶然発見したかわいげなモノは
とっておきたくなるものだ。
どうせいつかはすててしまうんだけどな。
すこしのあいだ飾っておくことにする。

2008/10/16

旧古河庭園。

7s_166

あまりこまめに出歩くタイプでもないので、
休日はいつも代り映えのしない過ごしかたをするのだった。
それでも、一日は休日出勤したとはいえ
三連休ということもあり、
どっか行ってみようということになり、
前から興味のあった旧古河庭園にいってみた。
この庭園には洋館があり、以前写真でみてその佇まいが良かったのと
バラ園があるので興味をひかれていたのである。
東京でも北のほうはあまりなじみがないので
気分的には距離感があるのだが、
実際いってみると地下鉄で一度乗り換えるだけである。
そして、秋バラのシーズンというわけで、
大勢のひとでにぎわっていた。
バラは三分咲くらいだが、すっきり晴れた秋空とともに
写真に撮ったら、総天然色という感じであるな。
洋館は、見学には事前申し込みが必要で
外から眺めるだけなのだが
ツレに言わせると、
名探偵コナンにでてくる洋館のようだとのことである。
うちのツレはコナン好きなのか?
人が少なければな、もっとよかったのにな。
言っても詮無いことではあるが。
そういえば駒込駅で降りて
小松庵という店で蕎麦を食べてから
ここにきたのだが、
その小松庵のそばがとても美味かったのである。
安くはないのだけれど
ボリューム、質ともに満足感ある内容。
生ビールも、キンキンに冷えていて
かなり幸せなお昼ご飯であった。
あーまた行きたい。

2008/10/14

スリップウェアの器。

7s_165

松江から電車で二駅ほどのところに
湯町窯はある。
ガイドブックに小さく案内が載っていただけで、
さして期待していたわけでもなく、
窯元に行くこと自体がものめずらしいので
旅行の最終日にちょっと立ち寄ってみたのだった。
予備知識はまったくなかったのだが
湯町窯はスリップウェアと呼ばれる食器で有名で、
ウチにある、備後屋でいいなと思って買った
同じような模様の角皿も
どうやらこの窯のものらしいではないか。
なんという偶然。
そんなわけで、
並べてある器は好みのものばかりで
目移りして困ったのであったが、
けっきょく、30cmほどの角皿を購入した。
ある意味クレジットカードが使えなくて幸いであったな。
湯町窯の開窯は大正11年だそうで、
先代が民芸運動に参加していて、
河井寛次郎、棟方志功とも関連があったらしい。
店の2階がちょっとした展示コーナーになっており
作品が展示してあった。でもけっこう雑に。
高いものなんだろうに、のんびりしたものである。

自宅に戻り、買った器をちょっと飾っておこうと思い、
ソファの前のセンターテーブルに置いてみた。
なんだかとてもいい感じだったりして。

2008/10/09

足立美術館。

7s_164

ジャーナルオブジャパニーズガーデニングという
日本庭園の専門誌がアメリカにあるんだそうだ。
そのJOJGの『優れた日本の庭園ランキング』で
2003年以降グランプリを獲得しているのが
この足立美術館の日本庭園なのだそう。
日本庭園の専門誌、しかもアメリカの。ってどうなんだ。
権威があるのか。ないのか。
しかも、ランキング二位は桂離宮。
知名度が質に比例するわけではないし、
既存の評価が未来永劫続くわけでもないが
この結果はまあ大胆といえば大胆。
決してこの美術館をチャカしているわけではないし、
そもそも桂離宮だって自分の目で見た事はないのだが、
桂離宮を超えた、ってすごくないか。

足立美術館は、
以前ブルータスの美術館特集で見かけて気になっており、
まあ、園芸好きであるので
その庭園が有名だという存在が不思議でもあり興味をひかれ、
今回の旅行で松江までいくついでに立ち寄ったのである。
この美術館、もとは個人のコレクションがベースになっており
横山大観のコレクションが有名らしい。
率直に言って横山大観にあまり興味はなく、
サブ的な展示としてあった
河合寛次郎と北大路魯山人の
陶芸のコレクションのほうが自分にとってはおもしろかった。
とくに魯山人の、大鉢に椿を描いたものがあって
それがとても良かった。陶芸の良しあしがわかるわけではないが
好みにあうものを見る事ができるとうれしいものである。
欲しいぞ。本当に。買えるとしたらいくらなんだろうな。

さて肝心の庭園なんだが。
スケール感があって見事であった。
しかし、
天気が良すぎていまひとつ情緒に欠けたのと、
自分の好みからすると、やや人工的すぎるかなあ。
写真まで人工的な色に撮れてしまった。
エイジングというか
ちょっと自然の手が加わったほうがいいのでは、と
造園の素人は思った次第。
あと。
入場料¥2,200って、高くないかなあー。

2008/10/07

一畑電車の駅。

7s_163

出雲大社と松江の間には
一畑電車という私鉄が走っている。
このあたりを車を使わないで観光する人たちは、
ほぼみな利用するような電車だ。
一時間に一本。2両編成で走る電車は
とてものんびりと田園風景のなかを進んでいくのである。
とはいっても、車内では
高校生がケータイでメールするのに忙しいという
どこでもかわらない風景が展開するのであるが。
そんな一畑電車の、
出雲側の始発駅が出雲大社前駅である。
この駅が、かわいいんだ。
わかりやすく言ってしまうと、
レトロ感あふれる駅舎なのである。
天井はちょっと教会を思わせるドーム状で、
四方にはステンドグラスがはめ込まれ、
にぶい明かりを放っているのである。
木製のベンチがちんまりと行儀よく並べられた
待ち合いスペースに座ってぼーっとしていると、
一時間ちかい待ち時間も
あまり気にはならない。
できた当時はさぞかしハイカラな建物だったんだろうなあ。
ぐうぜんこういう建築物をみつけるは楽しい。
ちょっと外国の田舎の小さな駅に
紛れ込んでしまったようなような
楽しさである。

2008/10/04

稲佐の浜。

7s_162

もう秋だというのに、
いまごろになって夏期休暇などを取得している自分。
そして海。
おもわずトワ・エ・モワの唄を思い出すではないか。
寂しいぞ。トワ・エ・モワを思い出す自分。
いやべつに寂しくはないか。
寺社仏閣のたぐいが好きなので
旅行で出雲大社に行ってきたのであり、
その出雲大社の近くに、
この稲佐の浜というところがあったという話である。

旧暦の十月には八百万の神々が、この浜から
出雲大社にやってくるらしい。
全国から神々が出雲に集まり
出雲以外のところでは神がいなくなる、
なのでその月を、神無月と呼ぶのだそうだ。

へえー。

へえー。
だけどそんなことを下調べして、
興味があってそこへ行ったわけではなく、
出雲大社を見学したあと、
まだ時間があるので地図に載っていたこの浜まで
てくてくと歩いてみただけだ。
自分のもっているステレオタイプな日本海イメージとは
ぜいぶん違うその渚は、
暑くもなく、寒くもなく、
しずかに眠ったような波が打ち寄せて、
体からチカラが抜けて行くような
じつになごみの空間だったのだ。
波をみつめてぼーっと立っているのが
とても気持ち良かったなあ。
旅行中、そういう空間・場所に出会うのは
うれしいことだ、という話。
いつでも巡り会えるわけではないのでね。

2008/10/01

ブックカバー。

7s_161

吉祥寺に買い物にいった。
家からだと都心方向と反対に位置することもあり
わざわざ出向くことはそれほどないのだけれど、
前から存在だけは知っているが実際にいったことのない、
いまどきな感じの古本屋があって
いちどのぞいてみたかったのだ。
それに井の頭公園を散歩してもいいかとも思い、
ふと思いついてでかけたのである。
その古本屋では、興味をひかれるものを
2・3冊買う事ができ、気分的に充実した買物ではあった。
さて、本を読むとき、とくに単行本だと
そのまま読むのはちょっと気になるのである。
けっこう扱いが乱暴だったりするもので。
自然に汚れていくぶんにはなにも問題はないのだけれど
『汚してしまった』感じはやはりどうも。
そんなわけで、その古本屋で買ってきた本にも
なんかカバーをしてから読もうと思ったのである。
棚のなかの、店の袋などをしまってあるところをあさり
手触りのよさそうな、シンプルな袋をとりだし、
はさみで切り開き、本をくるんでみた。
単純に汚れ防止用にしたカバーだったのだが、
その雰囲気がなかなか良かったのである。
袋の紙の折りあとや、控えめにはいった英文字、
すこしざらっとした質感などが
ちょとアンティークのような味をだしているわけだ。
まあ、まったくたいした事ではないのだが
こういうときは、ちょっとうれしい。

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