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2009/10/29

ネコのおもちゃ。

7s_312

うちのネコは元気でやっています。
よろしくと言ってました。
いや、どなたかが「あそこんちのネコは元気かなー」なんて
気にしてるかと思って、
ちょっと書いてみたんですけどね。

このところ寒くなってきたので、
うちのネコも人にたいする接触度がアップしてきて、
ソファに座っているとすぐ膝の上にすぐのってくる。
ネコ三昧。
シーズン/オフ・シーズンでいえば
まさしくシーズン突入である。
さてそんなネコに対する福利厚生として、
彼には、こんなおもちゃを貸与した。
貰い物なのだがね。
ウサちゃんとネズミちゃん。
脚が4本もあってタコのようである。
妙なスタイルではあるが
脚が多いほうがネコは喜ぶのか。
ネコにかじられる運命の
ウサちゃんとネズミちゃんだが、
表情はいたって呑気だ。
なかにキャットニップが入っているので
最初はすぐ食いついたネコだが
すでに飽きた様子。
ちょっと飽きっぽいのかも、うちのネコ。
結局のところ、
むかしながらのネコじゃらしが
いちばんお気に入りのようである。
噛みつきすぎてぼろぼろになったネコじゃらしをくわえて、
ネコは、今日も部屋から部屋を渡り歩くのである。
という訳で、呑気顔のウサちゃんネズミちゃんは
今日も呑気なままなのだった。

2009/10/27

ウィリー・ネルソン アメリカンクラシック。

7s_311

音楽にはまったく詳しくないんだが。
ましてやジャズファンでもないんだが。
重ねてカントリーファンではないんだが。
刻々と秋が深まるこの時期に聴きたくなるのは
こんなアルバムかと思うのである。
ウィリーネルソンはカントリーの歌手だが、
ジャズのスタンダードといわれるような曲を
歌っているのがこのアメリカンクラシックだ。
ウィリー・ネルソンの渋い歌声と
その声に軽くからまるようなピアノが
とてもいい感じだ。
なんだか、時間に追われるような毎日を過ごしているのに、
相応の充足感もなく、
なんだかなー、なんて気持ちがめげる時に聴くと
そういうさ、目先のことではない、
もっとひろい気持ちが持てるようになる、
そんなアルバムのような気がするなあ。
すごくゆったりした気持ちになれるのだ。
ウィリー・ネルソンがおじいちゃんだからか。
いや、ふざけてるわけではなくて。
年齢の持つ説得力みたいなものかなと。
アルバムジャケットの
ウィリー・ネルソンがまたかっこいいんだ。
枯れつつこんな色気のある爺ちゃんに
なりたいもんだ。

2009/10/25

クスクス。

7s_310

クスクスはパスタの親戚みたいなものだな。
であるからして、
パスタ好きとしては、
頻繁にではないけれど、
たまーに食べたくなる時がある。
クスクスのつぶつぶ感は、
ご飯とパスタの中間的な感じで、
スープなどと混ぜながらの食べ方も
日本のカレーライスのようだ。
だから、日本でも、もっと一般的な
食材になってもいいような気がするが、
どうなんだろう。
カレーにもあうと思うが。
さてウチの今日のソースは、
カブとインゲン豆とズッキーニとトマト。
香辛料の効いたエスニックな感じのおいしいソースであった。
パリのビストロメニューって感じ?
感じ?って語尾をあげてどうする。中年なのに。
それに何を根拠にビストロなんだ。
ま、それは参考にしたレシピ本のタイトルが
「パリのお惣菜屋さんのレシピ」だから。
ちょっと、こっぱずかしいタイトルである。
はじめてなのでレシピにほぼ忠実につくった。
はじめてつくる料理のときは
「ミントちゃんのひと工夫」は厳禁である。
っていっても誰もわからんだろけど、
「ミントちゃんのひと工夫」。

2009/10/22

ルルドの泉@TOKYO。

7s_309

先日、知人の結婚式があり、
丹下健三の設計で有名な、
東京カテドラル聖マリア大聖堂にいってきたのである。
当日、教会の入り口から聖堂のほうへ歩いていくと
駐車場の奥に、なんだか見覚えのある風景が。
洞窟のようなものがあり、
その右手上にはマリア像がたっている。
それはまさに「ルルドの泉」。
なぜここに、と思ったのだが、
考えてみればカトリック教会なので
とくに不思議はないわけである。
ルルドとは、フランスにあるカトリックの有名な巡礼地で、
150年ほど前、ベルナデッタという少女の前に
聖母マリアがあらわれるという奇跡があり、
それ以来ルルドは、全世界から多くの信徒が訪ずれる
巡礼地になっているのである。
何年か前にフランスに旅行した際、
ツレがルルドに行ってみたいというので、
二日ほど滞在したことがあった。
あ、そんなところまで行っといてなんだが
ツレも自分も別にキリスト教徒ではない。
ツレなどはお寺の娘でさえある。
単純な興味、観光である。
そのルルドで湧く泉には治癒効果があると言われ
様々な人が奇跡を信じてやってくる。
それで、東京カテドラルのルルドを見て
懐かしい感じがしたのであった。
おじいさんが熱心にお祈りしていたので
遠くから写真だけ撮ってきた。
さて、丹下健三の設計の
モダンな聖マリア大聖堂のだが、
教会建築はクラシックなほうが好みなのだけれど
1964年に建てられた建物は、
古色がついて質の良いヴィンテージマンションのよう。
たいへんにいい雰囲気であった。
あ、宗教施設に対して、
ちょっと失礼な物言いか。

2009/10/19

ラミー。

7s_308

ひとそれぞれに
定番化している食料品というものがあるはずだ。
はずだ、ってそんな断定するほどの話ではないな。
ありますでしょ?お気に入り。
ちなみに自分の場合、
インスタントラーメンであれば、
明星チャルメラである。
チャルメラおいしよね。サッポロ一番もいいけど
人生最後のインスタントラーメンにどちらを選ぶと聞かれたら
やっぱり、チャルメラかなあ。
そんなことは誰も聞かないけどさ。
聞かれなくても自分から言うが
チョコレートであれば、ガーナである。
そして季節限定でラミー。
ラミー。
the 大人のチョコレート。
ラミーも自分が子供の頃からある商品だが
当たり前だが、子供の頃はそんなに好きではなかった。
正確にいえば嫌いだった。
子供には洋酒の味が強すぎて、
チョコレートを食べてるって感じがしないのである。
だから子供の頃からずっと好きだったというのとは違って、
大人になったある日、ふとしたきっかけでラミーを食べた時、
こんなにおいしかったのかラミーは。
と、主語を後ろに持ってくる構文を用いるほどの、
感嘆の思いだったわけである。
ちょっと肌寒い秋の日に
あったかいコーヒーを飲みながら
ラミーをばりばりっと頬張る。
わりと幸せな時間といえるような気がする。
ああ、ラミーのおいしい季節がやってきた。

2009/10/16

紺色のシャツ。

7s_307

原点回帰。
オーバーである。
買った服の色がベーシックな紺色だったというだけなんだが。
いや、本来的には地味好みで、
黒とか紺などのシンプルな服が好きなのだが
ここ最近は地味さに飽きてもいて、
柄物に目がいっていたのである。
しかし、このシャツを見て一目惚れ。
シンプルで格好いいじゃないか。
紺色一色とはいっても
縮絨のウール素材がベースで、
前身頃のみコットン素材、という
コンビネーションのシャツなのである。
地味なんだけど、ちょっと主張は強いかも。
シルエットはけっこうタイトで、
ボトムはぶかぶかのパンツをあわせるか、
またはタイトなシルエットで揃えるか、という感じか。
…そんなパンツ持ってないじゃないか。
なんだか、ひさしぶりに服を買ったので
テンションがあがる。
あたらしい服をきるときの
緊張感は好きであるし、
大事でもある。
というのがポリシー。(だったのか?)

2009/10/14

ジロロモーニ・オリーブオイル。

7s_306

イタリア料理的なものが好物である。
イタリア料理「的」と書いたのは、
自宅で料理する際の、適当さをかんがみて。
つまりなんでもオリーブオイルをかける、あえる、的な、
アバウトなイタリア料理であるからして。
イタリア料理と断言するには
人柄が謙虚過ぎて。
ま、そういう訳で食材としてオリーブオイルは欠かしたことがなく、
味にもうるさい、わけではないが、
おいしそうな、という部分にかんしてはうるさい。
つまりおいしそうなパッケージであるか、ということにはうるさい。
だって味見できなきゃ、それしかよりどころないもんなあ。
で、パッケージ買いする際の基準としては
比較的クラシックな、書体で言えばヒゲのついてる明朝体や、
ゴールドの箔押しを使っているようなデザインを選ぶ傾向が強い。
オリーブのイラストなんかあるのもいいかも。
けっこう高級なオリーブオイルだと、
モダンなデザインのものもあったりするんだけど、
どちらかといえば、オーソドックスなデザインのほうが
自分のなかではイタリア的なのである。
そういう点で、今回買ったジロロモーニという
オリーブオイルはやや冒険ではある。
モノクロの写真とオレンジ色の組み合わせは
ぜいぶんモダンな印象であるので。
しかし、よくみると写真のおじさん(ジロロモーニ氏?)は
農業一筋のような無骨さがあるし、
写真の粒子の粗さは、デザインの過度なシャープさを抑えて
ナチュラルなテイストを出している。
また、強いオレンジ色がイタリアの自然・食材を連想させて、
全体としてモダンではあるけれど
食品のパッケージとして無理なくまとめてある印象だ。
なんて。
こんなに深読みしたら、
このパッケージをデザインしたひとは泣いて喜ぶだろうなあ。
あと、なんてったって、ジロロモーニだもの。
語感がイタリアのシズル感にあふれているではないか。
というわけで、一消費者の
過剰なパッケージからの情報読取りによって購入された
ジロロモーニ・オリーブオイルだが、
まだ開封していないので味は不明。

2009/10/12

駄ネコ。

7s_305

先日、二日ばかり家を空ける用事があり、
いつもどうりペットシッターを頼んだのである。
シッターサービスでは、
留守中のペットの様子をメールで知らせてくれ、
写真も添付してくれる、…はずなのだが、
うちのネコは超臆病なので、
シッターには「まぼろしのネコちゃん」なんて呼ばれており
一度として写真に収まったことがない。
なので、いつも文章だけの報告で、
その内容も「エサはなくなっていました」とか
「おしっこは2回でした」などと
報告してもらい甲斐のない報告ばかりなのである。
で、帰ってきたらなんだか妙に甘っこモードで
くっついてゴニョゴニョ言いながら離れない。
そんなネコを見ていると
飼い主の不在が寂しかったんか、と
ちょっとだけ不憫でもあるのだが
たまには飼い主のありがたみが
身にしみていい、ともいえる。
社会勉強である。
そんなうちの駄ネコは、
翌日にはいつものリラックスモード全開で、
午後の日差しのなかでゴロゴロしているわけだ。
これが、まぼろしの駄ネコちゃん。

2009/10/10

洗濯バサミ。

7s_304

うちの台所には、
百円ショップで買ったあみあみの買物袋に
こうやって洗濯バサミがとめてある。
どうしてかと言えば
使いかけのさまざまな食料品の袋の口を
パチンととめておくのである。
塩とか、昆布とか、うどんとか、パスタとか、
いろんなもの。
あらためて考えると、
そういう洗濯バサミの使い方をするのは、
ごく一般的なことなんだろうか。
なんだか、あんまり自分が普通にやっていることだと
疑いもしないものだが、
人に話すと、えーっ、と言われたりすることがあるからな。
便利だと思うんだが洗濯バサミ。どうなんでしょ。
ふつうはダブルクリップとか使うのか。
それとも食品用のクリップとか売っているものなのか?
ま、うちは洗濯バサミ流用派ということで。
木製と金物があり、
金物のほうが挟む力が強いのでいいのだが、
木製のほうがあたりが柔らかいので、
いろいろつっこんである引き出しを
さぐるときなどは、木製のほうが
具合が良かったりもする。
どうでもいいような話であるが。
どうでもいい話ではあるんだが、
生活するというのは
そんな細かいことの積み重ねでもあるわけだし、
どうでもいいけど、どうでもよくないのかも知れない。
あれ、なんだか
暮しの手帖みたいなこと言ったか。

2009/10/08

液体ミューズ。

7s_303

帰宅すると、
まずは手を洗うのが習慣である。
ウソ。
ずぼらなのでそんなことはしたことがない。
ずぼら、というより衛生観念に欠けているということか。
普通は洗うものなんだろうかな。
そんな自分ではあるが、
最近は外出から帰るとまっさき手を洗うのである。
先だって、ツレより、
このインフルエンザが蔓延している時期、
やはり手洗いぐらいすべきでは、という指摘をうけ
忙しいこの時期に、たしかにインフルエンザなんていやだなと思い
手洗いを始めた次第である。
しかしながら、インフルエンザ対策で手を洗うのに、
それまで洗面所においてあった、
ほんのり甘い匂いのする石鹸などでは
いかにも効果がない感じがするではないか。
なので、まずは薬局に向かったのである。
こんなことにもまずカタチから入るわけだ。
というか、やっぱり薬用せっけんかと思ったもので。
ミューズ。
はじめて買ってみたが、
その端正なたたずまいは、
なんだか「清く正しい日本の家庭」を連想させるな。
すごく、まっとうな感じがする。
いかにも清潔。
手洗い気分も盛り上がろうというものである。
で、ミューズを買って以来、まめに手洗いに励む自分なのである。
すこし楽しくさえあるぞ。
いやー、手を洗うとさっぱりしますよね。
そんないまさら…。

2009/10/06

BOZEのインイヤーヘッドホン。

7s_302

電車のなかで、
音楽を聞いている人は非常に多い。
とくに朝晩の通勤電車。
そこら中みんなしてイヤホンを耳にいれている図というのは
冷静に見てみるとすこし不思議な風景である。
いまどきあたりまえの風景でもあるんだが、
なんていうか、ちょっとSFチックな感じか。
で、自分もそのSFチックな風景を
構成するひとりだったりするのである。
だって、通勤電車のなかでもないと
あらためて音楽を聴く時間など無いんですもの。
と、言訳めいた感じになるのは、
そのSFチックな風景が、
それぞれが自分の世界に閉じこもって
他者とのコミュニケーションを避けているようにも
見えるからだろうか。
すみません。
とりあえずあやまっておこう。
大人として。
あやまりつつ、最近BOZEのイヤホンに替えたんですよ、
という話なのであるが。
基本的に音質にこだわる人間ではないのだが、
先日このイヤホンで、
いつものiPodに入っている音楽を聴く機会があり、
そのあまりに違う音質にちょっとびっくりしたのである。
低音に重厚感があり、ピアノなど音色が豊かで、
つまり自分好みの音質なのであった。
なんだか、ここまで違うと、
いままでのイヤホンには戻れない…ような。
幸い、というか、
締切りギリギリに手続きして振り込まれていた
定額給付金ってやつを使ってしまうに
ぴったりな値段でもあったので。
無駄遣いしてやるー、という気持ちで買いました。

2009/10/04

奇縁まんだら。

7s_301

学生時代。
夏休みで実家に戻っていたとき、
県立の美術館で横尾忠則のワークショップがあるというので
行ってみたことがある。
リトグラフ制作のワークショップだったが、
参加人数が20人にも満たないくらいで、
考えればずいぶんと贅沢なワークショップだった。
だってすぐ目の前で横尾忠則がぼそぼそとしゃべりながら
リトグラフを制作するんだからな。
しかしながら、贅沢というか、
地方の観光旅行ついでにワークショップでも、
というノリも微妙にあったような。
だって、わりあいとゆるーい進行だったし、
奥様らしきかたがずっと会場にいたりしたもので。
ま、いいんだけどね。

少し前に読んでいた「奇縁まんだら」という本は、
瀬戸内寂聴が交遊のあった作家のことを綴った随筆であるのだが、
装丁には横尾忠則が描いた作家たちの肖像画が
使われているのである。
表紙だけでなく、それぞれの作家の章に配されているんだが
これがとてもいいのである。
横尾の絵があることにより、
瀬戸内寂聴の随筆に描かれた作家たちが
よりリアルに感じられるのだ。
とうぜん、随筆そのものが
読物として非常におもしろいのであるが、
挿絵として非常に効果的に使われているのである。
是非おすすめしたいなあ。
って誰に。

瀬戸内寂聴は「せとうちじゃくちょう」であるが、
なんだかずっと「じゃくしょう」と思い込んでいた。
どうも「じゃくちょう」という音感が好きではないらしく、
あたまが勝手に「じゃくちょう」を拒否していたもよう。
なんがかうすーく違っている意識はあったので
人前では決して「瀬戸内寂聴」の名は出さなかったが。
自分のなかでは「じゃくしょう」のほうが、
お坊さま的な響きだったらしい。
うむ、なんでかわからん。

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