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2010/06/15

犬が星見たーロシア旅行(単行本)。

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武田百合子の「犬が星見た」については
以前にも書いたことがある。
何故に2回めなのかといえば、
先日、単行本を買い直したからである。
この本は20代の頃文庫で初めて読んだのだが
そのときには今ほど強い印象を受けたわけでもなく
本棚のスミにしまっておいて、
(たぶんブックオフ行きのなかに紛れ込んだ)
気がついたら無くなっていた。
それからけっこうな年月がたち
「冨士日記」を読んでから、
武田百合子という文章家に惹かれるようになり、
「犬が星みた」を読み直したくて
ふたたび文庫本を買ったのだった。
だから家には文庫版が1冊あるのだが、
去年くらいか、お気に入りの古本屋をぶらついているときに
この本の単行本を見つけたのである。
そして、よく考えればあたりまえなんだが
単行本の存在が新鮮で、
無性にその単行本が欲しくなったのである。
でも、古本とはいえ、たぶん絶版になっていることと、
状態がいいものだったので、だいぶ高かったのだ。
だからその場ではあきらめたのだったが、
このところ旅情モードに入っているので、
ふと先日その本のことを思い出し、
amazonで検索してみた。
そしたら1000円程度のものがあったので
即購入したわけであった。
自分は本のムシというような読書好きではないし、
なんでこんなに「単行本」が欲しくなったのか
よくわからないのだが、
この「犬が星見た」は、
この先何度も読み直すような気がしたのである。
だから手元に、本としての存在感がある単行本を
置いておきたかったのかもしれない。
でも、新本だったらわざわざ買わなかっただろうな。
昭和の時代のロシアの匂いを
濃厚にただよわせるカバーデザインと
モノとしての古書の存在感に
たまらないノスタルジーを感じたから、かもしれない。
そんなわけで、いままた読み直しているのだが
どういうんだろう、
生命感、でも若々しい生命感ではなくて
限りあるということを知った者の生命感、
のようなものが
旅という限定された時間のなかに漂うのである。
限りはあるということ、
それは寂しいけれど悲しくない。
なんだか、
そんなことを思ったりして。

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