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2010/11/29

シェーカー鉢。

7s_450

こころひかれるカタチというものがあり、
それを見つけたなら、
身近に置いておきたくなるものだ。
それが芸術としてのオブジェであれ、
器という機能を持つものであれ。
そして、芸術はたとえ手に入れたくとも
いろいろな面で難しくもあるが
器なら、まあ、たかが知れており、
ぺらぺらっとした紙切れを
何枚か差し出せばいいだけである。
で。たかが知れているので手に入れたわけだ、器を。
なんだか妙に言訳がましい。
出西窯のシェーカー鉢。
この器はアメリカのシェカー教徒が使っていた鉢を
写した(かたちの見本とした)ものだそうだ。
購入したのは七寸であるが、
もう少し小さいものと大きいものがあり、
重ねてスタッキングできるようになっている。
そんなところに、
シェーカー家具などと同様の機能性があり、
彼らのシンプルで
無駄のない暮らしぶりが目に浮かぶ。うそだが。
北欧の食器のようなモダンさは
そんな出自ゆえであったか。
そしてシンプルでモダンな印象ではあるが
ぽってりした厚みが手仕事の気配を醸し出し、
民藝的な魅力のある器でなのである。出西窯ならでは。
などと、ほとんど新宿のBEAMS6Fのお兄さんが
説明してくれたことの受け売りだがな。
でも出西窯の成り立ちなども説明してくれて
ためになったよ。ありがとうアニキ。
この器、和食でも洋食でもどちらでも合いそうである。
今日は、いちおう洋風の
バジル風味のきのことジャガイモの炒めものを。
とてもいい感じであった。
ほんのりうすいクリーム色なので、
煮物系の茶色には合うのである。
だからお煮染めでもOKのはず。

2010/11/25

ドアストッパー。

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ネコがいるとドアの開閉には気を使う。
うっかりしっぽとか挟んだりしたら大変である。
だから冷暖房をつける時期以外は
リビングのドアは、こんなドアストッパーで
閉まらないように留めおくわけである。
ドアストッパーなどといっても
便宜上そう言っているだけで、
食品の保存用ガラス瓶に、石や珊瑚などを
ごろごろと重しがわりに詰めたものであるが。
ま、石は石なんだが、
妙にひらべったかったり、
角のないつるりとしたカタチだったりという
統一性はあるのである。
なんでかと言えば、
それらは旅行した際に、ツレが拾ってきたものだから。
その人はなんだかそういうカタチが好きなようである。
旅先で拾っているのを見ているときは、
「持ってかえるの重いのに」とか、ロマンのカケラもない
実利的な感想しか持たなかった自分ではあるが、
こんなふうに置かれていると
ちょっとロマンチックな気分にもなるぞ。
この石は、地中海の石(かも)。
この珊瑚はタヒチのもの(かも)。
黒い平べったいのは、ハワイ島の海岸の石(かも)。
ピンクのはペンザンス(かも)とか。
なんだか昔の思い出にひたっているご老人のようでもあるが、
いいのである。
歳を重ねるということは、
思い出を楽しめるということなのであるからして。
でもなんだな、かも、ばっかで、
ほんとはどこの石だったか
あんまりよくわからない。
多摩川の河原の石だったりする可能性は、
な…きにしもあらず?
多摩川にロマンはない?

2010/11/23

豆源のメープルカシュー。

7s_448

けっこういい歳の自分である。
いい歳とは『いい歳こいて』のそれであるわけだが、
ある年齢になれば、自ずと落ち着いた
分別のあるナイスミドルになれると思っていたのだが
現実はそういうものではないらしい。
例えば、ナイスミドルは
顔にニキビ、もとい、吹き出物なんてつくらないのである。
ナイスであるからには。
しかしながら、この歳になっても
ときたまぽつんと赤いものが
ひたいのど真ん中に現れたりする自分はいったい。
なんだろうなー、オイリッシュな親父肌なんだろうか。
いやいや、どちらかといえば
見た目は薄口醤油顔なはずなんだが。
ともかくも、いい歳こいて
顔に吹き出物など作らないためにも、
食べ物にも気を付けないといけないわけである。
とりわけナッツ類などは。
そーゆー状態にありながら、
先日お土産にもらった豆源のメープルカシューが、
おいしくって、
あんまりおいしいので、
自分でデパートで買ってきてしまいましたとさ。
カシューナッツにメープルシロップが
コーティングされており、カシューナッツのこくと
メープルシロップのほのかな甘さがもう
後を引くわけだ。
しかしながら、
第二の青春のシンボルを顔にこさえるオットと、
ダイエットが急務な
そのツレが買うようなお菓子でないことだけは確かなのである。
黒烏龍茶、効くだろうか。

2010/11/19

Mountain of Salt。

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いろんな種類の塩を常備していると
料理上手なイメージがある。
うちでも、基本の粗塩(赤穂の塩など国産)と
ゲランドの塩の2種類を常備している。
ふふっ。
料理上手、を、装う自分。
かたちから入ることは大事だ。
用意したカタチにあわせて人は成長するものではないか。
大きい器であれば、その大きさにあわせて成長するのではないか。
だから身の丈以上の器であることは大事なのである。
なんて。
そもそも塩ごときでご大層に。
で、先日あたらしい塩を購入したのである。
いただきもののデパートの商品券などがあったので
いつもとちがうちょっと贅沢な塩でもということで。
なんだか商品券てそんな気分ではないか。
あぶく銭的というか、
ある種の後ろめたさのようなものがあって
さっさと、使い切ってしまいたいような気分。
よくわからんか。
ま、とにかくあぶく銭的なので、
『こんな量でこんな値段?』くらいの塩にしてみました。
チベット産のピンク色の岩塩で、
容器が、ミルというかグラインダー付きで
ごりごり引いて使うのである。
意外だったのは、グラインダー付きが便利なこと。
ふつう塩は、袋からビンに移しかえて、
使うときはスプーンや指先でつまんで
味付けするんだけど、
ごそっと入ってしまったりすることがたまにある。
手先が不器用なもので。
けれどもグラインダーだと、ごりごりしながら
あんがいに量を加減しやすいのである。
その点が予想外の便利さで、
岩塩をグラインダーにいれて使うのもいいのかもと
思った次第。
余談だが、写真にキリンの置物がおきてあるのは、
このMountain of Saltが
原産国:南アフリカ共和国になっていたから。
でもなんで南アフリカ。Why?

2010/11/17

護符のような。

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京都に二日ほど。
何度か訪れたことのある京都だが
夏のことが多く、
この季節は始めてだ。
紅葉にはまだ早いが、秋のシンとした空気の京都は
なかなかいい雰囲気であった。
京都三名閣とか言うらしいが、
今回は、金閣・銀閣・飛雲閣などを。
THE京都観光。
金閣だけは遠い昔、修学旅行の際に観たはずだが、
なにも覚えておらんで。
さて寺社仏閣巡りも
なにかしらの料金を払うわけで、
拝観の充実度に比例して
高くかんじることもあれば、
こんなもんだねと思うこともあるわけだ。
金閣や銀閣は
拝観券が護符のようなものになっている。
『開運招福』『家内安全』で『御守護』とあるそれは、
ようなもの、ではなく護符そのものなのか。
そのへんがよく分からないんだが、
素直にありがたい感じがあり、
へなっとした印刷の拝観券にくらべたら、
とっても得したような気分にも
なれるというもんだ。
評価してもいいぞ。
いや金閣・銀閣は
そんな評価ありがたくもないだろうが。
でも自分が外人観光客だったら、
かなりうれしい拝観券だと思うんだがな。
『ワーオ』とか言いそう。
言わんか、そんなこと。


2010/11/14

ごはん。

7s_445

毎年、秋になると
母親が新米を送ってくれる。
もう何年も玄米を送ってもらっていたのだが、
最近自分が玄米特有の匂いが苦手になってきたもので
今年は白米をリクエストした。
その送ってもらった米を炊いたらば。
これがうまいのなんの。
いちおう米どころと言われる地方のお米なので
いつも一定のレベルではあると思うのだが、
おいしさが別格。
ツレも同じことを言っているので
自分だけの思い込みでもないと思われる。
ほんとに旨いので、
白米をおいしく食べるための献立を、ということになって、
つくったのがこの夕飯。
ヒジキの煮物。
塩ジャケ。
筋子の醤油漬。
白菜のつけもの。
みそ汁。
しみじみ粗食だが、
ご飯がおいしいぞ。
ほんわか幸せな夕食である。
幸せ…ではあるのだが
おいしくてご飯を食べ過ぎる。
炭水化物って太るんでしたっけね。

2010/11/12

Dr.マーチン。

7s_444

人は、
楽なほう楽なほうへと流れていくものである。
会社へもスニーカー。
ジャケット・パンツにもスニーカー。
いつでもスニーカー。
持っている革靴も壊れて、なおさらスニーカー。
とか呑気にしつつもさ、
黒の革靴のまともなものが無い状態というのは、
どことなく落ち着かないものである。
大人なのに黒い革靴がないって、という落ち着かなさ。
だから、黒い革靴を買ったのである。
ま、革靴と言ってもDr.マーチンなんだけど。
でもウィングチップだし、
Dr.マーチンではあるが大人なイメージではないか。
かなり若かりし頃、
一度くらい履いていた記憶のあるDr.マーチンであるが、
それがなぜ今になって、また。
それは、
コムデギャルソンの別注のDr.マーチンだから。
別に靴を買うつもりでもなくショップにいったら
たまたま置いてあって、
こりゃいいかもと思ったわけである。
ギャルソンなのに、
値段はDr.マーチン価格だし。
フォーマルではないが、
とりあえずは黒の革靴、ってことでひとつ。

2010/11/10

まぼろしのネコ。

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お客のあった先週末。
みんなネコ好きな人たちなので
ネコもなんとか姿を現さないかと
あわい期待があったのだが、
そんな期待は無駄だった。案の定。
お客たちも、ここまでまったく姿を見せないとは
思ってなかったようで、
最後には、まぼろしのネコは、
実は本当に幻、
わが夫婦の見る幻影なのではないかという説が。
実在しないネコ?
うちのネコは我々だけに見えていたのか。
そんなまさか。
お客が帰ってしばらくしたら
にゃあにゃあ言いながら
ベッドのしたから出てきましたがね。
なんだか悔しいので
翌日写真を撮りまくった。
ほれ、このとおり。
いや、本当にいるんだってば。

2010/11/08

オリーブの缶詰。

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先週末は久しぶりに3人ほどお客をよんで
ご飯をつくって食べた。
ま、いつもの土曜日の食事と
あまり変わらない内容ではあるのだが、
ちょっとはおめかしせんと、ということで
チーズやら生ハムやらを買い出しにいったのである。
生ハムなど食材そのものが見えるものは、
当然ながら、「旨そうに見える」ものを選ぶわけだが
缶詰などはけっこう迷うな。
ブラックオリーブが欲しかったのが、
瓶詰めのものと、缶詰が複数あったが、
瓶詰めのものも漬け汁が入っているので、
オリーブそのものはあまりよく見えないし、
そうすると、産地などを別にすれば、
やっぱりパッケージのデザインで判断するしかない。
ツレとの店頭で協議の結果、
これがいちばん旨そう、ということで選んだのが
このオリーブの缶詰である。
やっぱりグリーンとレッドの組み合わせは
イタリアンの食材に関しては王道。
ややくすんだ色目も上品ではないか。
味も、普通に旨かったし。
ところで、お客といっても
別にたいした料理をつくるわけでもないんだが、
やっぱり、口にあうかなどといろいろ気になり
腹いっぱいと思いつつも、
よく考えたら自分はそんなに食べていなかったりする。
世話好きの親戚のおばさん的な。
で、お客が帰ったあとなんだか小腹がすいて、
冷やご飯にシラスをのっけて食べたら
すごく旨かった。
勢いにのって、お持たせの
豆源のカシューナッツの甘い豆菓子までぽりぽりと。
おいしゅうございました。
そんな自分がなんだかすこし情けないのは何故であるか。

2010/11/05

Fujiko。

7s_441

クラシック音楽は詳しくないので
(クラシックも、だな)
よくわからないのだが、
フジコ・ヘミングの演奏というのは
好き嫌い、というか演奏としての評価が
わりにはっきりわかれるようなことを
何かで読んだことがある。
それは演奏するうえでの、
奏者の解釈というか、楽譜(=作曲者の意思)への
忠実さの度合いみたいな問題でもあるようだ。
フジコ・ヘミングの演奏というものは
譜面そのものの演奏からすると
かなり自由度の高い演奏なんだろう。
フジコ・ヘミング自身も
機械的な演奏してなにが面白いの的なことを言っている。
たぶん、自由度の高い演奏というのは
過ぎれば「独りよがり」なだけということもあるだろうし、
そういう判断基準が間違ってはいないだろう。
でも、たぶん自分が多少なりとも
クラシックというジャンルの音楽を聴くようになったのは、
「フジコ・ヘミングの」演奏を聴いたから、であるとは思うのだ。
それまで耳にしていたクラシックというものとは
なんていうか音のきらめきみたいなものが
違って聞こえたものなあ。
なんだか、漫画のノダメのような話ですがね。
そんなフジコ・ヘミングの新譜が、『Fujiko』。
曲そのものは、
すでに持っているCDにあるものがほとんどだが、
録音があたらしく、
なんだか音の空気感が違っていてとてもいい。
とくに1番めに入っている「テンペスト」という
初めて聴くベートーベンのピアノ曲は、
なんていうかテンションがあがっていいんである。
仕事で落ち込んだ時とかよさそう。
悲愴さのなかに、ほんのかすかに希望が見える感じ、
自己憐憫のむこうに透ける可能性への希望の光りだ。
なんだそれ。

2010/11/03

ネコベッド2。

7s_440

正確にはネコ in BED.
または In bed with fuku-taroか。
ネコは、いろんな場所で寝るのが好きである。
人のベッドに潜り込むのも好きである。
うちの場合は、人、といっても
それは女飼い主のことで、
男の飼い主のベッドには入ってこないがな。
なぜかと言えば、ま、想像だが
やっぱり、寝相なんだろう。
男の飼い主のベッドのなかでは、
いつ押しつぶされるかヒヤヒヤするに違いない。
もっともである。自分がネコでも
男の飼い主のベッドに入りたくはないぞ。
さて、羽毛布団の奥深く潜りこんで寝るのが
好きなネコであるが、
やはり熱すぎることもあるようで
そうすると、もぞもぞと
枕もとまで出てきて顔だけだして寝るわけだ。
ちょっと眉間にしわを寄せているような
なんだかとても人間くさい、
まじめくさった寝顔に、
心臓をわしづかみされる飼い主としての自分は
けっこう、まっとうなネコ好きであると
思う次第。

2010/11/01

ネコベッド1。

7s_439

これを成長と呼ぶべきか。
成長したのかこのネコは。
いままで避けて近寄ろうともしなかったネコベッドに
ネコもみもみを突然はじめて、
このようにヤマネのように
クルリンと丸まって寝るようになったのは
成長したということなのだろうか。
飼い主は惑うのである。
だって、買ったのが2年も前なもので。
ドーナッツ型のこのネコベッドに
ネコが丸まって寝たら、さぞ可愛いにちがいないと
通販で買ったのに、
まわりをわざわざ迂回して通っていくくらい、
なんだかお気に召さない感じだったのに。
彼にどんな心境の変化があったか知る由もないが、
ひとつ確かなことは、
ネコはホントに気まぐれ、ということである。
男飼い主の座布団となりはてたこのネコベッドに
よもやほんもののネコが寝ているのを
目にできるとは思わなんだ。
長生きはするものである。
あるいは、果報は寝て待て。違うか。

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