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2011/03/30

オイルサーディンの箱。

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パスタ料理をすることを
趣味であると公言している自分ではあるが、
「料理好き」ではない。

何故かと言えば、
「料理好き」が魚を捌かないなんて
ありえないだろうから。
魚を捌けないで、料理好きなどと言っても
およそ説得力がない。
だから自分にとっては
あくまでパスタ料理が趣味なだけで
料理好きではないのである。

そんな、魚を捌くことができない自分は
もっぱら切り身派。
切り身派って、そんな派があるはずも無く、
切り身しか扱えないといことだが。
情けない、シクシク。
それと缶詰。
というわけでオイルサーディンは、
自分にとってはとても大切な食材なのでる。
パスタにすると旨いしな。
で、外国産が多いオイルサーディンは
パッケージもけっこうかわいいものが多く
それがまた楽しいのである。

この写真のパッケージは
赤と青のカラーリングが楽しいのと
黒い幼稚な魚のイラストがかわいい。
あ、幼稚ではなく素朴か。
そして。
サーディンの写真が、青っぽく
生臭い感じがするのもオツだったりして。

PS :
魚はさばけないが、イカは処理できることを
言っておきたい気がする…。
イカのリングフライ、おいしい。

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2011/03/28

アーモンドの花。

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冬の、
北向きの吹きっさらしバルコニーは、
軟弱ガーデナーには荷が重く、
「ま、いっか」というお茶を濁す程度の
世話しかしない。
(その時点でガーデナーを名乗る資格がない訳だが)
だから早春を彩る水仙などは存在しない。
そういう消去法的な理由で、
我がバルコニーガーデンでは、
アーモンドの花が咲く時が
春のはじまり、なのである。

ちょっと珍しいアーモンドの木であるが、
10年以上まえに種を蒔いて育てたものだ。
10年もたっていれば、
かなり大きな木になるようにも思うんだが、
背丈は60cmほどである。
いや、世話が足らない、という話だ。
毎年この季節に花を咲かせてくれるたびに、
今年こそは大きな鉢に植え替えよう、と思うのだが、
春から夏にかけて、何故だか生育が良くなく、
気分が盛りさがるのである。
環境が合わないとか?
言訳してみた。

今年は、震災の何日かあと、
気がついたら花が開いていた。

自然は怖い。
でも自然は
美しくもある。

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2011/03/25

しっぽ、とか。

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ちょっと更新に間があいてしまっているのだが、
毎日のぞきにきてくれる方がいて
なんだか申し訳ない。

震災関係では、
まだまだたいへんな状況がつづくけれど、
個人的範囲に限っては、
実家方面のライフラインに復旧の兆しがみえたり
知人の大事な方の安否確認ができたことがわかったり
決してくらいニュースばかりではない。

東京もまだけっこう余震があり、
そのたびに風呂場に駆け込むしっぽが
不憫ではあるが、
そのしっぽの奴も
苦労した分だけ
たくましくなってくれるんじゃないか。
いや、それは無理か。
びびりん坊は生まれつきだからな。
でも、そのほうが
危険を遠ざけることができるのかも。

もう少し落ち着いたら
また更新していきたいと思うので、
どうぞよろしくお願いしますにゃ。


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2011/03/21

キッチンの棚。

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連休。
気にかかっていたことの処理をいくつか。

義援金を日本赤十字に振り込む。
いまどき義援金だってネットでカード決済だ。
そのカジュアルさが寄付という行為の敷居を低くしてくれて、
個人的には助かる。
郵便局で振込、だったりしたら
腰が重くなるタイプなので。
被災したペットの救済活動をしているNPOにも
ほんの気持ちの寄付を。
もしものことがあったなら、
うちのしっぽの奴も助けてもらえたら、と思う。

自宅での普段着にろくなものがない。
本当である。
休日に良くはいているジーンズとチノパンがあるのだが
両方とも、またの部分にでっかい穴が。
長くはき過ぎてすれて穴が。
物持ちがいいというかなんというか。
自宅での格好はかなりいい加減なのである。
で、こんな時期だし、
近所の某国民的ブランドでおざなりなショッピング。
帰ってはいてみたら、
思いのほかいい感じである。
何年かぶりに買ったジーンズが新鮮。
ちょっとコーディネートを考えたりして。

暖かく気持ちのよい天気だったので、
植木鉢が倒れ、荒んだバルコニーの庭をかたづける。
水やりする心の余裕がなくて、
乾ききった植物に心のなかで手をあわせつつ
水をたっぷりやる。
バラの新芽がたくさんでていた。
アーモンドの木には、知らぬ間に花芽がついていて
いまにもほころびそうである。
季節は動く。
春になって花は咲く。
それがうれしい。

で、棚の写真はなにも関係ないのか、
と問われれば、
つまり日常の象徴的カットということで。
日々の暮らしを粛々と。である。


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2011/03/19

ろうそく。

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買いだめなんてよしてほしい。
ほんとに。

と、思いつつ。
自宅でのろうそくの有無くらいは把握しなければと
ツレに話したら、この2本が我が家のろうそく在庫だそうだ。
ふーん。二晩くらいは足りそうか。

火曜日に自宅待機が決まって、
会社からmacを搬入して自宅で仕事をしていた。

その間、交通機関の運行削減で
通勤につらい思いをすることもなく、
計画停電でも、居住区がグループに入っておらず、
停電になることもない我が家は、
不当に優遇されているようで肩身がせまい。
せめて節電をと、
暗い室内で、下半身に毛布を巻き付けて仕事をしていた。

実家のある仙台と、親戚の散らばる福島県。
とりあえず命という部分では
最悪の結果はまぬがれたらしいことを感謝。

この先の道は、だれにとっても険しいな。
ブログにコメントをくれたかたがこんなふうに書いていた。

人間の仕事はどのような状況にあっても「生きる」ことだ。

だったら精一杯、その仕事をしよう。
それが、いまの自分にできることだ。



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2011/03/12

祈り。

7s_500

生まれ育った土地をはなれて、
30年以上たとうとしている。
故郷、というものに
取り立てて強い郷愁を覚えたことは
いままでなかった。
しかし昨日今日と
テレビで目にする映像は、
自分にとっての故郷というものを強く意識させるには
十分すぎるものだった。

小さいころ家族で地引き網を楽しんだ海岸。
始めて友人とドライブを楽しんだ道。
大学時代の先輩が住んでいる港町。
それらの地が、
あとかたもなく津波に流されて行く。
言葉がない、というのはこういうことか。

停電で、きっと寒く不便ではありつつも、
自宅で過ごすことができている両親。
連絡がとれて無事を確認できたことの幸運を、
よろこべない。

たくさんのひとが辛い時間をすごしていて、
それらのひとを救うために
ほんとうにたくさんの人が、
昼夜を問わず働いている。

それらのひとが、
ひとりでも無事であること。
それを祈ることしか
いまの自分にできることがない。

だから、祈る。


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2011/03/09

パピエラボのポストカード。

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なんでかわからないが、
店頭でこのポストカードを見つけて
目が離せなくなった。
「I PRAY FOR YOUR HAPPINESS.」という言葉とともに
山並みを描いたイラストがあるだけの
シンプルなカードである。

アメリカの、地方都市の、
街からはずれた辺鄙な、
だけど交通量だけは多いような道沿いのモーテル。
そのモーテルの部屋の、
すり切れたカバーがかけてあるベッドの
サイドテーブルに、
聖書と一緒に置いてある、かのような。
またはアメリカのさびれた観光地の、
土産物屋の絵はがきのスタンドに
忘れられたように置かれているような。
どういうんだろう。
ロードムービーのひとつのシーンのような、
そんな匂いがする。

カードにあるのは
英語の慣用句のような言葉と、なんの変哲もない絵なのだが、
その言葉と絵が、
こころに染みてしょうがない。
距離を置いて勇気づけてもらっているというか、
ぶっきらぼうに愛されているような感覚でもある。
うーん、よくわからないが、
なんだかおセンチな気分にさせられるということだ。
おセンチ、なんていまどき言わないか。


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2011/03/07

3月5日のパスタ日記。

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3月5日。
ということは、だ。
東京では、あとひと月もたたないうちに
桜が咲くということだ。
なんと季節の移り変わりの早いことか。
日々の雑事に翻弄されてはいても
自然はいつもとかわりなく時を刻むというわけだ。
そう思うといろいろ救われもするな。

週末のパスタは、
大量にある塩蔵バジルを消費するために、
シンプルにそれだけのパスタにしてみた。
ペペロンチーノ+バジル。
塩蔵だから容器から取り出したバジルには
塩がけっこうついているのだが、
その塩をそのまま活かせば良いかと思い、
ゆであがった麺とともにおおぶりにちぎって加え
がしがしと混ぜた。
ダイナミック。
こんがり色づいたニンニクと鷹の爪、
そして暗緑色のバジルが白っぽい麺に映えて
とても旨そうである。
で、食べたわけだが、
ダイナミックに作ったパスタは
ダイナミックに塩っぱかった。

食べられない、ほどに塩辛いのではなく、
バジルについた塩が、完全に混ざりきらず、
ピンポイントでしょっぱい。
絶望的なまずさ、ではなく、
微妙ないまひとつ感が物悲しい。
ふっ、たまにはそんな事もあるさ。

パスタはそんなだったが、
オイルサーディンと
レーズン、クルミ、ローズマリー、ジャガイモを
炒めたものが、けっこういけた。
オイルサーディンとジャガイモのソテ
サルディーニャ風、とかいう名前で
本に載っていそうである。
そこはかとなく本場感漂うな。
ジャガイモ以外は
以前イタリアンレストランで食べたパスタのまねで、
それをパスタではなく、
茹でたジャガイモと一緒に炒めたわけだ。
ジャガイモとアンチョビが合うのだから
オイルサーディンだって合うだろうと。
正解。


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2011/03/03

ラナンキュラス。

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春だ。
いつもながら春というのは
唐突にやってくるものだ。

春といえば花。
すこし温んだ空気にはやはり色鮮やかな花など
部屋のなかに飾りたいものだ。
ツレが「切り花を飾りたいのだが、
しっぽがちょっかいだすからなあ」とためらっているので
ま、少しくらいちょっかい出してもいいんでは、
とアドバイスさしあげ、
スーパーの帰りに花屋に寄ってみた。

ツレはアネモネが欲しかったようだが、
ちょっと花がひらき気味のものしかなかったので
ラナンキュラスをおすすめしてみた。

ラナンキュラスはけっこう好きな花だ。
ぼてっとした重々しい花は、
つくりものめいた感じがして面白く、
ピンクから赤系の花色も
主張が強くていいかと。

でも3本しか買わないだな。ツレは。
けっこうつましい我が家である。
そしてガラスの花瓶に
無造作っぽく、というか無造作そのものに
突っ込んだのもツレである。
この人はそういうことにはけっこう無頓着で、
自分があとからささっと手直ししたりするんである。
なんだか苦手なんですって。
人には得手不得手がありますからね。
自分はどっちかといえば得意です。

しっぽはやっぱりクンカクンカと匂いを嗅いだり、
ガシガシとかじったりもしたが
少ししたらあきたのか興味をしめさなくなり、
ラナンキュラスは1週間たっても無事である。


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2011/03/01

出西窯のシェーカー鉢。

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食器なんていくらあっても使える数は限りがあるわけだ。
なんだけど、あたらしい食器というのは
やはり欲しくなるものである。
食器を増やす前に、料理を鍛錬するべきでは、
という気がしなくもないが(というかするんだが)
きっと器が変わると料理も旨くなるように思うのかも。
ま、何につけ新鮮さというものは必要である。

去年、出西窯のシェーカー鉢というものを買ったのだけれど、
この食器はサイズ違いがあり
スタッキングできるようになっているのである。
先日デパートをうろついていたら、
民藝を特集したようなコーナーがあり、
そのシェーカー鉢も置いてあったわけだ。
去年購入した大きいサイズがけっこう使いやすかったので、
機会があったらサイズ違いも欲しいと思っていたら、
その「機会」があったわけだ。
巡り合わせってやつ?

この器のいいところは、
洋風和風料理を問わず使えるところだろう。
写真では、いちおうタパス的な
ししとうの素揚げと、パンをひとかけのせてあるが、
今日の夕食では、肉じゃが的な煮物に使ってみた。
器のフォルムはどちらかと言えば西洋的だが、
無骨な感じと、クリームがかった白い色が
どんな料理でも合うんだろう。
キャンバスのような器ということだ。
絵を描くように調理せよ。
そして盛りつけよ。
なんて。


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