2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

2009/11/06

ピンクのシャツ。

7s_315

先だって、紺色のシャツが好きであると
書いたわけだが、
ピンクのシャツも好きなのである。
ま、いろいろ好きな色があるわけだ。
自分で言うのもなんだが
ピンク、けっこう似合います。
そもそもピンクという色は
中年男性にこそ似合う色のような気がする。
濃紺のスーツにうすいピンクのシャツなどを合わせていると
とても上品でよろしいかと思う。
自分の場合はスーツは着ないので
あいかわらずのだらだらコーディネイトであるわけだが、
きれいな色のシャツを着れば、
こころも明るくなるというものだ。
このピンクのシャツは、
きれいな明るい色味のピンクなのだけれど
染め方のせいか、色に深みがあり、
カジュアルなシャツではあるけれど
上質な感じである。
先日、お昼に弁当を買いにいったときも
お弁当屋のおばさんに
「いい色ねえ」って誉められた。
先日の紺色のも、このピンクのも
コムデギャルソンのシャツなのだが、
自分がここの服が好きなのは
その、深みのある色が好ましいからかも。
そういえば、臆面も無く
ピンクが似合うなんて書いてしまったが、
自分、中間色は恐ろしく似合わないのである。
よく、微妙なトーンの色を
センスよく身に付けている人がいるけれど
自分がそういう色を着ると
なんだかすごーく垢抜けない感じになるのだ。
なぜに。

2009/10/08

液体ミューズ。

7s_303

帰宅すると、
まずは手を洗うのが習慣である。
ウソ。
ずぼらなのでそんなことはしたことがない。
ずぼら、というより衛生観念に欠けているということか。
普通は洗うものなんだろうかな。
そんな自分ではあるが、
最近は外出から帰るとまっさき手を洗うのである。
先だって、ツレより、
このインフルエンザが蔓延している時期、
やはり手洗いぐらいすべきでは、という指摘をうけ
忙しいこの時期に、たしかにインフルエンザなんていやだなと思い
手洗いを始めた次第である。
しかしながら、インフルエンザ対策で手を洗うのに、
それまで洗面所においてあった、
ほんのり甘い匂いのする石鹸などでは
いかにも効果がない感じがするではないか。
なので、まずは薬局に向かったのである。
こんなことにもまずカタチから入るわけだ。
というか、やっぱり薬用せっけんかと思ったもので。
ミューズ。
はじめて買ってみたが、
その端正なたたずまいは、
なんだか「清く正しい日本の家庭」を連想させるな。
すごく、まっとうな感じがする。
いかにも清潔。
手洗い気分も盛り上がろうというものである。
で、ミューズを買って以来、まめに手洗いに励む自分なのである。
すこし楽しくさえあるぞ。
いやー、手を洗うとさっぱりしますよね。
そんないまさら…。

2009/09/30

黄昏時の、逗子の海岸。

7s_300

逗子の知人宅に遊びにいって、
昼間からワインでいい気分になっていた先週末。
お昼ご飯会であったのに、あっという間に夕方である。
重い腰をあげ、逗子であるからには海を見て帰らねばと、
みんなして海岸を散歩してから駅に向かうことにした。
久しぶりに見た海。
海の近くに住むってどんな感じなんだろう、
こんなところに住めたらいいなあ、
きっと散歩が楽しいんだろうななどと思いつつ、
自分にはここから東京まで毎日通う気力など、
体中探しても見つかるはずはないので、
あこがれはあこがれのまま、とっておこうと。
海が見たくなったら、また呼んでもらえばいいわけだし。
なんて。ハタ迷惑な発想である。
そんなバカっ話をしながら駅への道をいくと
こじんまりとした、でも活気のある商店街もあって
逗子はとても住みやすそうな街なのであった。
ああ、定年後とか移り住むというのも…、などど
また妄想がすこしふくらんだ。
その際には、是非なぎさボーイズに入れていただき、
フラを踊りたいものだ。
ダンスはけっこう得意。

2009/09/26

ダイレクトメール。

7s_298

うちのツレは、
amazonで本を買うのが好きである。
欲しい本が見つけやすいとか、
古本を探せば多少安く買えるとか、
利便性も当然あるのだが、
ツレ曰く「荷物が届くのがいい」のだそうだ。
自分が購入したのだから、
その購入したものが届くのはあたりまえなのだが、
郵便受けに荷物が届いていると、
誰かからの贈り物めいた感じがするらしい。
確かにamazonでも、古書で探すと、
いろいろなネット古書店から購入することになるわけで、
そこから届く荷物は
店主が自ら梱包したと思われるような、
プライベート感ある荷物だったりして、
なおさら贈物めくのであった。
そういえば、ダイレクトメールでも
もらうと、ちょっとうれしく感じる時があるな。
プライベートな手紙やはがきなどは
ほとんど届かないわけで、
それは自分からもださないので
当たり前なのだけれど、
自分が貰う分にはとてもうれしいものなのである。
しかし、うれしくても、勝手に届くわけもなく
ダイレクトメールで我慢しているだけだが。
でも、さすがにお買物情報が満載のようなDMではなくて
イメージ優先デザインのDMね。
ちなみにこのドクロのDMは、
HYSTERIC GLAMOURのもの。
このドクロはウォーホールのドローイングらしい。
ほっほーっ。

2009/09/20

金魚掬い。

7s_296

夜、散歩に出かけたら
神社のお祭りで夜店が沢山でていた。
新宿近くという場所のせいか、夜9時過ぎというのに、
家族連れや子供同士のグループで賑わっていた。
そんななか、カットオフジーンズとボーダーシャツの
中年男子(しかも連れ無し単独行動)は
少し異質な存在である。
いいじゃないか。散歩してるだけだよ。
と、誰にとがめられたわけでもないが。

夜店のなかには金魚掬いがあった。
子供の頃、年に一回のお祭りはとても楽しみな行事で、
屋台での買食いや、
あの、なんて言うのか、
小さい風船のなかに水がはいっているヨーヨーを
買うのが楽しみだった。
お祭りの出店といえば、金魚掬いや輪投げなど
アクション系もあるわけだが、
小学生の頃、肥満児にカテゴライズされかけた身としては
貴重なお小遣いを、自分の身体能力を無視して
そんな博打のようなものに使うわけにはいかないのである。
なので金魚掬いも数えるほどしか、やったことがない。
当然一匹も掬えたことがない。
トホホである。
ひさしぶりに見た金魚掬いは
白いシートを貼った水槽に、
赤と黒のちいさな金魚がたくさん泳いでいて
なんだかとてもきれいだった。
ふと、金魚を飼いたいと思ったほど。
でもお客は少なそうで
店の親父はひまそうにしていた。

2009/09/14

爪研ぎ。

7s_294

我が家にはネコが一匹いる。
茶トラなのだが、腹のあたりには
アメリカン・ショートヘアーのように
シマ模様が渦をまいているのであった。
アメリカン・ショートヘアにも
茶系の品種がいるようだが、
うちのは雑種、じゃなく、ミックスである。
名前はフク太郎というのである。
聞かれないけど言っておく。
そんなわけで、リビングにはネコ草とか
ネコ関連グッズがいくつかおいてある。
この爪研ぎもネコ用である。言うまでもないが。
細長い板に荒縄をぐるぐる巻いてあるものだが
よくみると先端には耳のようなものがついているし
下のほうには、縄がにょろっとはみ出ている。
しっぽである。言うまでもないが。
これだったら、リビングにおいても
さほど目障りにならないかと思い選んだのだった。
ペットグッズにしては、抑制がきいたデザインであるな。
またたびの粉末もまぶしてあるので
気が向いたときには使っていただいているが、
ネコがいちばん好きな爪研ぎは、
リビングにおいてある籐製の椅子の背で
バリバリやることである。
なんだかすごく使い勝手というか
具合がよさそうで、一日ひと研ぎしていただいている。
やれやれであるが、
ま、仕方のないことである。

話がかわって、
ふと気がついたら、ブログのカウンターが
100,000を超えているではないか。
ゼロが五つである。
おおー、すこし感激した。
いつも見てもらってありがとう、と
とりあえずお礼を一言。

2009/09/11

エッフェル塔の置物。

7s_293

エッフェル塔は「塔」なのに、
東京タワーは「タワー」だ。
あらためて考えると妙である。
「塔」のほうがクラシックでロマンチックでもある。
高級でさえある。
かたや「タワー」は英語なのに、先進感もなく
一抹の安ささえ感じるのはなぜだ。
東京とパリの差か。言葉のマジックか。
東京タワーのライトアップなど
とてもきれいなのにな。
エッフェル塔の歴史・ブランドには
なかなか太刀打ちできないものである。
ま、どうでもいいことだが。

エッフェル塔には二度ほど登ったことがある。
一度めは一人でパリに旅行した際、夜、登ってみた。
初めての海外一人旅で、
いい加減フランス語に消化不良をおこしていたときで
塔に登るエレベーターのなかで、
アメリカの観光客の話している英語が
不思議なほど耳に入ってきて、
自分はこんなに英語が聞き取れただろうかと思ったものだ。
つまり、そう感じるほど、
フランス語にうんざりしていたということである。
二度目はツレと一緒に旅行していた際に、
パリにはいままでなんどか来ていたものの、
ツレがエッフェル塔に登ったことがないということに気づき、
それじゃ登ってみるかということになったのだ。
なんだかすごく混雑しており、適当な列に並んで、
窓口にたどり着いてはじめて、
ここは階段用のチケット売場だがいいかと聞かれ、
いいもなにも、いまさら並び直すことなど
考えられないほどの混雑だったので
とぼとぼと階段で登ったのだった。
その際にお土産売場でかったのが
このエッフェル塔の置物である。
高さ5cmほどの、こんなお土産を買うのに
なんだか必要以上に慎重になってしまい、
ツレと買おうか買うまいかずいぶん悩んだのだった。
いま思えばもっと大きいサイズを
買えばよかったとも思うのだが、
階段で登ってきた疲れで
思考停止状態だったのである。

で、実のところ東京タワーのミニチュアも欲しくて
いつか東京タワーに行こうと思っているのだが
なかなか実行に移せていない。
中学の修学旅行でいちど行ったきりだ。
スノードームなんかもあると思うんだけどなあ。
いつでもいけるところには
なかなか行けない、いや行かないものである。

…なんだか
ほんとにどうでもいい話だ。

2009/09/09

新作スノードーム。

7s_292

スノードームには二つのタイプがある。
ひとつは、まさしく
ドーム状に球体を二つに割ったようなかたちのもので、
もういっぽうは完全なる球体をしているタイプである。
自分的には、前者のほうが
いわゆるスノードームらしいカタチであるように思う。
つまりお土産物的な、
魅力あふれる安っぽさがあるように思うのである。
その違いのおおきな要因はドームのカタチというよりも
台座部分の仕様の違いが大きい。
球体のタイプはたいてい台座部分に、
ドームのなかの世界と同じ世界が
レリーフ的に立体表現されているのである。
この、台座にも凝っている、というリッチ感が
いまひとつ過剰に感じるのであった。
半球状のものは、いかにも台座、というそっけない仕様で
そちらのほうが好みなのである。
それとドームのなかは
「閉じ込められた世界」であるべきで、
台座にモチーフが表現されていると
ドームの中と外と世界が連続してしまい、
「閉じ込められた世界」では
なくなってしまうのだ。
それってスノードーム的でない、と
自分は思うのであった。
そういった点で、新作スノードームは実は
ベストチョイスではないのである。
でも、
ホルスタインがかわいかったもので。

2009/09/07

寺内貫太郎一家。

7s_291

桜の季節に、上野へ展覧会を見にいった。
帰り際、このまま上野駅に戻るのもつまらないので
桜の名所だという谷中霊園をまわって帰ることにした。
東京芸大のほうから適当に見当をつけてしばらく歩くと
霊園の入り口らしい場所についた。
そこには道を挟んで片方に花屋、もう片方に石屋があった。
それを見て、そういえばここは
昔やっていたテレビドラマ「寺内貫太郎一家」の
舞台だったのだなと気がついたのだった。
「寺内貫太郎一家」は自分が中学生のころに放送していたドラマだ。
地元では(東京ではないので)水曜の9時からの番組で
毎週とても楽しみにしていたのをよく覚えている。
あの頃はまだテレビが最上級の娯楽だったのだ。

そして先日のこと。本屋をのぞいたら、
向田邦子のドラマのシナリオがシリーズで文庫化されており、
そのなかに「寺内貫太郎一家」があり、
懐かしさにひかれて買ってきた。
ずいぶん昔のドラマなので、ディテールなどは覚えていなかったのだが
樹木希林の演じていた一家の祖母が、
部屋に貼ってある沢田研二のポスターにむかい、
「じゅりぃ〜」と身悶えするギャグが
ものすごくおかしかったことや、
お手伝役の浅田美代子が、けして上手くはなかったが
それなりにはまり役だったのだな、などと
いろいろ思い出しながら、読みすすめたのだった。
最近はテレビドラマなどは観ない(観れない)ので
単純に比較できるものではないが
昔のほうがテレビドラマは面白かったんじゃないか、
などど思ったりもした。
中学生のときの自分と大人の自分では、
感じかたも違うだろうし、
本当に比較できるものでもないんだけれども。
で、
テレビが大好きだった、あの頃の自分が
なんだかすこし
うらやましいような気持ちがしたのであった。

2009/09/02

コード製のブレスレット。

7s_290_2

ツレは手先が器用である。
その時々で熱中するものはさまざまだが
どんなものでも、
仕事の丁寧さにはいつも感心してしまうのだ。
その丁寧さが、何故家事にはいかされないか、
という疑問を持ちつつもだが。
さてそんなツレが、ある時期、いろいろなヒモを使った
アクセサリーづくりに熱中したことがあった。
このブレスレットもその時につくったもののひとつで、
ワックスコードを細かく編んで、
あいだにシルバーのビーズなどを埋めこんである。
自分は、あまりアクセサリーをつけるタイプでもないし、
中年男性のアクセサリー使いは、
ときに痛々しいだけだったりするので
日頃は自戒しているのだが、
夏の休日くらいはいいかということで
最近たまに身につけているのだった。
そういえば、
アクセサリーづくりに熱中していた頃、
溜まった作品を売るために、
フリーマーケットに参加したことがあった。
そんなに売れたわけでもなかったけれど
おもしろい経験だったな。
おもにアクセサリーを売ったのであるが、
いちばんうれたのは、
これまたツレがつくった鍋つかみである。
おばさんが
「ちょっとした贈り物にいいわ」と
まとめて5・6個買っていってくれたのだった。

2009/08/31

文庫本のカバー。

7s_289

文庫本をどういった状態で読むかというのは
わりと悩ましい問題だ。
文庫本自体、手軽に読めることが身上であろうし、
そういうものに、特別にカバーをかけるということは、
なにか過剰な感じがするのである。
昔テレビやピアノに、
レースのカバーをかけていたのと同じ匂いというか。
文庫本は、本来もっと、
ラフにカジュアルに接していいものだと思うのである。
だから、本屋でかけるカバーのままか、
いっそのこと全てはずした状態で読むのが潔い、ように思っていた。
とはいっても、
本屋の紙カバーも、はずれたり帯がずれたりの
扱いにくさがわりとストレスになったり、
本体だけにして読むのも、題名がまるわかりになって
すこし気になるし、はずしたカバー類の置き場所が
けっこうやっかいだったりするのである。
そもそも本屋の紙カバーでも、本体だけにするんでも
持ち歩くモノとして、デザインがいまひとつだったりすると
それも嫌かな、という感じ。
そんなことをいつも漠然とした悩みとして生きていたわけであるが
いつからか、電車のなかなどで、
皮や布製のカバーをかけて文庫本を読むひとが
目につきはじめたのである。
レースのピアノカバーなどと揶揄していたわけであるが、
ずっと観察していると、なんだか文庫本が扱いやすそうなのである。
スマートに本を読んでいる印象なのだ。
そんなわけで、
試しにブックカバーなるものを初めて買ってみた次第である。
某オシャレ系文房具店オリジナルで
厚手のシワ感のあるキャンパス地に
黒いワックスコードのしおり付き。
これがねー、具合がいいのである。
適度にハリのあるキャンバス地のものなので
表紙、裏表紙に堅さがでて開いた時の安定がいいし、
コードヒモのしおりがついているので
途中ですぐ挟んで閉じることができ
開くのも簡単である。
意外にも、いらいらしないで
本を読むことに集中できるのである。
食わず嫌いで申し訳なかった、と
彼らにはあやまっておきたく思う。

2009/08/27

キーホルダー、その2。

7s_288

フニクリフニクラ、フニクリフニクラ。
フニクリフニクラは
テクマクマヤコンに似ているな。
そんなことはどうでもいいか。
なぜフニクリかといえば、
ナポリのキーホルダーなので。
こういう観光地のお土産グッズは好きだ。
安っぽいのもいいもんだが、
土産物なのに、しっかりしたつくりなのも
時にはいいもんである。
このキーホルダーがそのタイプで、
ナポリのお土産なのに、しっかりしたつくりである。
「なのに」って、それはナポリに失礼か。
地名のはいっているところなんか
典型的な土産物パターンなんだけれど、
やけに洗練されているのである。
エメラルドグリーンの発色がきれいで
ゴールドのエンボス文字との組み合わせも
イタリア貴族の紋章につながるテイスト感である。
って、イタリア貴族の紋章なんて
よく知らないのだが。
でもなあ、このエメラルドの色が
南イタリアの空と海を連想させるのは確かで、
まだいったことのない地への憧憬を
かりたてるのである。
イタリアはローマとフィレンツェしか行ったことがないけれど、
ナポリ、行きたいもんである。
フニクリフニクラを歌いながらベスビオ火山に登り
ポンペイの遺跡を見学。
もちろん青の洞窟もはずせないわけだ。
アマルフィへも足を延ばしたいところだが
映画のせいでミーハーみたいでちょっと、という感じか。
でも現地でサラ・ブライトン聴いたら
ちょっと感動するかもな。

2009/08/25

アディダス スタンスミスのベルクロタイプ。

7s_287

カジュアルな服装でも
大目に見てもらえる職種なので、
仕事にいくときも、
よっぽどのことが無いかぎりスニーカーなのである。
ただし、ひたすらカジュアルなわけではなく
ラフななかにもある程度の
「きちっと感」のあるスタイルが好みなので、
ジャケットとセットアップのパンツで
足もとにスニーカーを合わせることが多い。
ドレスダウンなわけである。
だから、あまりくたびれたスニーカーでは
「きちっと感」も薄まるので、
まめに洗ったりと、結構細部には気を配っているのだ。
大人のカジュアルだからして。
でも、そんなこだわりがまわりに理解されているかと言えば
たぶんそんなことはないのも十分承知している。
いいのである。自己の充足が大事なのである。
そんなスニーカーであるが
ローテクなものが好きなので
よく履くのはコンバースと、
スタンスミスのベロクロタイプである。
これはヒモがなくてすごくラクチン。
キャンバス地のコンバースでは、
ややカジュアル過ぎかと思うとき、
皮製のスタンスミスをあわせると
素材感からか、ややフォーマルな印象になるので、
じつは使いわけていたりもするのだが
ま、それも本人にしか分からないこだわりである。
このスタンスミス、かなり長いあいだ履いて
かなりくたびれているので、
最近では仕事に履いていくことは無かったのだけれど、
ついにソール部分がさけてきて、寿命を迎えつつある。
海外旅行にも履いていったり、けっこう活躍したなあ。
4年間くらい履いているんではなかろうか。
まあ、モノとしての天寿を全うしたと言えるだろう。
実は新しいスタンスミスも購入済なのだが、
今のものが完全に履けなくなるまで
なんか下ろす気になれなかったりするのである。
愛着ってやつなんだろうな。

2009/08/19

ギンガムチェックのシャツ。

7s_284

チェック柄好きとしては、
基本のチェックとは
ギンガムチェックではないかと思っている。
思っているのだがその理由は何かといえばよくわからない。
なんとなく?んーなんとなくってこともないだろう。
なんか理由はあるんだろうな、と考えていたら思い出した。
通っていた幼稚園の、
夏の制服がたしかギンガムチェックだったはず。
幼稚園なので制服といっても、
スモックというかぶり物みたいな上着と
つばつきの帽子なのであるが、
それがたしか、
やや赤みの強いブルーのギンガムチェックだった。
気がついてしまえば
なんだか非常に単純な話である。
基本もなにも、たんなる刷り込みだったということか。
それでもギンガムチェックはやっぱり好きだなあ。
そもそも、誰が着ていても、
それなりにさわやかに見えるギンガムチェックは
洋服柄として優秀ということではないか。
ま、さわやかというか
子供っぽい、という見方もあるわけだが。
それに、メルヘン方向にまとまる危険性が
無きにしもあらず。
おおげさか。おおげさだな。
でもたとえばこのZUCCAのギンガムのシャツだが
生地がコットンではなく、
テロテロした生地なのである。
そして背中には、ボーリングシャツによくあるような
ロゴマークのような柄がスミ1色でプリントしてある。
さわやかさを打ち消すようなバッドテイストの味付けが、
ひと味違う大人のギンガムシャツなのである。
なんて。
いつ買ったか忘れたが、
なんだか4・5年は着ているなあ。
あんがい物持ちがいい自分。

2009/08/13

箱好き。ビール好き。その3

7s_281

箱好きのほうだが、
箱のなかにビール缶がなくなってうれしそうである。
ビールがないと、ほらねこんなにフィット!とばかりに
せまっくるしい箱にからだを沿わせて入っている。
フチのところに、アゴをのせると
これがまた安定がいいようで、うっとりした顔で
はまっているネコであった。
で、箱にはいると鳴くんだよなあ。
あれは「見て見てっ」てことなのかしらん。

2009/08/12

箱好き。ビール好き。その2

7s_282

ビール好きなほうの話。
お中元でいただいたおいしいビールがたくさんあって
ちょっとうれしい今日この頃。
休日のお昼には、
ランチビール、なんて、あえてカタカナで言って
ビールをいただくのである。
ああ、幸せ。
わざわざランチビールって呼ぶのは
昼間っから飲む後ろめたさが薄まるような気がするから。
…そんなことも気にする小心者。
たくさんあって…なんて言ってたら
冷蔵庫を見るとあと4本しかない。
寂しい…。

2009/08/11

ネコの置物。

7s_280

先日ニュースを見ていたら、
オーストラリア政府がエアーズロックへの登山を
禁止する方向で検討しはじめ、
早ければ2011年10月には全面禁止になるということを伝えていた。
もう10何年前の話だが、
会社の旅行でオーストラリアに行ったことがある。
途中二日ほど自由行動の日があり、
10人ほどのグループでシドニーからエアーズロックまで
足を延ばすことにした。
当然エアーズロック観光が目的だったのだが、
当時ガイドブックにはそれほど詳しい情報もなく、
登山などとおおげさなものとは思わず、
観光客ならだれでも登るような程度のものだと思っていた。
がしかし。
実際エアーズロックを目の前にすると、
その巨大さと
斜面の急さ加減に足がすくむ感じなのだった。
のぼり始めたらやっぱりかなりハードで、
へたれが多かったそのグループは
行程の半分も行かないうちに
半数以上がギブアップしそうだった。
なので、とりあえず健脚な3名が先にいくことにし、
残りは、休憩後無理そうだったら、そのまま登山口に戻ることにした。
自分は日頃運動はしているほうだったので
いちおう健脚組として登り続けたのであった。
頂上までは1時間半はかかったような気がするが
頂上から見渡す風景は、その大変さを補ってあまりあるものだった。
3名で感激に浸りつつ頂上付近を散策してどれくらいたったか、
ふと登山道のほうを見ると、
日本人グループが手をふりながら
やってくるではないか。
へたれはへたれなりにガッツをだして
頑張って全員でのぼってきたのである。
なんだかそれは無性にうれしい瞬間でもあったな。
エアーズロックは本来アボリジニ族の聖地だそうだから
登山禁止はやむを得ないと思いつつ、
自分は行く事ができて幸運だったなとも思うのであった。

で、ネコの置物は…という話であるが、
エアーズロックとはあまり関係がない。
シドニーのどっかのお土産屋で買ったものである。
でもそのオーストラリア旅行=エアーズロック観光のようなものなので
旅全体の思い出の品でもあるのであった。
かたっぽ落として耳がかけている、
石でできているネコである。

2009/08/09

FRISK BLACK MINT。

7s_279

アメを最後までなめられないタイプである。
すぐがりがり噛み砕いてしまうので、
つぎつぎと口に放りこんでしまう。
あれってなんかコツでもあるんだろうか。
ながながと舐め続けられる秘訣のようなものが。
なんだか、自分は、
口のなかでころがすというのが苦手のようで
こどものときも、
のどが痛いときにトローチなどを舐めるわけだが
つい噛み砕いてしまうのであまり効果がなかった。
だいたいあれだ、モノを食べる時には
ゆっくりよく噛んで食べなさいと言われるが、
そもそも、それも苦手なのである。
なんだかよく噛むと、口のなかで、
その食べ物とかけ離れたものになっていき
おいしくないように思うのだが。
やはり、原型を感じられるくらいにあっさりと噛んで
あとはのみ込んでしまうのが
いちばん美味しいと思うがな。
思うがなって、
子供じゃないんだからという話ではあるけれど。
最近、無駄な間食をしないように、
ミントなどをよく舐めるのである。
もちろんシュガーレス。
で、ミントもアメといっしょで、
口のなかで転がしつつ舐め続けるということができない。
ついばりばりと噛み砕いてしまうので、
一箱なんてすぐなくなってしまう。
いくらシュガーレスでも、一箱食べてたらねえ。
黒い箱のフリスクは
ミントも強くて好きである。
黒いパッケージも、
男前でいいなと思うのであった。

2009/08/05

箱好き。ビール好き。

7s_278

箱好きなネコ。
ビール好きな飼い主。
りょうほうに嬉しい、お中元である。
普段は中高年にうれしいカロリーオフタイプの
発泡酒を飲むようにしているのだけれど、
お中元バブルでビールの潤沢な我が家である。
うれしい。でもカロリーが気になる。
やれやれ。
箱にはビール缶が4本残っているくらいが
ネコにはちょうどいいようである。
ネコはもともと砂漠地帯に住んでいたので
暑さには強いというが本当だろうか。
ウチのネコの場合、
たしかに暑さには強いように見えるが
最近はさすがに膝の上にはのぼらない。
まあ、暑いので乗られればそれはそれで
ありがた迷惑。
でも少し寂しい。
…なんだか知らぬ間に
8月になっていたという感じだが、
暑さの本番はこれからだなあ。

2009/08/03

夏のパスタ日記。

7s_277

昨日、知人宅で食事会があった。
その際にパスタジェノベーゼが出たのである。
ベランダでバジルを育てていて
「つみ立てで作りました」、ということである。
パスタ好きを自認しているので、
ふふ、お手並み拝見するぜ、と上から目線で
いただいたわけであるが、
それはとっても美味かったのである。
味だけじゃなくて、
色も鮮やかなグリーンが残っていて
目にもおいしいパスタである。
で、今日の夕食。
昨日の食事会でのパスタの味が忘れられなく、
(数ある料理のなかの一品なので量も少々だったのでね)
しかも、
ウチで育てているバジルも、
そろそろ花芽が出るくらい育っているので
ジェノベーゼソースをつくることにした。
昨日の味を思い出しながら、
あまりくどくならないよう
塩やニンニクの量に注意して、
麺にうまくからむよう、すり鉢ですったり、
いつもより丁寧につくってみた。
で、結果としては
味はまあ合格点だとおもうのだが、
色はグリーンというより茶色である。
なんでだろ?
というかグリーンの色をきれいに残すには
なにか手順があるんだろうか。
うちにはバーミックスしかないのだが
それを使ってもあまり細かくできないので、
今回は包丁でみじん切りにしたうえで
すり鉢を使ったのだが、そのせいか。
その過程でどんどん茶色になってしまうのである。
うーん、悩ましい。
ジューサーとかミキサーとか、
そんな文明の利器を使わないと
キレイなジェベーゼはつくれないんすかねぇ。

2009/07/31

スノードームの本。

7s_276

今年の夏休みも海外旅行には
いけそうもないなあ。
ま、理由はいろいろあるのだが
この景況感のなか「先立つものが」という感じである。
ちぇ。
子供のようにすねてみた。
そういえば、もし海外旅行へいけたとして
そのさいにはネコの世話は、
やはりペットシッターに頼むことになるのだろう。
いままで二日ほどウチをあけたことはあるのだが
帰宅してしばらくは
ネコの態度がよそよそしかったような気がする。
そんなんだから、海外旅行で一週間なんてウチをあけたら
完全に飼い主のことなんて忘れそうな気がする。
ベッドのしたにかくれてでてこないんだろう。
ちなみに、超人見知りなうちのネコは、
ペットシッターの前にも姿をあらわさないので、
まぼろしのネコちゃんと言われている。
さて、ネコのことはさておき、
海外旅行にいけないということは、
スノードームも買えないということである。
やはりスノードームコレクターとしては、
自分で海外へ行って、寂れた街の土産物屋の片隅で
ほこりをかぶっているスノードームなんかを発見したいではないか。
それがコレクターとしてのあるべき姿ではないか。
などど声高に主張しても詮無いので、
スノードームの本でも見て我慢しよう。
この本、古本屋でかったのだが
定価より高い値段で売られていた。
そういうこともあるのね。
けっこうマニアックな本?

2009/07/27

夏野菜その2。

7s_274

こうゆうのもシンクロニシティ?
夏野菜が好きだ、と
ブログに書いた翌日になんと夏野菜が届いた。
クール宅急便で、amazonの段ボールにつめられて届いたので、
最近のamazonは野菜の宅配まではじめたのかと思った。
ま、そんなことがあるはずはなく。
送ってくれたのは同じ東京都内に住む知人である。
その知人は区民農園みたいなところを借りて
いろいろな野菜を栽培しているのである。
たぶん海外から種を取り寄せたりしていると思うのだが
育てているのは、
あまりスーパーなどではみることのない、
めずらしく、しかも見た目の美しい野菜なのである。
トマトなんて何種類はいっているのだろう?
なかでもグリーン地に赤い縞模様がはいるトマトなど
とてもきれいである。
ほかにも紫色のピーマンやしろっぽいナスなどもあり、
食べるのがちょっともったいなくもある。
その知人は庭仕事やキッチンガーデンの本も出しているので
野菜づくりに関しては、まあプロとも言えるのだろうが
もともと趣味ではじめたことで、
好きこそものの上手なれ、ということかも。
尊敬。
届いた野菜は、写真を撮ったあと、
プチトマト各種をつまみ食い。
夕食には、はいっていたゴーヤで
ツレがチャンプルーをつくった。
うーん夏の味。

2009/07/23

夏野菜。

7s_273

グリルした野菜が好きである。
グリルパンで焦げ目をつけた野菜に
塩胡椒、オリーブオイルをかけて
アンチョビを細かくたたいてつくったディップをつけて
食べるわけだ。
食べようと思えば年中食べられるわけだが
やはり夏野菜中心に、
この季節に食べるのが一番うまいような気がする。
簡単な料理ではあるが、
野菜をグリルするのにけっこう時間がかかり、
ずっとコンロの前で様子を見つつ焼くので
汗まみれになるのである。それだけはちょっと嫌だがな。
さて、先日も焼野菜をつくろうと
材料の野菜を洗ってザルにあげておいたのであるが、
なんだか野菜がきれいなので、
記念に写真を一枚とっておいた。
祝梅雨明け夏の焼野菜記念である。
なんだな、こういう写真だと、
自宅の菜園で収穫しました的な感じだが、
しっかりそこらのスーパー産である。
でも、夕方のすこしアンバーがかった陽の光りのなかでみる野菜は、
子供の頃食べた、畑からてってきたばかりの
野性味のある野菜を
思い起こさせもするのだった。

2009/07/21

小花模様のトイレットペーパー。

7s_272

ある日のことであった。
夜、帰宅してリビングに入ると
ツレが買ってきたであろうトイレットペーパーが
そのままに置いてあったのである。
見るともなしに見ると、
なんだか小花の模様が入ったトイレットペーパーである。
思わず、どうしたのこれ?と聞くと
これしかなかったのでしょうがなかった、
我慢して使うこと、というツレからのお達しであった。
うーん花模様か、と思いつつ、
所詮トイレットペーパーだしなんでもいいか、と
トイレのペーパーホルダーにセットしたのである。
そしたらだな。
東欧やロシアとかの一般家庭のトイレのような、
ちょっとださ可愛い世界がそこに。
行った事があるわけではないがなイメージとして。
そんなわけで、
そこはかとない乙女感ただよう空間に変身した
我が家のトイレである。
乙女このうえない空間感が、
40男にそぐわないという根本的な問題は
残るわけだが、所詮トイレットペーパーであるので
使いきるまでの限定空間と思えば。
あと。香料付きなんである。
トイレにはいると、そこはかとなく漂う甘いかおり。
それが妙に上品な香りで、
決して不快ではかったりして。
微妙。

2009/07/17

招きネコ。

7s_271

昨日、夜の散歩にでたときのことである。
スーパーマーケットの前を通ると、
なにかの物音に驚いた小型犬が、つながれていたポールを倒し
リードをつけたまま、とととっと逃げていった。
あーあ、と思いながら通りすぎようとしたのだが
物陰にかくれてフルフルとふるえるちっちゃい奴を見ていると、
また驚いて車道にでも飛び出したらまずいなと思い、
そのまま通りすぎるのがためらわれた。
座敷犬、みたいな超小型犬があまり好きではなく、
そのぬれた黒々とした瞳が
決して愛くるしくは見えない自分ではあるが、
かといって、いたいけな小動物が
みすみす危険にさらされるのを無視できるほど
人でなしでもないのである。
それで、
幼児の扱いになれない大人のごとく、
おそるおそるそのちっちゃな奴に近づいて
ダイジョブでちよ〜、とか話かけながら
リードの端を押さえたのであった。
ここで少しシッポでも振ってくれたら
おおけっこうかわいい奴とか思うだろうに、
そのちっちゃいのは、ふるふる怖がるばかり。
そういうとこがいやなんだよっ。
ま、急ぐ訳でもないし、
リードの端を押さえながら、しばらくスーパーの入り口のほうを見て
飼い主がでてくるのを待っていたのである。
少しすると30代くらいの女性がでてきて、
すぐ、えっ?という感じでまわりをきょろきょろしはじめたので
彼女が飼い主であることはすぐ分かった。
15mくらい離れていて夜でもあったので、
大きく手を振って合図すると、
飼い主もすぐ事情を察したらしく、すみませーんと言いながら
小走りでやってきた。
そして無事引き渡せたわけだが、
そのちっちゃい奴は飼い主がきてくれた途端、
ちぎれんばかりにシッポを振って喜ぶのだった。
その健気さに、小型犬嫌いの自分も
ちょっとばかし感動した。
さて、唐突だが招きネコである。
真ん中と右のネコはツレ作。
とくに真ん中の奴がネコのそっけない感じがあって
いいと思うのである。
今日は犬にいいことしたしなー、
ウチのネコにもいいことあるといいなー
なんて招き猫を見て思うのであった。

2009/07/15

アーミーナイフ。

7s_270

たとえば
海外旅行先のマルシェで
美味そうな果物を買ったり、
続く外食に疲れてホテルの部屋で簡単にすませたくて
ワインやらハムやら缶詰やら買い込んだり。
そんなときにもアーミーナイフがあれば、
とりあえずコルクを抜いたり、
皮をむいたり、切ったりできるわけで
とても便利である。
なので、いつも海外旅行にいくときには
アーミーナイフは必ず持って…いったことはないなあ。
あると便利か、と、いつもいちおうは考えるのだが
なんでだかいつも忘れるのである。
20年ほどもまえに
当時の上司が海外旅行のお土産にくれたもので、
そんなわけで一度も使われないままのアーミーナイフである。
で、なんで使わないのか考えてみた。
結論としては、アウトドアグッズ的だから。
なんかあまり好きでないのである。
アウトドア全般がなんだか苦手で、
その周辺を迂回するようにいままで生きてきたのである。
オーバーだがな。
それらが好きな人たちに共通の、モノにたいするこだわりに
いまひとつ苦手意識があるのだ。
例えば海でキャンプをして、沈みゆく夕日をみながら
飲むコーヒー一杯のために、
パーコレターはこれ、マグはこれでなくては、
という強いこだわりがある、ようなイメージ?
一見ロマンティックでありながら
スペックとかバックストーリーのプライオリティが高いモノ好き、
というイメージ?
ま、偏見ですけど。
そんなこだわりが(あるとして)、
なんかこう重すぎる感じかしたりするのだった。
自分もモノ好きであることに変わりはないわけだが
そこらへん、微妙にね、
自分ではカジュアルなモノ好きのつもりでいるので。
あれ、じゃアーミーナイフは嫌い?
それでは「こんなものが嫌いなのだ」になってしまうな。
いやアーミーナイフは好きですよ。
存在感あるし、
海外旅行とかに持っていくと
いろいろ使えるし…。

2009/07/13

琺瑯の皿。

7s_269

女性は琺瑯好き?
器好きは男女問わずだろうが、
琺瑯に関しては女性のほうがより好むような気がする。
気がする、とは言っても、そのデータ的根拠は
「我が家調べ」でしかないんだけどさ。
我が家のホーロー関係品はすべて
ツレ購入によるものばかりなので。
ホーローのボール。
ホーローのバット。
ホーローの洗面器。
ホーローのケトル。
で、野田琺瑯だったりするわけだ。
自分としては、琺瑯の器は、別に嫌いではないが
あえて好きという理由もない、くらいの存在である。
ま、正直にいえば、
ホーロー製品はちょっと診察室を連想してしまい
食材なんかいれていると、実は
ちょっと微妙な違和感があったりする。
いまは慣れましたけどね。
さて、フチにぐるりと数字やら、アルファベットやらが並んでいる
ホーローの皿は、野田琺瑯ではない。
言わないでもわかるか。
以前に高円寺の雑貨屋で買った安物である。
どちらかといえばキッチュな感じが
中国雑貨的でもあり、安いからまいっか、と
買ったのである。
そんなぞんざいな買われ方をした皿であるが、
調理の最中に、切った材料を一時的に置いておいたり、
料理を盛る器としては登場しないけれど
裏方としてはけっこう使用頻度が高い。
使えるって感じ。
ぞんざいな買い方が申し訳ないくらいだ。

2009/07/09

ポラロイド風。

7s_268_2

二ヶ月前からiphoneユーザーである。
えっへん。
なにが「えっへん」なのかといえば、
iphone以前は会社支給の
しょぼくれたPHSしか使ったことがなかったので
ちょっと舞い上がっているわけである。
なんか、やっと人並になったって感じ?
さて、iphoneは電話機能のあるパソコンみたいなもので
パソコンのように、いろいろな機能のアプリケーションがあり
無料でダウンロードできるものもけっこうあるのだった。
そのなかで、撮った写真を
ポラロイド写真風に加工するアプリがあったので使ってみた。
ポラロイドの独特の色調とか、
ぼけ具合の味は捨てがたいものがあったけど
去年フィルムも生産中止になってしまった。
そういや自分もポラロイド1台持ってるんだったな。
全然使わなかったけど。
フィルムもけっこう高かったし。
…こんな奴がいるから生産中止になったわけか。
ごめんよポラロイド。
さて、加工する写真としては
以前に撮った、スヌーピーのフィギュアにしてみた。
joe coolにアストロノートである。
うーん、イカしてる気がする。
ポラロイド風。
ちょっと楽しいアプリである。

2009/07/07

大船日記。

7s_267

結構字面は理解していても
読みがあやふやな単語・名詞は多い。
比較的国語は得意科目として成長してきてはいるのだが
視覚的に認識はできても、
人前で自信をもって発言できないものもけっこうあるのだった。
固有名詞もそう。
その固有名詞での長年の疑問が、
笠智衆なのである。
そもそもが「笠 智衆」なのか「笠智 衆」なのかさえ
あやふやなのであった。
言訳ではないけれど、テレビや人の話などで
話がでれば読みもわかるだろうけれど、
その機会がないまま時がすぎれば
活字での「笠智衆」しか認識できないまま、
ということもあるのである。
うーん、やっぱり言訳、か。
この大船日記という本を買ってはじめて
「笠 智衆」であることが確認できた。
ちょっとすっきり。
そしてネットで調べて、
「りゅう ちしゅう」であることも判明。
かなりすっきり。
これで、自信を持って人前で笠智衆の話ができる。
したかったのか?自分は笠智衆の話を。
特別に映画ファンでもなく
小津安二郎が好きなわけでもない。
もしかしたらまともにその作品を観たことも
ないかもしれない。なので、
実際のところ、笠智衆といえば
寅さんの御前様の印象のほうが強い。
御前様は、映画のなかのアクセントみたいなもんで
役としての露出が多いわけでもないが、
それでも笠智衆には好感を持っていた。
だれでもそうだと思うのだけれど
あの朴訥とした味がなんとも言えず。
自分にはおじいさんがいない。
というか、自分の出生前に父方も母方も祖父は亡くなっていたので
「おじいちゃん」との接点が無かった。
だから笠智衆に自分のおじいちゃん像を
重ねていたところもあったのだと思う。
この本を読むと、笠智衆はそのイメージそのものの
人柄だったことが良くわかる。
そして笠智衆のような人生は
幸せな人生なのだなとも思った。
小津のことを「小津先生」と呼ぶことに
魚の骨がのどにひっかかったような違和感を覚えつつも。

2009/07/04

デニムのトート。

7s_266

男なのに袋物好きの自分である。
今回の袋物は、
ハンドメイド by うちのツレ。
ツレは凝り性で、ひとつのことに熱中すると、
ほんとそればっかりやってたりする。
この手提げをつくっていたときは、
布ものリメイクに熱中していたような。
その集中力に感心はするのだけれど
定説どおり「冷めやすい」ので、
プラスマイナス0である。
ま、その点は本人も自覚しているようではあるが。
さて、デニムのはぎれをつないでつくったこのトートバック、
なかなかかっこいいのでは、と思わなくもないのだが、
かっこいいのはこの面で、
反対側の面はいまひとつなのである。
それは、つないだはぎれの一片に問題があるのだった。
いや、問題ってほどのものでもないんだけど。
以前ツレが通販で購入したデニム素材のスカートを
素材としているのだけれど、
その装飾用の刺繍部分を使っているのである。
バラみたいな花の刺繍。
それがちょっとラブリーというか少女趣味っぽくて
全体の雰囲気にあっていないのであった。
ツレになんでその部分を使ったのか聞いたら
「アクセント…」
などと言っていたが、
そもそもが、その刺繍模様に気づかず購入し、
で、その刺繍がどうにも気に食わず、
お蔵入りさせたスカートだったのでは…。
気に食わないものをリターンさせてどうするの。
よくわからん。
だから今回の「好きなもの」は
デニムのトートバックただしこっちの面のみね、なのである。
やれやれ。

2009/07/02

ゴシックな夜。

7s_265

ゴシックな夜って、なんだ。
いや、なんだって言われてもね。
最近の趣味である、
夜のウォーキングっていうか散歩っていうか、
その際に歩道橋からとった夜景がさ、
なんだかバットマン的夜景だったもので、
ゴシックな夜と。
だからバットマンはゴシックなのか、
と言われれば実のところよくわからないのだが
雲に見え隠れする月はゴシックっぽいし、
その月明かりに浮かびあがる新宿パークタワーは、
なんだか荒れ果てた古城のように見えなくもないので。
わかりにくいですか。
すみませんね。
おまけに東京ローカルな話で。
でもなんだか、新宿、というか日本にも見えない
雰囲気ではあるかと思ったのでした。
この風景を見て、ちょっとぞくっときたわけで。
日常のなかの非日常的な瞬間だった、
その感動をあなたにもお伝えしたかったのです。
あなたって、あなた、ですよ。

2009/06/30

蕎麦猪口。

7s_264

夏は蕎麦だな。
ま、夏でなくても蕎麦は好きなのだが、
冬にはざる蕎麦よりも
暖かい蕎麦を食べたくなったりするもので。
とくにうちで食べる際には。
考えてみれば我が家の日曜日の昼ご飯は
95%蕎麦である。
しかも土曜の夕ご飯は98%パスタなわけで、
もしかして食生活に関して
我が家はかなり貧弱なのであろうか。
うーん考えるまでもなく貧弱なんだろうな。
いいのである。
パスタも蕎麦も大好物なわけで。
偉大なるルーティーンと言ってほしい。
ビバ麺類、である。
四国の人だって体の85%がうどんでできているらしいし。
ウソですが。
さて、蕎麦の場合どうやったてウチよりは
蕎麦屋でたべたほうがおいしいものが食べられるのだが
(店を選べば、ではあるが)
ウチで食べるときにもそれなりに美味しく食べたいわけで、
そこに自分なりの工夫があるわけである。
その一。
茹でる時間を、書いてある時間より30秒短くする。
これはパスタと一緒だな。蕎麦アルデンテ。
時間どおり茹でると絶対柔らかすぎると思うんだけど
どうなんだろ、好みの問題か。
その二。
蕎麦猪口にちょっとこだわる。
いや、見た目もちょっとは大事ってことなんだが、
よく使うものは、本来は湯のみ茶碗であるところの
シンプルな粉引の器である。
老舗の蕎麦屋ではなく、
蕎麦好きが高じて、脱サラして
住宅街のなかにぽつんと蕎麦屋つくりました、
味はもちろん、器にもこだわりをうんぬん、
といった蕎麦屋で使ってるようなイメージである。
どんなイメージだ。
ま、この器だと、たとえ乾麺であろうと
美味しそうに見えるような気がするので、
ということである。
名前は忘れたが、ぜいぶん前に
青学の脇の小さな器屋で買ったんだったなあ。

2009/06/27

坂道。

7s_263

歩くのは嫌いではない。
というか、むしろ好きである。
車を持たないので、
歩かないとどこにもいけないこともあるが、
最近は、歩く事そのものが目的だったりもする。
たんに歩くのでも、
歩いて楽しい道というのがやはりあり、
すれ違うひとや、追い越す自転車に
気を使うような道は、
のびのび歩けないし楽しくもないのだ。
だって景色とか見ながら
ぷらぷら歩くのが楽しいわけで。
それともうひとつ、
途中に坂がある道がいいのである。
長い時間歩いていると
のぼり坂はちょっと疲れたりもするけれど、
坂を上りきった先にひろがる景色に対する
あわい期待感のようなものが、
楽しいわけだ。
実際のところは、
そんなにドラマチックな景色が
ひろがるはずもないのだけれど
坂のうえすぐに青空がのぞいていたりすると
何となしに、その先のシーンには
映画的というか映像的な期待できそうな気がするのである。
最近、気に入りの古本屋がある代々木上原まで
歩くことが多い。
時間にして40分ほどの散歩なのだが
その途中にある坂が、
上りきった先に空がのぞく坂なのだ。
その先に何かあるような、
ちょっと胸のきゅんとする坂なのである。
でも、実際にそこに広がるのは
渋谷区大山町という高級住宅街だったりして
さして詩的な雰囲気でもないのだが
ま、ビバリーヒルズに紛れ込んだ観光客のような
気分は味わえるのである。
それもまた楽し。

2009/06/24

庭のホウキ。

7s_262

もう何年も前のことだが、
春に大雨が降ったことがあった。
まさにバケツをひっくりかえしたような大雨である。
たまたま、「まだ降ってるなー」なんて呑気に
窓の外のルーフバルコニーを見てびっくり。
バルコニー全体に池のように水が溜まっており、
サンダルやら、ジョウロやらが
ぷかぷか浮いているではないか。
慌てて外にで出てバルコニーのフェンスを乗り越え、
排水口に溜まったごみを取り除いて、
溜まった雨水を流したのであった。
排水口には、バルコニーの植木から落ちた葉っぱが
流れ込まないように、
細かいネットをつけていたのだが、
それが水の流れをせき止めていて
あまりの大雨に排水が追いつかず
構造上傾斜がついているバルコニーに
水が溜まっていたというわけだ。
ほんと、びっくりしたなあ。
鉢植とはいえ、けっこうな数を置いていたので
落ちた葉っぱや、流れでる土の掃除は
けっこうマメにしていたのだったが。
さて、その庭掃除だが
庭ボウキなどは、あまり見た目のいいものがなくて
ずっと室内用の小さめなシュロでつくったような
ホウキを使って、
ちまちまと掃き掃除をしていたのであるが
かがみ込む体勢など、けっこうつらかったりするのである。
さて。
先日付近の商店街を歩いていると
ふつうの庭ボウキのサイズで、
柄も木製のシュロのホウキが
ごく普通の雑貨屋においてある。
素材がナチュラルテイスト、
シルエットもどことなく洋風でオシャレ雑貨っぽいのだが
パッケージそのものはドメスティックな感じで
ガーデングッズという売りではないのである。
意外にもなんだかずっと前からあるような雰囲気。
で、これだったら、見えるところにおいてあってもいいやと、
購入したのである。
値段も約500円で、なんだかいい買物をした気分。

2009/06/22

無くなりそうなジャムのビン。

7s_261

ま、朝はトーストにジャムという軽い食事なわけである。
なにが「ま、」なんだか。根拠無き上から目線である。
最近はマーマレードとイチゴジャムの2種類が
食卓にのぼっていたのだが、
なんだか律儀に半分づつ食べすすめていたのか
ふたつ同時に無くなってしまった。
あーなくなったー、なんて
起き抜けのぼーっとした頭で思ったのだが
なんだか空いたビンの並んだ様がきれいなのさ。
透明なガラスビンに、うすく残ったイチゴジャムの赤と
マーマレードのオレンジ色が
朝のひかりにきらきら輝いてねぇ。
うっとりしてしまったのである。
なんて繊細な感受性なんでしょう。
まるでオリーブ少女?
中年男子ですがね。
ともかく。
きれいだったということで。
あ、でも、あれだなあ。
本人以外のみなさんは
他人の食べ残しみたいなの見たくない、なんて思うのか。
いや申し訳ないことで。
そういえばSimply Breakfastっていうタイトルの、
自分の毎日の朝食を撮り続けた写真集があるのだけれど
欲しいんだよなあ。
良さそうなんだよなあ。
2シリーズあって、2冊で一万円くらい。
買っちゃおーかなー。
って、なんでおねだりっぽいんだ?

2009/06/19

ブリキのバケツ。

7s_260

去年、マンションの大規模改修があって
うちのルーフバルコニー面も
防水加工が施されたのであるが、
その仕上がり感が嫌いだ。
もとの屋上面のうえにシートをはり、そのうえに
どろっとしたコーティング材のようなものを塗布し
乾燥させるのであるが、
なんだか妙な素材なのだった。
ゴムとプラスティックの中間のような
てかてかで、そしてへなへなな感じ。
以前は普通のコンクリート素材で、
ウッドデッキを敷き詰めていたこともあり
とくに気にもとめなかったのだが、
なんだかラステイックな味わいの
まったくでそうにない素材感なのである。
ブリキのバケツ、好きなのになあ。
なんだか単にふるぼけたバケツにしか見えない。
あ、古ぼけたバケツではあるのだが
古さが味に見えないではないか。
ウッドデッキを再度敷き詰めるのも手間だし、
普通のコンクリート仕上げなら良かったのに。
どうしたもんかなー。
ラスティックな味わいを好む
ルーフバルコニー・ガーデナーの
悩ましい日々はつづくのであった。

2009/06/16

ネコは空を見る。

7s_259_2

みょーん、という感じの
最大限のノビをして、このネコは何を見ているんだろうか。
窓の外は下のほうには住宅街の屋根屋根と、
上半分は空が広がっているのが
ロマンチストな自分としては
ネコには空なんか見てほしいと願うのだが、
おおかた向かいのマンションの屋上にとまったカラスに
興味を寄せているだけだったりする。
または網戸の虫とか。
ネコなんてそんなものだ。
そういえば、この夏でこのネコも3歳だ。
早いもんだなあ。
けっこう慎重な性格ゆえに
ネコ一匹飼うのでも、
いろいろ考えすぎたて、
なかなか決断できなかったりしたわけだが
いまや我が家にとってなくてはならない存在である。
たいした病気も怪我もせずにいるが
これからも丈夫で元気でいてくれたらと願うばかりである。
…あれ、
なんだかまじめっぽいトーンになってきたが
別にそんなつもりではなかったのだが。
ネコのことを書くときには
バカ親父にならないように
クールな表現をこころがけているので(いるんである)
そのせいか。
バカ親父とは、ネコに幼児語で話かけるような親父のことだ。
ま、いつもはバカ親父なのだが。
最近、ツクちゃんと呼ぶのがマイブームである。
ツクちゃん。かわいくないか。
ツクちゃんのツクは、つくねのツクである、というのが
我が家での定説である。
定説って、自分で言い始めたのに。
でもなんでそう呼び始めたかわからないので、
定説を考えてみた次第である。
なんだそれ。

2009/06/14

アクリルタワシ。

7s_258

こういうのアクリルタワシっていうんですよね。
洗剤をつけなくても食器の汚れが落ちる、すぐれものである。
ところで、こういうものは
市販されているものなのだろうか、
それとも、アクリル毛糸を買って
自作するようなものなんだろうか。
そこらへんがいまひとつ不明なのであるが、
我が家のこのアクリルタワシは、
清涼飲料水についていたおまけである。
それはCCレモン。
…CCレモンは、どちらかといえば
ヤング向けの商品のような気がするのだが
そのおまけに、何故にアクリルタワシ?
売場で目にしたときに一瞬自分の目を疑ってしまったが
それはまぎれもなくアクリルタワシなのだった。
日本茶系飲料ならまだわからなくもないがな。
メーカーは高校生に、
これでお家のお手伝いでもしなさいと
言いたいのであろうか。
それともエコがトレンドだから?
でもタワシって。
わけがわからん。
わけがわからんと言いつつ
レモン系飲料がこのところの我が家的流行なので
タワシ付きCCレモンを買ったのであった。
うちでそのアクリルタワシあらためて見ると、
「中国あたりのおばちゃんなんが手編みしてるんだろうか」とか
「配色がキッチュな感じでちょっといい」などど
それなりの感想がでてくるのであった。
えーと。実際使ってみると、
これはけっこう使える。
そういった意味では、
有意義なベタ付けプレミアムではある。
でも、やはり、なぜにCCレモン?

2009/06/10

発泡性ワインのトメ金。

7s_257

発泡性ワインなどと、
回りくどい言い方をしなくてもと思うのであるが、
シャンパンとか、
シャンパーニュとはやはり書けないのである。
だって、シャンパーニュとは
フランスのシャンパーニュ地方(地域?)で作られる
発泡性ワインにのみゆるされる呼称であるらしく、
そして当然のごとく高価格でもあるわけで。
なので、発泡性ワイン好きな我が家でのむのは
シャンパーニュ、ではなく
スパークリングワイン、
フランス産ならヴァン・ムスー、
イタリア産ならスプマンテ
スペイン産ならカバ、なのである。
泡がでてりゃなんでもいい、わけではないが
まあ手頃な価格帯のものを買っているということである。
あ、辛口であることはマストですがね。
いや、そんな我が家の経済事情はどうでもよく
書きたかったのは、
発泡性ワインのコルクのトメ金のことなのである。
なんだか捨てられないのだ。
なにに使えるわけでもないのだが、
この針金のねじねじとひねられた様だとか
そこはかとなく手作業感が感じられて、
捨てるに忍びないのである。
なもんで、こんなに溜まっているのである。
実際は機械化されていて
手作業でもなんでもないのかも知れないわけだが。
でもこうやって重ねてあると
なんとはなしにオブジェっぽくみえなくもない。
いや見えないか。
さっさと捨てなさいということである。

2009/06/08

使い捨てのひげ剃り。

7s_256

ぺらぺらで安っぽいプラスチック素材というものは
基本的にあまり好きではないのだけれど、
そのぺらぺらさ加減が、なんだか
逆に魅力的に見えるものもあるのである。
たとえば、ひげ剃りなんかは
使い捨てタイプのもののほうが
だんぜん好きである。
使ったことがないのでいい加減なイメージで、かつ
極端な比較ではあるが、
英国紳士が使うようなクラシックなひげ剃りセット、
石鹸を泡立てる茶せんのようなブラシもついたやつなんかは
道具としては格好いいものだと思うけれど、
自分で使いたいか、あるいは道具として
所持したいかといえば答えはNOなのだ。
たぶんそれは、ライフスタイルの方向性の違い、
重厚さをモノに求めない、あくまで
カジュアル感というものが好きだからなんだと思う。
使い捨ての気軽さというか、
いい加減さという佇まいをもったプラスチックが、
自分にはあっているとうことだ。
ちなみに、旅先のホテルの部屋に
このタイプのひげ剃りなどがあると
かならず持ってかえってきてしまうのであるが。
あーつくづく自分は重厚感とは
無縁な人間なのである。
この先、老人になっても
それは変わらないんだろうな。
ま、スーツの似合わない人生だということである。

2009/06/04

古本屋のスリップ。

7s_255

この頃古本屋で本を買う事が多い。
古本屋といっても昔ながらのスタイルの店ではなく、
古本のセレクトショップみたいな商品構成で、
インテリアもオシャレ度が高いいまどきの古本屋だ。
たいがい店主(であろう人)は、
30代前半くらいで、
いかにもサブカルとかアート好きのようなタイプ。
趣味が高じて、という感じなのかも。
こういったニュータイプの古書店は
やや流行りもの的な感じもなくはないけれど、
それでも、そういう本屋が増えるのはうれしい。
だって、自分の読みたいジャンルの本が
読んでくださいとばかりにいろいろ書棚に並んでいるわけでさ。
そんな古書店で買った本をぱらぱらめくっていると、
買ったときには気がつかなかったスリップがはさまっていた。
そのスリップ、よくみるとけっこうかわいいんだ。
昔の教科書に載っているような
少年少女のイラストが使われていて、
店名をタイトル的にいれたデザインが昭和的懐かしさ。
ま、レトロってことなんだけどもさ。
あんまりレトロって言葉が好きではないので
まわりくどい言い方をした次第。
この古本屋は、それほどいまどきっぽくはなかったけど
いい意味での普通な感じが、
西荻の街ののんびりした雰囲気とあって
いい本屋だったなあ。
そんなことをスリップをみて、
思い出していたのだった。

2009/06/02

ネコ、寝場所を選ばず。

7s_254

日曜日はオシャレ着洗いの日なのである。
ホームクリーニングっていうやつだ。
自分のオシャレ着は
自分で洗うことをポリシーにしている
けっこうえらい自分である、ほめて欲しい。
ホームクリーニングで
洗い上がったオシャレ着たちは
バスルームに干されるわけだが、
夜、風呂を使うときには
一時的にリビングに避けておかれるわけだ。
そして、
風呂からあがったらすぐ戻しておけばいいものを
もう乾いてるからいっか、と
そのままテーブルの上に置いておいたりする自分は、
マメなのか無精なのか自分でもよくわからん。
そして翌朝、ツレに小言を言われるのである。
『あんたがそのままにしておくから、
ネコがその上で寝てたし』
証拠写真まで残していただいて。
ネコの毛まみれ?
でもなあ、エマールで優しく洗いあげたから
きっとネコもふかふかで気持ち良かったんだろう。
おこりませんよ。
ええ、おこりませんとも。

2009/05/30

パエリア鍋。

7s_253

知人宅でパエリアをごちそうになった。
うまいなあ、パエリア。
米料理はやっぱりおいしい。
ビバご飯もの、である。
パエリアも好きだが、
パエリア鍋そのものも好きである。
浅くて、ゆったりと広がったカタチがね、
陽気で、おおらかな感じがして
なんだか幸せそうな印象である。
そういえば、
フライパンも似たようなカタチである。
しかしながら、
取手が一本だと、道具感が強くて
「裏方さん」的な印象のような気がする。
パリエア鍋のように、
両サイドに取手がついていると、
うつわ的なニュアンスが強くなるのだろうか。
テーブルにそのまま出してもOK、
むしろ「そのまま出してね」という感じ。
あけっぴろげないい奴、である。
実を言えば、
我が家にもパエリア用鍋というものが存在しているのである。
それは、いわゆるスペインのパエリア鍋ではなく
ル・クルーゼからでているものである。
ずっとパエリアがつくってみたいと思っていたのだが
専用鍋を買うのは用途が限定されて、
キッチンの場所塞ぎになるような気がして躊躇していたのだ。
そんなところに、
すきやき鍋としても使える、という
ル・クルーゼのパエリア鍋のうたい文句にひかれて、
これならいいかも知れないと思って購入したのである。
パエリア。2回ほどつくりましたよ、ツレが。
すき焼きは、その鍋を購入後、
肉類を食べない家庭になってしまったので
すき焼きそのものをすることがなく。
二兎を追うものなんとやら…。
ル・クルーゼにはなの罪もないことであるが、
うちの場合、
たぶん専用のパエリア鍋を買った方が
よかったんだろうと、しみじみ後悔する次第である。
なにもしみじみする必要はないんだが。

2009/05/27

トリスウイスキー/ポケット瓶。

7s_252

自分は、
妙に生真面目というか潔癖性的なところがある。
まあ、中年時代を生きるいまとなっては、
酸いも甘いも噛み分けた、というか
それなりの人生経験も積んでいるゆえ
だいぶ丸くなってはいるのだが。
20代の頃、とくに酒関連については
やけに狭量だったような気がする。
たとえば列車のなかでビールやらウイスキーやらを飲む事が
なんか許せなかったりするのだった。
パブリックな場所での
それも昼間だったりするときの飲酒というのが
どうにもたまらん感じ。
となりに座ったサラリーマンが
缶ビールでも飲み始めたりしようものなら
「うちで飲め」とか心のうちで毒づいたりしていたような。
たぶん、自分があまり酒が強くない、ということが
必要以上にそうさせていたような気もする。
いまは、強くはないけれど、
アルコールそのものは好きなんだけれども。
あ、いまでも静かにのむ酒のほうが好きではある。
そんな意味でも、いまだったら
新幹線のなかで出張帰りの会社員が、
缶ビールで疲れを癒していたり、
ひとり旅のような男性がポケットサイズのウィスキーを
ちびちびとやっているのは
共感を持って眺められる。
大人になったな自分。
そういうときのウィスキーは
やはり国産の普及品であってほしい。
で、トリス。
何気にパッケージもカッコ良かったり。

2009/05/25

ビーチサンダル。

7s_251

無印良品に買物にいったら
きれいなペールーブルーのビーチサンダルがおいてあったので
買ってきた。
いまやビーチサンダルといえば
オシャレアイテムであるが
自分が子供のころは、実用品そのものだった。
夏休みの朝、ラジオ体操にいくのに履いていったり
学校のプールへ泳ぎにいくときの足元が
ビーチサンダルなわけで、
なんだか着古したTシャツと半ズボンと
ビーチサンダルの組み合わせは、
思い出と重なると、
すこしだけ物悲しいような匂いさえある。
それは自分個人というよりは、
その時代の匂い、ということなんだろうけれど。
なんてね。
そんなのは中年の感傷というものだ。
さて、このビーチサンダルは、
ご近所用の履物、というよりは
我が家ではルーフバルコニー用のサンダルとして使うのである。
水やりをするのに、バルコニーに水道がなく
バルコニーとキッチンを頻繁に往復しなければいけないので
ぬぎ履きのしやすいビーチサンダルが便利なのである。
つい先日までGAPのビーチサンダルがあったのだが
強風の日に風に飛ばされでもしたのか、
気がついたら片足ぶんなくなっていたのだ。
またはカラスの奴か。
さて、そんな実用的話題はともかく。
この季節の夕暮れ時、短パンとビーチサンダルで、
ルーフバルコニーから、
沈む夕日を眺めながら飲むビールがうまいのなんの。
なんかちょっとだけリゾート的な。
やはり足もとはビーチサンダルが気分、というわけである。
あれ?
さっきの中年の感傷とは真逆な感じが。
ま、いいか。
昔のことは昔のことである。

2009/05/22

屏風、のようなもの。

7s_250

うちのツレは映画の「ダビンチ・コード」が好きなのだが
ラングドン教授役がトム・ハンクスなことが気に入らないのである。
トム・ハンクスの役者としての力量は置いておいて
彼がヒーローを演じることについては
自分もすこし違和感はあるがな。
いずれにせよ、大きなお世話的な話である。
さて、この映画のシリーズ第二弾である
「天使と悪魔」がもう少しで公開される。
ローマとバチカンが舞台なのだと思うが
自分たちが何年か前にイタリアに旅行したときには
とうぜんバチカンへも行ったわけで
実際にいったことのあるところが舞台だと
より面白いんだろうな。
映画、観に行こうかな。
さてバチカンといえばサン・ピエトロ大聖堂だが、
聖堂の真上に屋上のようなスペースがあって
有料だが上れるようになっている。
エレーベーターもあるのだ。
ま、ちょっと興ざめと言えなくもないのだが、
階段で上るのもねえ。
その屋上からは確かサン・ピエトロ広場が見下ろせて
なかなか気持ちのいい場所だった。
そして屋上の片隅にかわいい小屋のようなものが建っており
そこで様々なキリスト教関連商品が売られているのである。
素朴な木製のクロスとか、
ミーハーなキリスト教グッズ好きの琴線にふれるものもたくさんあって
楽しくお買い物をさせていただいたものだ。
観光客の相手をするのがシスターたちだからか、
にぎやかながらも、穏やかな空気が漂っていたことが印象的だった。
さて、この写真の衝立というか屏風のようなものだが、
そのサン・ピエトロの売店で買ったもの、ではなく、
たぶん東京で買ったものだと思う。
でもmade in Italyのシールが貼ってあるので
同じようなものはそこでも売っていただろうけど。
左右の扉をひらくと聖母マリアの絵がでてきて
扉の裏側にはそれぞれ天使の絵が貼ってある。
本体は木製で、手彩色してあるのだった。
素朴でさ、こういうのはやっぱり好きだなあ、
という話である。

2009/05/20

ぴちょんくん。

7s_249

ぴちょんくんてかわいいですね。
白状しますと、
ずっとぴちょんくんはカワイイと思っていました。
でも40男が積極的に口にだすことではないので、
ずっとココロに秘めた
ぴちょんくんファンだったのです。
そんなある日。
会社でいっしょに仕事を組んだ女子営業職の机に向かうと
そこにはさまざまなぴちょんくんグッズが。
話を聞くと、その彼女はぴちょんくんが好きで、
あちこちで「好き好き」と言っていたら、
みんながぴちょんくんグッズを持ってきてくれるように
なったんだそうです。
うらやましさが顔にでないように、
「へー、ぴちょんくんってけっこうかわいいよね。
オレもちょっと好きかも」
なんてクールに話をあわせたふうな口ぶりで
言ったのでした。
で、その、何時間かあと。
激務に疲れはてた自分は、
机につっぷして爆睡していたのでした。
なにしろ激務でしたので。
そして、目を覚ましてふと顔をあげたその瞬間、
自分のPCのモニターのうえ、
左上の端っこに、
直径2cmほどのぴちょんくんが
いるではないですか。
あ、かわいいい。
なんだか唐突な出現が妖精じみてもいます。
その女子営業職が、自分が爆睡しているあいだに
おいていってくれたのですね。
その時以来、
顔だけぴちょんくんに癒されつつ、
毎日の激務をこなしている自分なのでした。
おしまい。

2009/05/17

趣味のパスタ日記。

7s_248

毎週土曜日は趣味のパスタ料理の日である。
冗談半分でパスタ日記なんていってたが、
外食や休日出勤で遅い帰宅でない限り、
本当にパスタしか作らなくなった。
他の料理をつくりたくないというよりも
一週間に一度はパスタを食べないと物足りないわけである。
ふと思ったのだが、この先、天に召されるまで
毎週土曜日はパスタをたべるのだろうか自分よ。
好きだからべつに問題ないがな。
さて。
さして料理好きなわけでもないが
なんにつけカタチからはいるタイプであるので
ゲランドの塩を使っている。
フランス産のブランド塩。
塩辛いだけでなくうまみのある塩。
料理の基本となる調味料であり、
ま、塩がよければそれだけで料理上手になれるかも
と思って使いはじめたのだが、
最近ちょっとどうなんだろうと思うことがある。
パスタのソースでも、
こう、なんていうかパンチがほしいのだ。
塩分はまあ摂り過ぎはよくないんだろうけど
寝ぼけたような味よりも
塩がきっちりきいているほうがうまいような気がする。
それが、ゲランドの塩だと
量をいれないと塩味が前にでてこない。
で、入れ過ぎが怖くてなんだかひと味たりない状態で
仕上げてしまうことがあるのだ。
パスタは、言ってしまえば小細工のない
ストレートな料理なわけで、
そんな料理には、ゲランドのような繊細な塩よりも
普通の塩、のほうが、もしかしたらあうのではと。
ゆで汁につかう、普通の粗塩で十分、
というか粗塩のほうがパスタにはあうのかも、
と、思ったり。
どうなんだろう。
なんかそういうセオリーみたいなのあるんだろうか。
ま、自分でうまいと思ったほうを使えばいいだけの話だが。
ちなみに、今日のパスタは
生椎茸のパスタ。スーパーにうまそうな
ころころした椎茸がいっぱいでていたもので。
いまって椎茸の季節?
…な訳ないか。

2009/05/13

夜の散歩。

7s_247

最近、土日の夜はよく散歩にでかける。
面白いテレビもないし、
ソファでだらだらしてるとすぐ寝てしまうので、
散歩にでも行こうかと思ったのがきっかけだ。
ツレと一緒のときもあればひとりのときもある。
ひとりのときは、iPodで音楽を聴きながら
たらりたらりと歩くのだ。
ウォーキングというには
運動としての真剣味が薄く、
あくまで散歩。
夜景というフィルターがかかった街並は
それなりに美しく、
想像力をゆたかに働かせれば、
映画のワンシーンに入り込んだように
思えなくもなく、
それが夜、散歩するおもしろさでもある。
先日買ったiPhoneで、
写真もとってみた。
ブレてるけど。それなりに便利。

2009/05/10

カマンベールチーズの木箱。

7s_246

GW中はたいした行事もなく、静かに過ごしていた。
ではつまらない休みだったかといえば
そんなことはなく、
なかなか会う機会のなかった知人たちと
ひさしぶりに集まって、
飲んだり食べたりのホームパーティのようなことをして
とても楽しかった。
けっこうな期間会ってなかったのだけれど、
その長さを感じない楽しさだったな。
集まりは料理持ち寄りで、ということだったので
自分たちも、ちょっとした料理をつくって、
そしてワインとチーズを持っていったわけだ。
そのチーズ。
お土産であるからして、
味はもちろんのことルックスも大事である。
で、こんなカルバドスの風味の
リンゴのマークなどが焼印してある木箱いりの
カマンベールチーズを選んだのだった。
元オリーブ少女だったりしたら
うっとりするようなパッケージだと思うんだが。
エシレバターもそうだが、
こういう経木でつくった入れ物は
雑なくせにやけに味わい深いものだ。
味も期待できる感じだ。
ということで味も期待していた、のだった。
なのであるが、このカマンベールチーズ、
なんだか大根の匂いがするのだ。
味そのものは、普通にカマンベールなのだが
その匂いはどうかんがえても大根である。
カルバドスってこんな匂いだっけ。
と、自分に問いかけてみたがよくわからない。
うーん、大根臭のするチーズか…。
これはどう判断すべきなのだろう。
うまいもの?

2009/05/07

iPhone。

7s_245

我が家の固定電話は、
いまどきグレーのダイアル式のものである。
かれこれ20年前から使っているわけだ。
すでにアンティーク一歩手前。
でもなんの不便もない。
そもそも自分もツレも電話好きでなく、
必要最小限しか使わないのだ。
それに、ダイアルをじーこじーこと回すのも
なかなか趣きあるものなのである。
そんなわけで携帯電話もさほど必要を感じず、
会社から持たされているPHSで、
用は足りていたのである。
しかしそんな自分ではあるが、
もはやインフラとさえいえる携帯電話を
個人所有していないのもどうかと思い、
このたび新調したのである。
で、iPhoneなわけだ。
いろいろ悩んだのであるが
PHSの電話機能とメール機能しか使用せず、
ケータイ文化と接触のない自分が
普通の携帯電話を持つメリットが見つからなかったのと
仕事でもプライベートでもmacユーザーなので
まあ、iphoneのほうが自然だろうと思ったり。
新しもの好きではないので、
1年前だったら選ばなかったが。
こうやって写真にとってみると
アナログなダイアル式電話とiPhoneが並んでいるのは
なかなか味のあるものだ。
なんだか親和性もあるような気がする。
で、この連休はiPhoneのセッティングなどを
ちまちまと行っていたのである。
使ってみるとこのiPhone、けっこう楽しんだ。
予想外。
ケータイ文化にのりおくれた自分には
いい選択だったかもしれない。

2009/05/05

ニューイングランド・クラムチャウダー。

7s_244

ジョン・アービングの名前を知ったのは
映画版の『ホテル・ニューハンプシャー』を見てからだ。
日本の地方都市で、なんの屈託もなく育った自分には
その映画の内容はけっこう刺激的であった。
主人公一家におこるさまざまな出来事、
それは社会的にタブーであることだったり
不道徳だったりするわけだ。
その、一家に起ったことそのものだけをみれば
悲惨このうえないわけだけれど、
おとぎ話じみた、
どこか突き抜けた感じの明るさが漂う、
後味は決して悪くない映画だった。
むしろ、何かにつけ慎重すぎる自分に
生きて行くことに対する、
がむしゃらな元気を感じさせてくれたようにも思うのだ。
公開された当時は、
決して評価が高くはなかったようだが
自分にとっては好きな映画のひとつである。
そして、西海岸でなく、
ニューヨークでなく、南部でもない、
ニューイングランドという
アメリカの一地方のことを知るきっかけにもなったのも
この映画だった。
先日、ワインを買いに近所の食材店にいったのだが、
棚にひょいと置かれていたのが、
このニューイングランド・クラムチャウダーの缶詰である。
このパッケージをみた瞬間、
こころはニューイングランドに飛んだわけだ。
いや、行ったことはないんだけれども、
自分イメージのニューイングランド世界に、
ということで。
海辺に建つレストランの窓際のテーブルに座って
オーダーしたクラムチャウダーを楽しみに、
やや雲の多い空をぼーっと眺めている自分が
そこにはいたわけである。
ジョン・アービングの小説の主人公であるかのように。
まだ食べてないんだけれども
この缶詰はうまいに違いない。
というか、うまくあって欲しいと思うのであった。

2009/05/03

黄金週間。

7s_243_2

黄金週間である。
おうごんしゅうかん…。
あえて日本語で書いてみたのだが
なんだかすごい違和感があるな。
「明日から黄金週間だね!」なんて言われたら
ちょとひいてしまうかもしれない。
そもそもゴールデンウィークとは英語圏でも使う言葉なのか。
なんだか和製英語っぽいが。
ま、どうでもいいことだがちょっと気になったもので。
やすみはウチでのんびりするのがいちばん!と、
うちのゴールデンキャットがいうので
我が家はうちでのんびり過ごすことにしている。
ゴールデンウィークでなくとも
のんびりしているので、
ようするに『いつも通り』ということである。

2009/04/29

犬が星見た-ロシア旅行。

7s_242

この本を初めて読んだのは20年以上前だ。
初めて読んだときには
武田百合子についての知識があったわけではなく、
「なんとなく」おもしろそうだったから
手に取ってみたのだった。
いま思うと、それは
タイトルに惹かれたからかもしれない。
犬が星見た。
夕暮れ時の空に浮かぶ一番星を
小首をかしげた犬が見上げている、
のかどうかはわからないが、
なんて言うか旅の寂しさや楽しさや
旅というものに付随するさまざまな感情が
にじみ出るようなタイトルだ。
いままでに何度も読み返しているのだけれど
最近またふと目に留まって
再読したのだった。
いつ読んでも面白い本である。
旅そのものは何十年もまえの話だが
武田百合子の、旅の目の新鮮さは古びない、
そして旅の魅力だけでなく
一緒に旅行した人々との
さまざまなかかわりがとても興味深い。
とりわけ夫である作家の武田泰淳との、
残された一緒にいる時間の短さを予感するような
一見ぶっきらぼうだが、深い慈しみの情感が
こころにしみるのだった。

2009/04/26

日だまり評論家。

7s_241

東京は昨日の雨があがって、
気温はやや低めながら
空気が澄んでクリアな青空が広がっていた。
西向きのウチのリビングは
午後には日があふれるほど差し込む。
4月末でも暑いくらいだが
ウチの日だまり評論家は
そんなことは気にせず、日だまりを満喫している。
顔がとろけているぞ。
至福の時間、なんだろうきっと。
日だまり評論家は目もくれないが、
実のところ、バルコニーで満開になっている
モッコウバラと青空がきれいだなあ、と
日だまり評論家のお世話役のほうは
思ったりしてるわけだ。
そしてゴールデンウィーク中に
少しはバルコニーの整理をしなくては、とか、
ゴールデンウィーク中には
のほほんと寝転がっている日だまり評論家を、
病院に健康診断に連れていかなくては
などど、ぼんやり考えている
日曜の午後なのであった。




2009/04/24

リサイクル・ノート。

7s_240

別にリサイクルに関して
高い関心と問題意識をもっているわけではないのだが、
買い物をしたときの紙袋だけは
なんだか特別に、もったいない感があるのである。
なんでかな。
たぶん袋という機能が、買い物した商品の運搬という、
その役目を終えても消えることがないからだろう。
包装紙はすてても、紙袋はとりあえあずとっておくのは
そんなコトからなのかも知れない。
でもな、とっておいても使わずに場所塞ぎに
なっているだけだったりもするのが
悩ましいところだ。
そんな紙袋のなかで、クラフト紙タイプのものを
解体して背を糸で綴じてノートを作った。
いや、作ったのは自分ではなくツレなんだが、
ちょっとかわいいので、一冊もらった。
自分では、そんな面倒なことはしませんぜ。
袋の模様やロゴがランダムに散らばった感じや
縦横にはしる折り目などが、
ユーズドっぽい味のようでもあり
なかなかいい雰囲気である。
FREITAGのバックと同じテイスト感か。
何に使えるというわけでもないのだが、
ノートそのものの存在感が良し、ということで。

2009/04/22

ネコブラシ。

7s_239

ネコブラシなんて名前ではなく、
正確にはスリッカーブラシと言うらしい。
ペット用のブラシである。
ネコ専用でもない。
ま、我が家ではネコブラシが通称なのだがな。
さて、この抜け毛の時期、
ネコにはまめなブラッシングが必要なため
頻繁に使用するこのブラシである。
made in ENGLAND。
どこかこう本格的、な匂いがしないだろうか。
木製の柄と、アルミの頭部が
そこはかとなく機能性を主張しているっていうか。
イギリスの貴族、いや王室で飼われている犬やネコも
きっとこのブラシでグルーミングされているに違いない。
ホントか。知らない。
つまり、本格的な匂い、とは
舶来品感というか、御用達感というか
そんなイメージでもあるのだった。
このブラシでグルーミングしてやれば
うちのネコもどこかしら
高貴な雰囲気がただよってくるように思う。
いや漂ってはきませんがね。
ま、プラスティック製のブラシを使うより
こういう素材感のブラシでグルーミングしたほうが
なにか優雅な感じもするような、
ということである。


2009/04/20

SOYJOY。

7s_238

訳あって、ただいまダイエットに挑戦中。
ここは大事なところなので
匿名のブログといえども強調しておきたいのだが、
「ダイエットしている」と人に話したら、
「えー、ぜんぜん必要ないじゃないですかー」と
10人のうち8人は答えるな。
メタボとは無縁な体型と、あえて言いたい。
さて、そうはいうものの、
けっこう甘い物好きであったりするので
ダイエット中でもあまり罪悪感なく
食することのできるものはないかと探したわけだ。
そして薬局の健康食品コーナーなどうろついていて
目に留まったのがSOYJOYである。
じつは田中麗奈と豊川悦司のCMがなんだか嫌いでさ、
とくに「ある意味〜」というフレーズが癇に障って、
SOYJOY好感度0%だったのであるが、
売場でみるSOYJOYは、
いろんなフルーツが入って10種類ほどもあり
なんだかやけに美味そうなのである。
ハードタイプのフルーツケーキのようだ。
で、大豆製でヘルシーということなので
とりあえず好感度0%は置いておいて
何種類か買ってみたのだった。
…うまい。
大豆製なのでもっさりしているのかと思ったら
ぜんぜんそんなことはなく、
甘さ控えめの生地のなかに
しっとりした果肉がアクセントになって
すごく、イケルのである。
イケすぎて、ひとつじゃもの足りない感じが
ダイエット的にまずいのと、
腹持ちがいいのかと思っていたのだが
思いのほか軽い食感で、
腹にたまる感じがないので
これまたダイエット的にどうかと。
健康食品とはむずかしいものである。
あまりおいしくても、
食が進んでしまっては意味がない。
痛し痒し。

2009/04/15

大学ノート。

7s_237

春である。
学校であれば新学期だ。
新学期といえばやはり新しいノートで、
新しいノートを使うのはうれしいものだったな。
だって前の学期で成績が良くなくても、
いちどチャラにできるから。
いや、チャラには決してならないんだけど、
とりあえずいやな思い出は忘れて、
あたらしい自分としてスタートできる、ような気がしてさ。
それは社会人になっても同じで、
新しい期が始まる4月には、
メモ用のノートも新しいものを用意して
フレッシュな気分で仕事を始めたいわけである。
先日、ペリカーノジュニアという万年筆を買ったので
今年のノートはそれに合う、
万年筆で書きやすいものをと、思っていた。
ある日、cowbooksのサイトを見てみたら
グッズをいくつか売っていて、
そのなかに大学ノートがあったのだ。
そのノートは、ツバメノートというメーカーのもので、
背の帯部分にcowbooksのロゴが箔押ししてあるのだった。
その大学ノートは昔からあるもので、懐かし感じさえするのだが、
最近、モレスキンなど舶来系文房具に目がいきがちな自分には
やけに新鮮にも見えたのである。
万年筆との相性も良さそうだし、
今年のノートはこの大学ノートにしようと思ったのだった。
さて、cowbooksといえば松浦弥太郎の本屋であるが、
このノートを使えば、
彼の書くような文章が自分にもかけるかもな、
なんて。
ほんの冗談。

2009/04/13

膝乗りネコ。

7s_236

春である。
このイキナリ感はなんだ。
ついこの間まで、マフラーを手放せなかったはずだが
今日は半袖である。なんだか四季というよりも二季ではないか。
べつに不満があるわけではないのだがな。
ついていくのが大変だなって。
暖かくなってきて、うちのネコも
夜、ツレのベッドに潜り込むことはなくなったが、
膝乗りは相変わらずである。
休日なので、ゆっくり朝食をとっていると
さっそく膝にのってくるのであった。
いつもルートが決まっていて
テーブル下の反対側から寄ってきて
まず椅子の左側から顔をのぞかせる。
ニャンと一声ないて、
テーブルのふちにわざとゴンと頭をぶつけてから
膝上にとび乗るのであった。
なんでゴンと頭をぶつけるのかわからないが
好きなんである。
おバカにならないか少し心配なんだが。
いつも書いているとおり、
このネコの場合、食べ物に興味があるわけではなく
膝に乗りたいだけだ。
ちなみにこの日の朝食は
自分特製パストラミサンドだったのだが
やはり目もくれない。
ちぇ、すごく美味いのになあ。
少しくやしいぞ。
ちょっとは欲しがってみせてもいいだろうに。
まあ、純粋に膝に乗りたいということは
飼い主にとって悪い気はしないし、良しとするか。

2009/04/09

使いかけのディプティックのキャンドル。

7s_235

どんなモノでも、
使えば汚くもなるし、古くもなっていく。
それを繕いながら大事に使っていくことは
当然必要だけれども
古くなっていくこと自体をとめることはできないし、
新品同様であることに価値を求めることは
初めから無理があるのだ。
時間を経て、姿が変わるのなら
その変わり様や、
変わった姿を楽しめる、好きになれるモノがいい。
つまり経年変化を前提とすることが
やはり自分のもの選びの基準なのである。
買った瞬間がベストな状態で、
あとはその価値が下がっていくだけなんて寂しすぎるなあ、
ということである。
そんなことを、あらためて考えたのは
使いかけのディプティックのキャンドルを見ていたときだ。
買う時にとくに意識したわけではないのだけれど、
こういう形態のものは、
やはり新品の状態がいちばんバランス的にきれいで
部屋に置いておいても絵になるのかもなと
漠然と考えていたわけだ。
うすいクリーム色のキャンドルに、
シンプルな白ベースの商品名のマークが
とてもきれいに映えていることもあり。
けれども購入して9ヶ月あまり、
ちびちびと使ってきたキャンドルは
すでに四分の一ほどに減っているが、
その姿は、なにか独特な存在感さえあって
新品にはない佇まいの美しさがあるように思ったのである。
こういうものは経年変化とはいわないだろうけれど、
飾りとしてではなく、
リアルに、使っている状態そのものが、
美しいということの素晴らしさであるぞ。

2009/04/07

阿修羅展。

7s_234

父親からメールがきたのは
3月の上旬だったか。
国立博物館で阿修羅展があるのだが、
なんでもそこで展覧会グッズとして
阿修羅像の公式フィギュアが発売されるので、
それを購入し送れ、との指令であった。
ほう、フィギュア人気もついに仏教界までひろがったかと
しみじみフィギュアの社会的ポジショニングに
思いを馳せつつ、
ええ、ええ、父親の頼みなら、
フィギュアくらい買いにいきましょう、と
先週末上野に脚を運んだのである。
おりしも桜が満開をむかえた土曜日、
上野駅周辺の雑踏の程度を予想しなかったか自分よ、と
思わずツッコミをいれたくなるような人出のなか、
国立博物館にむかったわけである。
そして、行列するのがなにより嫌いな自分であるが
行儀よく入場を待つ列に並んだのであった。
なーに、ほんの40分ほどですがね。
なんだか、このフィギュア、すごい人気らしく
開催初日で現品が売り切れてしまい、
予約販売になっていた。
それも、お一人様1個までですって。
まるでスーパーの特売のよう。
申し込み用紙がわりの宅配便の伝票に実家の住所を記入し、
代金を払って予約完了。やれやれ。
肝心の実物の阿修羅像だが、ガラスなどのカバーを付けず
360度どの方向からも鑑賞できるように展示してあるのが
今回の展覧会のポイントらしい。が、
阿修羅はやはりスター。
群がる人々をかきわけて前列にでる根性もなく
遠巻きにその姿を眺めたのであった。
まえに興福寺で会ってるからいいのよ別に。
がつがつしなくてもっ。
それに阿修羅以外の八部衆像、十大弟子像といったものが
なかなか素晴らしく、見応えがあったもので。
なんていうか、仏像を、かっこいいという目線で
鑑賞できるラインナップなのである。
余談だが会場でレンタルしている音声案内、
ナレーションが黒木瞳らしいのだが、
みうらじゅん先生の解説のほうが良かった、っていうか
面白かったんじゃないかなー、
なんて少し思った。

2009/04/05

4月某日、趣味のパスタ日記。

7s_233

パスタ日記が登場するときは
「他に書く事がないんだろうな」と、
思われていることだろう。
その通りである。
景況感の回復が感じられない月日は
じわじわと我家の生活にも影をおとし、
サザエさんの弟カツオの頭の中で、
天使のカツオと悪魔のカツオが
戦っているように
「おいお前、無駄な買い物などしている場合か」
という自分と、
「そんなチマチマと節約したって意味ないじゃん」と、
思う自分がいて、
前者が勝っているのである。
けっこう堅実な自分である。
だから、ここで紹介できるモノがないのである。
本当だろうか。
さて、そんな我家の経済状況はさておき。
あるところから沢山もらったカニ缶を
おいしくいただいている我家であるが、
今日はそのカニ缶を使ってパスタをつくったわけである。
と言っても、いつものトマトソースに
カニを入れるだけなんだが。
それでも今日は、
クリームトマトソースソースということで
仕上げに豆乳をいれてしあげた。
生クリームのほうがいいのかも知れないが、
1パックを使い切れないのと、
ほれ、カロリー面を考慮して
豆乳にしたわけである。
生のカニを使ったほうが、
ダシも出ておいしいのだろうけど
缶詰でも十分である。
小さめだけれどひと缶ぜんぶ使ったので
それなりにゴージャスなパスタである。
おいしくいただいた。

2009/04/02

お香立て。

7s_232

ぱおー。
と、象が鳴いている。
あれ、鳴いている?叫ぶ?唸る?
吠える?雄叫びをあげる?
象のぱおーっていうのはなんといえばいいんだ。
あらためて考えるとよくわからないぞ。
吠える、がニュアンス的には
一番近いような気がするけれど
象が吠える、とは多分言わない、と思う…。
うーん、ようわからん。
ちなみにライオンのがおーっていうのはどうだ。
あれは、やっぱり吠えるか?
でもネコだったらギャーっと言っても
鳴く、だしなあ。猛獣だと吠えるになるのか?
それはネコに失礼ってもんだろ。
やっぱりよくわからん。
とにかく。
象が鳴いているのは、
お香立てなのだが、絵が稚拙で
犬にも見える。犬なのか?
いや、やっぱり象なんだろうな。
穴があいているので、
線香用なのかと思ったのだが、
穴が小さくて線香がさせない。
なのでちいさい円錐形タイプ用なのかも。
だいぶ前に買ったもので
どこで買ったかも記憶にない。
でもちいさくゴロっとしたカタチで、
そのわりに重傷感があるのと
やっぱり鳴く犬みたいな象がかわいい。
それにアルミ系の質感が好みなので
けっこうお気に入りである。
あまりお香は使わないので
もっぱらちょっとしたメモの
文鎮がわりにしているのであった。

2009/03/30

山の上ホテル物語。

7s_231

正直言ってこの歳になっても
ホテルにはいまひとつ慣れることができない。
とくにチェックインの後
部屋までボーイが荷物を運んでくれるようなところは
国内外を問わず、苦手だなあ。
サービス慣れしてないわけである。
肩がこるのである。
そのくせ、ホテルの
バックストーリーのようなものには興味があって、
この本もそんなことから手にとってみたのだった。
山の上ホテルといえば、
作家が缶詰になるホテルとして有名で、
そのホスピタリティゆえに
ちいさいけれど独特の存在感のあるホテルである。
それはやはり経営者の個性ゆえであったことが
この本を読むとよくわかる。
外観のレトロな雰囲気もあり、
古き良き日本のホテルという感じだ。
池波正太郎がよく利用していたようで
その理由のひとつは、家族に楽をさせるためなのだそうだ。
それは自分がホテルに缶詰になることで、
家族に気を使わせなくて済むということのようだ。
作家という職業もたいへんだな、と妙なところで感心した。
そういえば、いままでで
自分が滞在した一番豪華なホテル(部屋)は
バリのインペリアルホテルである。
コテージタイプの部屋をホテル指定で申し込んだにもかかわらず、
ダブルブッキングかなにかで、
現地についてからホテル変更を伝えられたのであった。
その変更先がインペリアルホテルだったのである。
この変更が、飛行機でいえばエコノミーから
ビジネスへのアップグレードのようなもので、
そのコテージに案内されてびっくり。
コテージではなく一軒家。しかもプライベートプール付き。
リビングルーム、ベッドルーム、バスルーム、キッチン。
自宅の2倍はあった…。
その広さは持て余すほどであった。
いや持て余したのである。
しみじみ自分のことを貧乏臭いと思った。

2009/03/27

孤高のペンギンin スノードーム。

7s_230

ペンギンというと、かわいいイメージが一般的だと思うが、
前方をきりっと見つめながら立っている姿は
なんかこう孤高な雰囲気さえ
ただよってはいまいか。
野生を生きる厳しさがにじみ出ているような。
または、生物はすべて個であり弧であることの諦観のような。
…なんて。うちのネコでも
じっと空を見つめているときなんかは
真面目くさった表情に
なにか深遠なものを感じてしまうが
その実ネコはなにも考えちゃいない。
ま、ペンギンに話を戻せば、
そんなシリアスな感じとスノードームの組み合わせが
ちょっと毒を感じてナイス、と思ったのであった。
普通の観光地仕様のお気楽スノードームとは
また別のおもしろさであるな。
このように我が家、というかわたくしのコレクションも
順調に育ってくれてはいるのだが、
やはりスーベニールとしてのスノードームを基本とすれば
自分で観光地に行ってセレクトしたいもんである。
その観光地は国内でもいいのだが、
円高でもあるし海外だったらいっそううれしい。
などとマイコレクションを眺めながら思った。
でもなあ、海外なら1週間ほど留守にするわけだが
人見知りするうちのネコは大丈夫か、
ウサギみたいに寂しさで死んじゃったりしないか、と
とても心配。ま、考え過ぎだが。
でも実際、旅行から帰ってきたら
飼い主の顔を忘れていることだけは確実な気がする。
アイツはそんな奴だ。

2009/03/25

にんじんのサラダ。

7s_229

にんじんのサラダをよく作っている。
なんだか以前より美味いなあと思うのである。
どうしてだろうと考えてみたのだが、
最近バルサミコ酢を新しいものにしたので
そのせいかも知れないと思い至った。
バルサミコ酢はあまり積極的に使うことはなかったのだが、
雑誌でアイスクリームに垂らしたり…というのを読んで、
そもそもどんな味なものかと、
いまさらながら直に舐めてみたら、
けっこう甘みもありうまいものだった。
そんなに高級品ではないが、なかなか上品な味である。
にんじんのサラダは
オリーブオイル、塩、胡椒、
バルサミコ酢であえるだけなのだが、
バルサミコ酢がうまいので、サラダもうまかったという次第。
千切りが面倒なのでにんじんは
ピーラーでひゅるひゅるけずったので
うまいのにとても簡単。
簡単なことは大事なり。

2009/03/23

ペリカーノ ジュニア。

7s_228

春だし。休みだし。
21_21Design Sightでやっている『うつわ』展を観に
六本木に行ったのだった。
雑誌でみてずっと気になっていたルーシー・リィーの作品、
実物を観る事ができると楽しみにしていったのだが、
なんだかなあ。会場構成が安藤忠雄ということで
確かに展示方法は素敵なのだけれど、
肝心の作品を間近にみることができないのである。
『うつわ』なんだからさ、もっと近くで
手にとれるような近さで観られることが
大事なように思うんだけど。ちょっと残念。
そんなわけで、すこしプンスカしながら
ついでに新国立美術館にも行ってみたわけだ。
ここのミュージアムショップである、
スーベニアフロムトーキョーは品揃えが面白そうで
前から気になっていたもので。
ま、ミュージアムショップというより
ハイセンスな雑貨屋という感じ。
楽しいと思う。
そこで見つけたのが、ペリカーノジュニアという万年筆である。
何年か前に無くしてから、万年筆からは遠ざかっていたのだが
最近また、欲しいなあと思っていたので、
すっと目に入ってきたのだった。
子供が正しく万年筆を握れるように、
グリップに指をそえるくぼみが付いているのが特徴。
とはいえ決してこどもっぽくはなく
大人が持っても違和感ないデザインである。
そしてなにより書き味がとてもいいのだった。
高級品は使ったことがないので比較しようがないのだが
試し書きするととてもなめらかで、
自分はこんなに字がうまかっただろうかと思った。
いや、うまくはない。
味、が字をうまく見せるのが万年筆の妙技であった。
そんなわけで、ペリカーノジュニアを購入。
でも1,500円。
帰宅してから、そこら中の文章を
このペリーカーノジュニアを使って紙に
書き写してみた。楽しかった。
ちょっと変か、自分。

2009/03/21

イチゴちゃん。

7s_227

イチゴの季節だ。
食後のデザートに
イチゴが用意されることも多い我が家であるが、
ツレ曰く、イチゴは洗うだけで、
皮を剥いたり切ったりしなくていから
楽チンで好き、とのことである。
無精者揃いの家庭である。
さて、以前にも書いた事があるのだが
我が家にはイチゴ好きのネコがいるのであった。
ま、いつものネコなんですがね。
どんだけ好きかというと、
飼い主がイチゴを食べていると、
すぐ側に寄ってくるので、
先っぽだけかじったイチゴを差し出すと、
すぐさまシャリシャリと舐めだすのである。
ちいさい粒なら、ほぼ1コ食べきる。
元来、食に対しては淡白なネコで、
飼い主の食事どき膝に乗ってきたりもするのだが
乗るだけで、食べているものには
いっさい興味を示さないのである。
たとえ食べているのが魚であっても。
そんなネコなのにイチゴだけは好きなようである。
なんでかな。
自分としては、イチゴのつぶつぶが、
ネコの舌のざりざり感と微妙にマッチして
心地いい食感なのではないかと
分析しているんだがね。
どうなんでしょ。
オスなんだけどさ。
そんなんで、たまに
イチゴちゃんと呼んでやります。

2009/03/19

スノードームコレクション。

7s_226

スノードームといえば名所旧跡モノが定番である。
それらはたいがいお土産屋で売られるものなので
全体的に雑なつくりのモノが多く、
描写している(?)シーンも、
再現性に難あり、のものが多い。
その難ありの部分が、
キッチュでおもしろかったりもするわけである。
さて、今回のものはナイアガラである。
手前にNIAGARA FALLSというプレートがあるので
きっとナイアガラのはず。
はず?
いやだってNIAGARA FALLSって書いてなければ
それとは気づかないかも知れなくてさ。
ドームの一番奥にある白とグリーンの壁のようなものは
みとりに覆われた断崖と流れおちる滝なわけである。
その下が滝壺で、よくみると船にも思える物が
ぷかぷかと浮いている。
そしてその船の上の3色のアークは、といえば
それが虹の表現であると気がついたのは
このスノードームに目をとめてから6秒後であった。
もう、芸が細かいんだか細かくないんだか
わからないようなできあがりである。
これ、NIAGARA FALLSというプレートがなければ
何なのかきっと分からないと思うなあ。
まあ、この雑さがね。いいわけで。
きっと手先の器用な日本人には
つくれないテイスト感であるだろう。
あ、でも実際につくった人は
いい出来だ、と思ったりしてるかも?

2009/03/17

zuccaのポケッタブルトート。

7s_225

小学生のときは、
小学館の学習雑誌が好きだった。
小学○年生というやつである。
毎月発売日には近所の本屋へ買いに走るのだが
学習雑誌といえども、
その代金は月々の小遣いのなかから出すのが
わが家の掟で、この『小学○年生』を買うと
あまり小遣いが残らなかった記憶がある。
それでも欲しかったわけで、
それはことのほか付録が楽しみだったからだ。
何があったかは、あまり具体的には覚えていないのだけれど、
定番モノとして、紙のパーツを切り取って組み立てる
工作グッズがあった。
東京タワーがあったのは記憶にあり、
説明書きを見ながら組み立てて、
完成したときは感動したものである。
が、しかし。
組み立てかたが乱暴で、出来たはいいがへなへなで
すぐに崩れてしまったりするのだった。
楽しみにしているわりには、
作り方が雑なせいなのである。
なんていうか、せっかちな性格が作業を急がせ
そのような結果を招くわけである。
『急がば回れ』なんてね、自分には無縁なことわざである。
なーんだ、むかしから同じ失敗してんだ、てヘっ。
なんて納得するのもどうかと思うが。
さて、そんな付録好きであるが故に、
最近の雑誌の付録にはつい心ひかれてしまうのである。
zuccaの、それもギンガムチェックの
トートバックとかいいじゃないか。
例え女性誌でもためらいなく買える中年男子。
ま、付録なので、テロテロ感は否めないわけであるが
そのチープな感じも魅力だったりする。
かわいいぜ。
どうも去年も同様の付録のときがあって、
その時はタータンチェックだったらしい。
うーむ、見逃した。タータン好きとしては不覚であった。

2009/03/14

惰眠、ソファでの。

7s_224

惰眠を貪るのは好きである。
ことのほかソファで、
だらしなく眠り込むのは最高である。
なんでだかベッドで本格的に寝るのとは
また別の気持ち良さがあるのは、
ベッドで眠るのが生物としての本能、または
義務としての睡眠であるならば、
ソファで惰眠を貪るのは
純粋な娯楽である、ということかもしれない。
なんて。本当か。
よく分からないが。
ソファに座っていると、ネコがすぐのってくるので
二人して、というか二匹して
惰眠を貪るわけである。
仲間がいると惰眠も盛り上がるというものだ。
そして、日一日と春めくということは、
日一日と惰眠のベストシーズンを
迎えつつあるということでもある。
ひたすらだらしなく、
ソファで眠りこける幸せを
かみしめて、
これからも生きていこうと思う。

2009/03/11

トマトソース。

P1070042

パスタのトマトソースは得意である。
料理全般に自信はないが、
ピンポイントでトマトソースだけなら自信があるぞ。
得意料理に肉ジャガをあげる人と同じレベルで自信がある。
謙遜してみた。
ま、水煮の缶詰を使うトマトソースなんて
誰でもそこそこの味になるのでは、という疑問がなくはないが。
自分のやりかたは、鍋でつぶしたニンニクを炒め、
適当なところでトマトの水煮をいれて、
あとはフタを閉めてぐつぐつ煮るだけである。
水っぽいのが嫌なので、けっこうしっかり煮詰める。
フライパンとかパスタパンではなくて
ルクルーゼの鍋を使うのがよろしい。
なぜって、弱火でフタしておけば
後は、ほっぽっておけるので。
仕上げは塩こしょうを適当に。
最後にオリーブオイルを加えてできあがりである。
麺をあえるのも深さがある鍋のほうが始末がよろしい。
シンプルなものほど難しいのは料理の常識である。
トマトソースをつくりつづけて20年、
経験値が差を生むトマトソースなんである。
さて今日のトマトソースは『3種のトマトソース』。
なにが3種かって、水煮以外に
ちょっと柔らかくなったトマトがあったので
それも入れたのと、乾燥トマトもいれたので3種。
まあ、生トマトをいれたことで
味に影響があるのかどうかは微妙なところだが
乾燥トマトを入れるのと入れないのとではコクがかなり違う。
好みにもよると思うのだが、
水煮のトマトだけのあっさり感とは違った、
濃厚なトマトソースになり、
なんていうかトマトしか使ってないのに
複雑な味わいで、
満足感ある一品に仕上がるのである。
お店の味っぽいというか、
プロっぽい仕上がり感?

2009/03/09

ぼくと1ルピーの神様。

P1070028

文章を書くにも短距離と長距離タイプがいて、
たぶん自分は短距離タイプなのである。
あ、文章がうまい、なんてことを
言ってるわけではないので
「なんだコイツ」とかは思わないでいただきたく。
このブログのような短い文章は、
まだなんとか書く事ができるのだが
たとえば原稿用紙5枚をこえる長さだと
どうやってそのマスを埋めていけばいいのか
途方にくれてしまう。
この長さで起承転結なんてどうすりゃいいのさ、と
思うのである。
そんなワタクシであるので、基本的に長文をかける人は
それだけで尊敬してしまうのであった。
『ぼくと1ルピーの神様』の著者は、
この作品がはじめてかいた小説なんだそうだ。すごいなあ。
時間ができたので小説でも書こうと思ってかいた、ですって。
まあ、そんな著者豆知識はどうでもいいのであるが。
この『ぼくと1ルピーの神様』は、
せんだってアカデミー賞の作品賞をとった
『スラムドッグ$ミリオネア』の原作である。
本屋でこの文庫本を見つけたときは迷った。
映画自体がおもしろそうだったので、
映画を見る前に原作を読んでしまうのもなあ、
と思ったわけだ。
でも腰の重い自分が映画館に足を運ぶかどうかは
五分五分であろうと思い直し、
手にとったわけである。
インドの話なので(という言い方は語弊があるけれど)
彼の国の抱えるいろいろな問題がモチーフになっており、
けして明るい、といえる内容ではないのだけれど、
小説の構成が、どこかファンタジー的な雰囲気があるのと、
ハッピーエンドなので読後感は明るく、
エンターテインメントな本である。
たぶん。
映画もおもしろいんだろうな。

2009/03/06

ブラックニッカ。

7s_219

「お酒は好きですか」ときかれたら
「嫌いではないけれど強くはないです」と、答えている。
バリエーションとして、
「強くはないけれど嫌いではないです」というのもある。
この微妙なニュアンスの違いは
本人にしかわからないだろうか。
後者のほうが『好き』のニュアンスが強いんである。
積極的に付き合いたい飲み会の場では後者、
適当に流したいときは前者を使用したり。
ま、そんなことはどうでもいいのだが、
実際のところ毎日ビール1缶という酒量は、
ほとんど飲まないに等しいのかも。
平日は遅めの帰宅で
夕食をとりながらビールを飲むわけだが、
1缶だと微妙に量が足りない感じなのだが
2缶では多すぎるので、
どうしたもんかと思っていたのだが
ある日食後の紅茶に(もちろんティーバック)
残っていたバーボンをいれて飲んだら
妙に美味かったのである。
それ以来、食後に紅茶にバーボンをいれて飲むのが
定番になってしまった。
飲みたりない感も解消され、
食後のお茶もかね、効率的である。
ま、効率的である必要はあんまりないのだけれども。
そんなことやっていたら、バーボンがすぐ無くなったので
コンビニで買ってきたのが、ブラックニッカ。
ジャックダニエルとか、すかしたブランドもあったのだが
容量の少なめのボトルは、いまプラスチックなんである。
うーん、プラスチックボトルはないだろう。
と思っていたところに、目に入ったのがブラックニッカ。
昔からあったなあ、ブラックニッカ。
無骨なガラスビンがいい感じである。
日本の、普通の家庭の、
普通のお父さんのためのウィスキーって感じがするな。
ま、思い込みですけども。
でもその普通感がなんかいいなと思ったわけである。
あ、でも普通の呑み助のおとうさんからは
そんな飲み方すんなって怒られるか。

2009/03/04

鎌倉スーベニイル手帖。

7s_220

興味はあるし、さして遠いわけでもないし、
行こうと思えばいつでも行ける、
でも行かない場所というのがある。
自分にとっては鎌倉がそうだ。
ま、腰が重いっていうだけの話だったりするのだが。
東京に住んで何十年、その重い腰をあげて
やっと鎌倉へ出かけてみたのは3年ほども前のことか。
ゴールデンウィーク中。
あさはかというか何も考えてないというか。
その時期に鎌倉を訪れることは
日曜に原宿の竹下通りへ出向くのとイコールである、
と気づいたのは鎌倉行きの電車にのってからである。
やれやれ。
それでも北鎌倉駅で降りて、
山の中の遊歩道のようなところを
あの大仏のあるお寺まで歩いたのは
天気もよくとても気持ちがよかった。
でも、そこから先はね。
人のなかを泳ぐようなもんで…。
古都の雰囲気にひたる余裕もなく、
お昼を食べることも諦め、
そそくさと東京に戻ってきた、という
うら寂しい思いでのある鎌倉である。
さて最近は、沼田元氣の本に凝っている自分であるが、
その中に鎌倉スーベニイル手帖というのもあって
鎌倉あたりのキッチュなお土産や、
沼田元氣的観光スポットが紹介されている。
いわゆる古都としての鎌倉ではなく
ちょっとレトロテイストの
街歩きを楽しむような場所として
鎌倉を紹介している。
できれば平日に休みをとって、
地元のひとのようにぶらぶら歩きをしたら
とても素敵そうな鎌倉なのであった。
そんなぶらぶら歩きができたなら
帰りに鳩サブレを買ってもいいかなあ。

2009/03/02

モフ太郎。

7s_218

ネコの抜け毛がふえるのは、もはや早春の風物詩。
花粉症のようなものであるな、
なんていったら
花粉症のひとに申し訳ないか。
いやいや花粉症は大変ですね。
わたくしは花粉症ではありません。
でもネコの抜け毛も大変である。
少しでも抜け毛が落ちるのを減らそうと
まめにブラッシングをするのだが
焼け石にみず、とはまさにこのこと、
なんだかそこらじゅうに
ふわふわと薄茶色っぽいものが。
はんぶん諦めて、
海のなかで海藻がゆれている、くらいに
思い込むようにしている今日この頃である。
そんな飼い主の苦労に我関せずのネコは、
まめなブラッシングのせいで、
なんだか毛がつやつやでなめらか〜なのである。
モフモフしているのである。
ネコの体に顔をうずめれば、
その引き締まってないたるたるの肉体と
モフモフの毛皮で、超リラックス。
ネコセラピーとでもいうか。
あんまりモフモフなので、
最近はモフ太郎と読んでいる。
本名で呼ぼうと、思いつきのあだ名で呼ぼうと
「にゃっ」っと短く鳴いて返事をする。
かわいいやつである。

2009/02/27

2月末。

7s_217

もうすぐ3月だ。
知らぬまに。
このところダッフルコートが重たく感じるのは、
気分だけが一足先に春になっているからなのだろうか。
そして、ダッフルコートが重く感じると
思い出すのが大学受験のときのことなわけだ。
東北の街で育った自分には、
そもそも受験で訪れた東京は暖かく、
春に向かうこの季節のせいもあり、
重いメルトン生地のコートを着ている自分は
ひどく場違いに思えてしかたなかった。
それは受験生という不安定な立場が
なおさらそうさせたのだと思うし、
実際には、まだまだみんな冬の格好をしていたのだけれど
希望というよりは、先の見えない不安感で
自己卑下していたのだろうなあ。
かわいそうな、あのころの自分。
当時は、まだまだ東京と地方の差が大きかった時代で
それはもお、自分が田舎者に思えたものだ。
電車にのれば、派手な色のアイシャドウで
サーファーメイクした女性がいて
地元ではみたことの無かったその雰囲気からは
「都会」という匂いがするように思えた。
泊めてもらっていた叔父の家が西武線沿線だったので
時間のあるときには西武デパートをうろついたりもして
たしかアールヴィヴァンだったか
芸術書を扱う本屋の存在にも軽くカルチャーショックを
受けたりもしたもんだ。
ほんとうに絵に描いたような
地方出身の受験生であった。
あれからもう30年近く。
いまの自分は、あの頃の自分が想像したような
毎日を送っているか。
あの頃の自分が想像したように
生きてきたのだろうか。
答えはYESでもあり、NOでもある。
でもそれでいいのだ
くちびるにバラを。
セ・ラ・ヴィなんて言っちゃいたい。

2009/02/25

京都スーベニイル手帖。

7s_216

和テイストというものが
実のところあまり好きではない。
和ではなく和テイストね。
つまり、まるっきり和であればいいのだが
「味付」になるとどうも嫌なのだ。
インテリアでも、純粋な和室や
和室に普通に暮らしているっていうのは問題ないのだけれど
和家具をアレンジしました、みたいなのはどうも。
そもそもが日本人なのに、
妙に和を客観的にとらえている感じがして
違和感があるのである。
だから、そういう「和」と
「和テイスト」が混在している京都も、
好きだけどちょっと嫌い、みたいな感じなのだ。
しかし、そんな「和テイスト」ではあるが
時間(=古さ)という味付けと
カワイイ、という基準でくくってしまえば
それはそれでアリとも思うのである。
カワイイは強いぞ。
なんだかうまく説明ができないけれど、
とにかく、そんな京都のカワイイあれこれを
本としてまとめたのが
この京都スーベニイル手帖なのである。
カワイイっていうか、乙女テイスト?
ああ、正直に言ってしまえば
乙女テイストみたいな部分が
確かに自分のなかにはあるなあ。
メカものより、紙ものが好きな自分であった。

2009/02/23

マッカイ・シャンパンマーマレード。

7s_215

マーマーレード党である我が家では、
エディアールのものを定番としているわけだが、
世の中には多くのマーマレードメーカーがあり、
優秀な製品を生み出しているに違いない、
という性善説にも似たポリーシーのもと、
探求の道を断つことはないのである。
なんて。
なんてか、おいしいものでも
続けるとあきたり感動が薄くなるからね、
いろいろためしたほうがいいと思うんである。
という訳で、エディアールのマーマレードを定番としつつも
機会があれば、たまには
他のものも買ってみたりするわけだ。
このマッカイ・シャンパンマーマレードは
その名のとおりシャンパンがはいっているということで、
いかにも美味そうではないか。
シャンパン好き(っていうかスパークリングワイン)としては
買うしかないだろう。
おいしい。けどちょっと甘みが強い。
もうすこし苦みが立っていたほうがより好みの味ではある。
それにあたりまえだが、
「あ、シャンパンの味がする」っていう
シャンパンフレーバーではないわけで。
でも価格と味のバランスはいいと思います。
ちなみに同じ製品で
ウィスキー・マーマレードというのもあって
そっちにもひかれるものがあった。
苦みもウィスキー・マーマレードのほうが強かったかもなあ。
次、買ってみようと思う次第であった。
マーマレード道、奥深し。
いっかい自分でつくってみるか。ほんとか。

2009/02/20

スノードームコレクション2009冬。

7s_214

男のロマン。
なんでって、冬の海、灯台ってったら男のロマン。
冬の海、だと思うんだよなあ。
ダッフルコートきてフードまで被っているんだから、
きっと北国の海だ。
たいがいスノードームというのは
観光地のお土産品として生産されるのだろうから
このスノードームもどこかの国の観光地の
お土産品だと思うんだけど、いったい何処なんだろう。
北国ではあっても極寒の地ではないと思う。
何故ならば、このおじさんは呑気に
パイプなんてくわえていて、
寒さにたいして余裕があるわけだ。
そりゃ寒いに違いないんだけど
北欧とかロシアとかではなく、
フランスの北のほうとか
イギリスの上よりとか、ではないだろうか。
なんていろいろ想像して楽しむのが
スノードームの楽しみかたでもある、
のではなく。
買った店で「どこのスノードームでしょうね」と
聞き忘れただけなんだが。
スノードームの専門店みたいなところで買ったのに
情けないことである。
コレクターとは言えませんな。
それにしても、この縦長のカタチはめずらしいし、
映画のワンシーンをきりとったかのようなモチーフは、
やっぱり、男のロマンをくすぐるではないか。
いや、いい買物をした。
600円だし。

2009/02/18

GANZOの財布。

7s_213

迷いすぎて買えないモノがあった。
財布と仕事鞄。
ふたつとも使っているものが
だいぶくたびれてきて
ずっと買い替えねばと思いつつも
いざ売場に立つと、どれ一つとして
自分の欲しいものではないように思えて
買えないのだった。
きっと、えいやっと買ってしまえば
それなりに使うんだろうけどな。
とくにこの二つは色が重要で、
普通に考えれば、黒っぽい服装が多いんだから
黒いのを買えばいいだけなんだが、
たまに茶系の服のときもあり、
その時は黒はちょっときついなあ、と考えたり、
そもそもまとまりだけを考えて
黒いものばっかになると、それはそれでうっとおしい、
とも考えるわけだ。
それじゃ、いっそのこと
鞄や財布も二色揃えておけば、って
そんな面倒臭いことはいやなわけで。
他のひともこんなに迷うものなんですかね。

そんなある日。
というか、先日初メガネを
ふたつ一気につくったときなんだが、
眼鏡ができるまでのあいだ、
伊勢丹の財布売場をうろうろしていたら
わりと好みにあう財布を発見したのだった。
色はかなり濃い茶系で、これだったら黒い服装でも
茶系の服装でもOKだし、
革の経年変化が味になるようなデザインなのもポイントが高い。
で、最終的な決めてになったのが
カード入れや札入部分の内貼の生地が
チェック柄だったこと。
財布を開いた時にちらっとのぞくチェック柄が
たまらないわけである。チェック好きとしては。
自分の基準では、
財布に払う金額としてはちょっと高めだったが
なにしろメガネふたつイッキ買いのあとで
買物に勢いがついていたもので。
あ、ブランドものではないので
そんなバカ高くはないです。
って、誰に言い訳しているんだ自分は。
ツレにか。

2009/02/15

Dr.ブロナーマジックソープ。

7s_212

うちではDr.ブロナーのリキッドタイプの
マジックソープを使っている。
もちろん使い心地がいいからなのであるが、
たぶんパッケージ買いでもあるのだ。
国産のトイレタリー製品のパッケージというのは
どうしても家庭向けというか
デザインの方向性が
あいまいな印象のものが多いような気がする。
万人向けということを意識しすぎて
なんかデザインの潔さみたいなものを感じないのである。
それか店頭で目立つことしか考えてないだろ、的なものとか。
その点、外国モノというのは
ある意味無神経というか、迷いがないというか
パッケージに多くを求めいないというか、
結果、個性的なモノが多いように思うんだが
どうなんだろう。
マジックソープのパッケージは
どちらかと言えば男性的。
地色に白抜き文字で全面埋め尽くされているのは
ジャックダニエルのラベルといっしょである。
アロマの種類によって地の色が変わり
ペパーミントやユーカリはやや男性的で
ローズや、ラベンダーは女性的であるかも。
いずれにせよ地色1色に文字白抜きという
潔さはかわらず実用品のパッケージとして
とても好きだと思うのであった。

2009/02/11

スヌーピーとウッドストック。

7s_211

最近クルマのCMに
ピーナッツのキャラクターが登場しているなあ。
スヌーピー好きとしては
ちょっとうれしいぞ。
スヌーピーフォエバー。
さて、スヌーピーといえばウッドストックである。
ピーナッツコミックのなかでは、
このふたりの、
(ではないな、でも二匹っていうのも…)
関係がいちばん好きである。
ともだちなんだけど
絶妙な距離感だと思うのだ。
ベタベタしていないっていうか、
仲はいいけど依存していないっていうか。
なんだか昔から友達という関係性の距離感が
つかめなかったんだよなあ。
性格的に、あけっぴろげというのが
どうも苦手で、
仲良くしたいんだけど、
あまり踏み込まれたくないようなところもあり。
そんな自分には彼らの関係が
とてもバランスのいいように見えたのだった。
ま、いまにして思えば、ということで
実際コミックスを読んでいたこどものころは
そこまで考えていたわけではないのだけれど。
でも、ピーナッツコミックの登場人物の関係性って
ニホンの漫画にはない独特な感じがあったな。
で、自分がどちらになりたいかと問われば、
ウッドストック。
ふわふわしててスヌーピーより
脳天気そうだから。

2009/02/08

黒ぶちめがね。

7s_210

人生、初めがね。
それも同時にふたつ。
中長距離用と短距離用。…とは言わないか。
手元を見る用とそれ以外を見る用である。
もうそろそろ眼鏡をかけるべきかと
考えてはいたのだが、
いざつくろうと思うとなんだか
面倒くささが先にたって、
先のばししていたのであった。
でも、仕事にも差し支える部分がでてきて
エイヤっと、つくりにいったら
ふたつもつくるはめになった。
まあ、眼鏡スタイルは嫌いではないので、
というか、少々あこがれもあったので
うれしくはあったのだが
いきなりふたつって。
フレームは黒ぶちと決めていて
あまり選択には迷わなかったのだが
ふたつつくることになって、
同じフレームじゃどうだろうと
お店のひとに相談したら
そりゃ間違えて不便です、と、即却下されたので
濃いグレーで少し透明なフレームを
ふたつめに選んだのだった。
ほら、人生初めがねなもんで
いろいろ分からないことが多いのよ。
黒ぶちめがねをかけた自分の姿は
まあ、まんざらでもなかったのだが、
会社では、
目つきの悪いのが目立たなくなっていい、とか
(カジュアルスタイルなもので)
なんだか胡散臭さ倍増です、とか
すてきな反応をいただいている。
うーん。
オーソドックなフレームで
まじめおしゃれな雰囲気が、
と、自分では思っていたんだがなあ。

2009/02/06

クイニーアマン。

7s_209

世間の流行りの1年遅れで
ことが進行する我が家では、
去年の夏、漫画好き友人の強力プッシュにより
「のだめカンタービレ」が回し読みされていた。
物語の後半、のだめたちが
フランスのブルターニュ地方の
サンマロという街に演奏旅行へいくくだりがあるのだが、
そのサンマロという街へは、昔旅行したことがあり、
ちょっと得意げに読みすすめていたのであった。
得意げって、まわりに誰がいるわけでもないんだがな。
そして、町中で小腹のへったのだめたちが
買食いするお菓子があり
それがクイニーアマンなのである。
ん、クイニーアマンて、あのクイニーアマン?
と思ったのだが、
それは最近好きで良く買ってたべるお菓子が
クイニーアマンだったからだ。
なんとなくフランスの菓子らしい、
という漠然とした知識しか持っていなかったので
物語のなかで、しかも自分の行ったことのある
ブルターニュのサンマロという
街のシーンで登場したので
なんだかすごくシンクロ感があったわけである。
さて、そのクイニーアマン。
ウチでよく買うのは、エディアールのもので、
濃厚な味がとてもおいしいのであるが、
はっきりいってカロリーについては、
一時保留にしたい、そんな味である。
ここのクイニーアマンを基準にすると
他で食べる多くのクイニーアマンは
クイニーアマン的なもの、に思えてくる感じだ。
もっとも、本場のクイニーアマンを知らないので
エディアールのものを基準にするのが正解かどうかは
まったくわからないのだが。
ちなみに、実際にサンマロに行ったときに
クイニーアマンは食べていない。
きっと名物だったろうに
なんとぼんやりなことよ、と少し思う。
そん時は、ちいさめのバゲッドの
真ん中をすぽんとくりぬいて
そこにソーセージをいれた
サンマロ式ホットドックに
夢中だったものでね。

2009/02/04

年賀状その二。

7s_208

もう二月だ。
というよりも、やっと二月だという感じか。
1月は、なんだか長く感じるしな。
正月なんてぜいぶん前のことのようだ。
とか言いつつ、
リビングにまだ年賀状の束が
存在する我が家はけっこう無精。
もっとキレイ好きの整理整頓好きに生まれたかった。
もしくはツレにそういうふうに生まれて欲しかった。
いただいた年賀状だけでなく
あまった自作の年賀状も放置状態である。
今年はネコの写真を使ったものと、
ツレの書いたアリスのイラストを使ったものの
2種類あったのだが、
なんかもったいないので、ブログにでも載せておこうと
思った次第である。
面倒だ面倒だといいつ、
なんで2種類もつくったのか。
とくに深い理由はないのだけれど
出す相手によって使い分けようかと。
プリンタで簡単につくれるし。
と思ったのだが、
別に使い分けられてはいない。
『Your mother is a wonder at egg sandwiches.』という
英文にもとくは意味はない。
ま、wonder繫がりということで。
『卵サンドにかけては君のおかあさんは天才だ』
ほほーっ。

2009/02/02

麻のふきん。

7s_207

と言っても、
ふきんとして売っているものではなくて、
ツレが「リネンバード」とかいう店で
麻の布をカットしてもらった、たんなる布切れである。
端っこも切りっぱなし。
手拭きのタオルがわりに
台所にかけて使っているのだが、
何度も洗濯しているうちに、
くったりと柔らかくなってきて
いい感じになってきた。
ま、それだけなら、
それこそたんなるふきんの話なんだけど、
土曜日に趣味のパスタ料理などを準備するとき
この布切れを腰のベルトに
きゅっとはさみこむのである。
けっこう大判で、生成りのようなグレーの色味に
白いラインが二本はいっているその生地が
ジーンズの腰に下がっていたりすると
なんかとってもおしゃれさん、って感じ。
なんつーか、
シェフが休日に、
自分のために楽しんで料理しているイメージ?
またはケンタロウになった気分?
なにごともカタチから入ることを旨としている自分なので
こういうことは大事。
それに、腰にふきんをぶら下げるのって
料理のときにはけっこう便利なんである。
そして、そういう格好は、
やはり冬よりは、
暖かい季節にTシャツ一枚で
南欧っぽい料理などを準備するのが気分。
そんな季節が待ち遠しい今日この頃だ。

2009/01/30

ミーの手帖。

7s_206

うちのツレは自宅にいるひとなのだが、
それでも書き留めておかねばならない予定は
いろいろあって、
手帖は必要なのだそうだ。
だから毎年、手帖を購入するのだが、
ツレの場合はキャラクターもの手帖と
決まっているのである。
ま、小学一年生の行事予定よりすくないくらいで、
それほど細かいことまで書く必要もないので
キャラクター手帖でこと足りるのであろう。
ここ何年かはタンタンものがお気に入りだったようだが、
ことしはムーミンのミーなのである。
キャラクター手帖界にも流行はあり、
今年は「ムーミンキャラ」が
「きている」ようで、
手帖売り場にはムーミンものがけっこう揃っていた。
こんなところにも北欧ブーム?と、
思ったけれど
あながちハズレてもいないようも気がする。
そういえば、手帖を買う際に
ツレがどのサイズにするか迷っていたので
それほど書くスペースが
必要なわけでもないのだから
小さいほうでいいのでは、と
アドバイスして、実際小さいほうを
買ったはずなのだが、
ある日ふと気がつくと手帖が二種類あるではないか。
大きいミー手帖と小さいミー手帖である。
なんで?と聞くと
「やっぱりちょっと書くスペースがせまくって」ですって。
それなら小さいほうは、なにに使っているのかと聞くと
毎日の買い物メモだそうである。
ページをめくってみると、
確かに買い物リストが記入してあるのだが
なんだかとてもシンプルで、
我が家の食事情が端的に読み取れ、
しかもメニューのローテーションも
非常にわかりやすいのであった。
ま、うすうす気がついていたけどさー。

2009/01/28

うさぎの小皿。

7s_205

うさぎって一羽、二羽って数えるんでしたっけ。
うさぎを数えることなんて
ほとんどないので、
つい一匹とか言っちゃうなあ。
最近、批判のまとになっている
どこかの国の首相の国語力を笑えない自分。
逆に勇気づけられたりもして。
この小皿は、その、うさぎが二羽、
跳ね回っているというか遊んでいるというか
そんな絵柄である。
ずいぶんまえに帰省した際、
父親からもらったものだ。
うちの父親は骨董好きなので、
この小皿も「ふるもの市」かなんかで
購入したものなんだろうと思う。
もちろん安物である。
だから、ユーズドとか
デッドストックといった感じかもなあ。
うさぎが跳ね回って、
なんか呑気でいい絵柄だと思うのである。
実際の食器としては、
じつはあまり登場することがないのだけれど
食器棚をひらくとき、
この小皿が目に入ると、
「お、いるいる」という感じで
なんだかほっとしたりする。
なんか、いじらしいやつなのである。
そして、たまには使ってやらんとなあなんて
その度に思うのであった。

2009/01/26

ハルの予感。

7s_204

中二の国語の時間。
その日の授業は、
春をテーマに書かれた詩の解釈だった。
詩の作者は中高年の男性で、
春になると植物や生物や
万物すべてが新しい生命力をあふれさせる、
といった内容の詩なのだった。
だから、その喜びを表現した詩かと思えば
そうではなく、
万物のあふれる生命力が、
人生の後半をむかえた自分の
長く終末へとむかう憂鬱な心持ちを
際立たせる、というのが
正解とされる解釈なのだった。
なんだかなあ。
チュー坊に、
そんなミッドエイジ・クライシスを
理解しろというのはかなり無理があると
いまさらながら思うのであった。
さて、今日の東京はおだやかで
陽のひかりには明るさがあり、
春が近い、そんな気配のする一日だった。
自分はさ、そんな春の予感を感じて
うれしい気分がするのである。
あの詩の語るところも
わからなくはないけれど
でもうれしい気持ちのほうが強いのである。
辛いことや嫌なことがあったとき、
明けない夜はない、と思って
そのつらさに耐えるように
冬もやがて春になり、
自分の悩みなどとは無縁に
季節がめぐることは、
救いにもなるような気がするのだった。
それに、新しいスタートというイメージは
素直にポジティブな気持ちにもなれる。
だからさ、自分は中年だけど
春は好きだなあ、と思った次第。

2009/01/23

色あせた絵はがき。

7s_203

古色という言葉があるけれど、
プリントされたものにも
そういう魅力はあると思うなあ。
リビングの壁には、DMとして届いた
さるブランドのはがきが貼ってあるのだが、
けっこうな年月がたっているので退色して
だいぶ白っぽくなってきている。
でも、なんかそれが良いわけだ。
古色というのは
モノに時間というスパイスを加えることなのかもな。
…なんて、こっ恥ずかしいことを。
基本的にアンティークやユーズドといったものは
好きなのであるが
実は古本はあまり好きではなかった。
モノが本であるだけに、以前の所有者の
なんていうか心みたいなものが
まといついているような気がしてさ。
けっこう神経質だったりもするのである。
でも最近はあまり気にならない。
むしろ、多少退色した印刷や、
折れてふくらんだ表紙の角などが
その本への敷居を低くしてくれるというか、
構えないで入っていけるような気もする。
最近は魅力的な古本屋も多いし、
そういう本屋では、
誰が読んでいたかは分からないけれど
それを古本として売ったひとと
その本が好きで買おうと思っている自分と
好みがいっしょであるというところに
ある親近感さえ覚えてしまうのであった。
…さて、件の絵はがきであるが
なんでそんなに退色した感じが魅力的かというと
使われている写真の情景が、
どこか外国の、
午後の、それも夕方に近い光りを
映しているものであり、
そこにうつる「やるせない感覚」のようなものが
退色した色調世界にひびきあうのだと
思った次第。

2009/01/21

デロンギとフク太郎。

7s_202

ああ、なんか仕事が忙しくて嫌だ。
「忙しくて」なんて言うと、
いまの社会状況でいいことではないですか、などという
なぐさめがはいるものだが、
そういうことではなくて、
なんだかトラブルが続き、そのせいで忙しいのだ。
ヘコむなあ。
ま、そんなヘコむときには、
ネコがいちばん、ということで
デロンギのヒーターのまえの特等席で
ヌクヌクしているネコの写真でも。
なんど「焦げるぞ」と注意しても
ヒーターの至近距離にすわるので
ためしにクッションを置いてみたら
案の定、センターにしゃがみこみ
適度な距離をキープできたのであった。
しめしめ。
それでも、たまに鼻面をわざと
パネルにすりつけたりするんだ。
ネコって熱さに鈍感なのか。

2009/01/13

散歩の学校。

7s_200

無趣味なんである。
趣味を問われれば『園芸』と答えた頃が懐かしいくらいだ。
いや、いまでもバルコニーには
植物はたくさんあるわけで、
園芸が趣味と公言してもウソではないのだが、
なんていうか、ひところの情熱からの冷め具合を思うと、
胸をはれないっていうか。
海外のナーセリーから、
通販で種を取り寄せたりした頃を思うとなあ。
で、この先中高年を生きて行くわけだから
無趣味はまずいんでは。
と思ったので、
「散歩」を趣味にすることにした。

以前、上野へある美術展をみにいったときのことだ。
お目当ての美術展が、
到着時にすでに入場1時間待ちであることにうんざりし、
観るのをやめて、あたりをぶらぶらしてみようと思ったのだ。
地図のようなものも無かったので、
適当に芸大のほうへまわって歩き出したのだが
とくに目的が無くても、
ぶらぶら歩きは思いのほか楽しい。
適当に道を選んで歩いていたのだが、
気がつくといせ辰があったりして、
「おお、ここがあのいせ辰か」などど
感激したものである。
また最近は、ツレとふたりで自宅付近を
歩き回ることも多く、
(大きな声で言えないが、ダイエット目的か…)
それも意外に楽しめる。
自宅周辺とはいっても
通常通る道というもは、
あんがい決まりきっているわけで
それから逸れて歩くと、
けっこう発見もあるものなのだ。
そういうわけで、
これからプロフィールの趣味の欄は「散歩」ということに。
で、散歩の学校の本も購入した次第。

2009/01/10

ネコのベッドとしての私。

7s_199

今日の東京は寒いのである。
エアコンだけでは部屋が暖まらないので、
クローゼットからデロンギのヒーターを
ひっぱりだしてきた。
それでもまだ寒いので
ネコのベッドとして存在することにした。
あー、
レゾンデートル満喫。

2009/01/08

45rpmの袋。

7s_198

45rpmというブランドは、
若いこ向けの服をつくっているブランドだと思うのだが
ショップにいくと、思いのほか
中年女子(?)率が高かったりする。
なんでかな。
服のシルエットが
女度を強調するようなタイプではないので
着やすいからか。
または服の素材感のナチュラルさ加減と
程度の良いエスニックテイストが、
内なる乙女心をくすぐるのかも。
うちの中年女子も、このブランドは好みのようで
割とよくここで服を買っている。
それで去年の秋冬物を買った際、
商品をこんな袋にいれてくれたんだそうだ。
エコってことなのかもしれないが
余った端切れで、ごく簡単なふくろをつくり
それをショッピングバック代わりに
使っているようだ。
実用性から言えば、強度的にもデザイン的にも
そんなに使いやすいものでもないと思うのだけれど、
なんていうか、佇まいがかわいいのである。
取手のひもが1本という、大胆さというか、
雑さも味があるし、
袋の部分とヒモの部分のチェック使いが
微妙にださいのも味である。
こんな袋がさ、壁のフックなどに
てろっとひっかけてあったりすると
なんかかわいいかも、と
自分のなかの乙女が言うわけだ。

2009/01/06

COMME des GARCONS parfums PARFUMS /series7 SWEET NOMAD TEA。

7s_197

とりあえず、商品名をフルネームで書いてみた。
あいかわらず長い名前だ。NOMADとは遊牧民という意味だそうだ。
「遊牧民のお茶」か、ロマンティックな名前だな。

コムデギャルソンの香水は、パッケージデザインが好きである。
基本的には無機的なイメージのデザインが多いのだが
このseries7 SWEETというシリーズは
「甘さ」ということがテーマになっているようで
例外的にパッケージにもやや装飾的な甘さをだしている。
それでも、
果実や種子を連想するようなそのフォルムが
ちょっとアクがあるように感じるのは
コムデギャルソンという先入観からか。
このブランドの特徴として
とくに女性用男性用とはうたわないが、
この匂いは、やっぱり女性向けではあるだろう。
当然これは自分の、ではなくツレのものである。
一般的にコムデギャルソンというと
甘い、というイメージはうすいと思うのだが
実のところ、服(女性用の)をみても
ディテールは、けっこう甘さがあると思うのだが。
たとえば、丸エリとか、水玉模様とか。
もこもとっとしたシルエットとか。
ちょっとノスタルジーをかきたてるような
甘さのニュアンスがあって、
全体的なクールなイメージのなかにあって、
その甘さのニュアンスが、ツボにはまってしまった人たちが
シンパとなっていくような気がする。
…なんてね。よくわからないけど。
それよりも自分のコムデギャルソン好きが
ツレにも微妙に影響を及ぼしていることが実は気になる。
ギャルソン好きは一家にひとりで十分なのだ。

2009/01/04

イングリッシュ・マフィン。

7s_196

前々からずっと不思議に思っているんだが、
パン屋でイングリッシュ・マフィンが
売られていないのは何故なんだろう。
売られていない、というか
少なくとも自分では
見かけたことがないのである。
ま、スーパーで売っているPASCOのマフィンで
なんら不満はないのだが、
これだけパン屋があふれていて
イングリッシュ・マフィンを見かけないのが
なんとも不思議なのである。
例えばバターとメープルシロップで甘くしても、
ハムでサンドウィッチにしても、
どっちもおいしい、そんな文武両道的な
優等生であるにもかかわらず、である。
そういえば、マクドナルドでも
朝のメニューにソーセージマフィンとか、
確かあったような記憶があるけれど、
それも、朝のみで決して正式メニューに
格上げされることがなく
なんていうか、
イングリッシュ・マフィンはどうも
ぞんざいに扱われる存在のような気がして
それが解せないのであった。
クロワッサンと比較すると、
その差が歴然で、
イングリッシュ・マフィンシンパとしては
地団駄を踏む思いである。
ちょっとオーバーだがな。
09年はぜひとも
イングリッシュ・マフィンが、
メインストリームをいく存在になることを
願うばかりである。

2009/01/01

HAPPY?

7s_195

年賀状って微妙だ。
冬休み明けに、
すぐ顔をあわせる会社の人間宛のものが
実はいちばん多かったりする。
必要ないよなあ、と毎年思いながら
「今年もよろしくお願いいたします」
なんて書いたりする、
きわめてサラリーマン体質の自分を誉めてあげたい。
べつに誉めなくてもいいか。
でも、もう宛名書きも終わったしな
とりあえず良しとしよう。
今年の年賀状は、
うちのネコのブータレ顔に
HAPPY?というコピーをつけてみた。
どう?ぶさカワイイ?
この小憎たらしいカオがいいと思ったんだけど
どうだろうか。
いちおう、いまの自分に充足する幸せというか、
小シアワセにシアワセを感じようという
前向きなメッセージのつもり。
小市民的な幸せでいいじゃないか。
何を言ってるかよくわからないが、
とりあえず、なんていうか
不満とか不平とか言い出したらきりがないし
ちいさいHAPPYでも、
重ねていけば大きなHAPPYになるわけである。
ああ、なんて前向な自分。

2008/12/29

よそんちのネコ。

7s_194

家にひとが遊びにくることはあっても
ひとの家に遊びに行く機会は、なかなかないのである。
つきあいのある廻りのひとたちが
年下が多いせいなのだが、
たまにはひとんちに遊びにいきたいなあ、と思っていたら
ネコ飼いの先輩夫婦が鍋をしようと誘ってくれた。
先輩といっても十いくつも年下なんだけどさ。
その家では二匹ネコを飼っているんだけれど、
うちの近くにやってくる子ネコを
また一匹保護したんだそうだ。
だからその子ネコを拝見することも兼ねて
遊びにいってきたのであった。
…かわいい。
子ネコとは、こんなに無条件にかわいいものだったか。
人慣れしており、自分とツレの膝にも
わしわしとのぼってきて
知らぬ間にぐっすり寝てしまったり、
ホニョホニョとした手触りに
こころがとろけるのである。
子ネコが、まったく、こわがりもせずに
われわれに可愛がられるので
飼い主がぽつんと「誰でもいいんじゃん」と
言ったのががおかしかった。
そう、誰でもいいんだと思うが
それもネコの才覚のひとつである。
うちにいるうずまきネコは、
そのへんの才覚が皆無なので
逆にとても心配だったりするのであった。
そして、ひとんちのネコを
あんまり可愛がりすぎて
すこし気が引けていたもので、
その日家に帰ってからは、
過剰に愛情表現をし過ぎて
ネコに迷惑がられていたのであった。

2008/12/26

クナイプの浴用剤。

7s_193

実家は浴用剤を使わない家庭であった。
浴用剤といっても、
当時はバスクリンくらいのものだったと思うが。
こどものころ母親に、うちではなぜ
バスクリンを使わないのか聞いたことがある。
「お父さんが、あまり好きではないのよ」と
言われたような覚えがあるのだが、
とくにバスクリンのお風呂に
入りたかったわけでもないので
フーンそんなものかと思ったのだった。
父親の好みうんぬんはべつにして、
その当時、たぶん浴用剤を入れるということが、
『きれいなお湯なのにわざわざ汚すような事』をして、
という感覚が、多少はあったのかもしれない。
それは、炊きたてのご飯に
みそ汁をかけて怒られたことと、
基本のところはいっしょの感覚なのだと思うが、
ウチだけのことだったのか。
いかにも昭和の日本人という
感覚だと思うのであるが。
そんな家庭で育った自分だが、
いまはすっかり浴用剤好きであり、
なにも入ってないと
逆に物足りない感じがしてしまうのである。
クナイプの浴用剤が定番で、ローズマリーなど、
葉っぱくさい系統の匂いが好みである。
でもこの季節は、保湿効果というか
肌がしっとりする効果があると書いてあったので
カモミールを使ってみている。
リラクゼーション効果とかいうよりも、
冬はけっこう乾燥肌で、足首とか粉がふいたり
湿疹がでたり、それなりに憂鬱なのであるが、
このクナイプにしてからは
入浴後はけっこう肌がしっとりして
いまのところ、
いい感じの毎日である。

2008/12/24

クリスマスカード。

7s_192

クリスマスという行事への期待感と
その本来の神秘感に
ひそかにココロふるわせていた少年も、
不惑を大きく過ぎたいまとなっては
それは商業ベースのイベントとしか
目に映らなくなって久しいわけだが、
なんだな、でもやっぱりGOODSとしては
魅力的なものが多いと思うのである。
このクリスマスカードは、
何年かまえに
青山のオン・サンデーズに行った際に
ツレが買ったもので、
折をうまく利用して、絵柄を立体的に見せているものだ。
日本にいて、そしてクリスチャンでもないかぎり
こんなカードを実際に使う事はないように思うが、
(そんなことはない?)
たとえばどこか外国で
敬虔なクリスチャンのおばあさんが
離れてすんでいる孫に送るために、
こんなクリスマスカードを文具店の店頭で
熱心に選んでいたり、などど想像すると
こころ暖まるものがないだろうか。
ま、過剰な空想である。
それはそうと、
クリスマスにはやっぱり雪ぐらい
ちらついてほしいものだが、
雪どころかこの時期になって、
まだダッフルコートも着ていない今年は、
暖冬なんだろうか。
寒いのは苦手だが、
冬は冬らしくあってほしい。なんて。
勝手なものである。

2008/12/21

リプトンのティーバック。

7s_191

ウチではもっぱら紅茶党。
というか、コーヒーも好きなのだが
ウチでコーヒーをいれるのは、
なんだか面倒くさいのである。
紅茶のほうがなにかと簡単で、
茶葉からいれるのがどうも、というときでも
ティーバックなら、同じはしょり加減でも
インスタントコーヒーよりずっと満足度は高い、
ような気がするわけである。
ティーバック自体はべつにどこのブランドでもよく
こだわりもないのであるが、
もっぱらリプトンのイエローラベルという
どこにでもおいてある普及品を買っている。
こだわりがない、と言いつつ、
なんでかこのリプトンのティーバックが好きなようである。
考えてみたのだが、
この、三角形のかたちがポイントなのかも。
なんか普通のかたちのティーバックに比べて
お茶がおいしくはいりそうなイメージなのである。
実際どうなのかは知らないんだけどもさ、
ティーバックのなかの空間がひろく
茶葉がきもちよく広がっていきそうな感じ。

そんなティーバックでいれた紅茶なのだが、
自分が子供の頃、紅茶を飲むというと、
おとなはよく
ブランデーなんかを少したらしていたもんだ。
先日、ふとそんなことを思い出し、
バーボンを入れて飲んでみたのだが
これがけっこう美味いのであった。
最近のマイブームってやつ。

2008/12/17

スノードームコレクション08Winter。

7s_190

頑強ではないが、
わりと体は丈夫かもしれない自分である。
なんだけれど、めずらしく先週の日曜は
なんか頭が痛いような重いようなで
なにもせずベットに潜り込んで
一日中うだうだしていたのだった。
単純に疲れがでたとかそんな程度なのだが
どんどん悪い方に想像がはたらくのは
やっぱり年齢のせいである。
この頭の痛いのは、脳溢血?心筋梗塞?とか
知識がないもんだから
ほとんど妄想に近いことを考えたりするわけだ。
やれやれ。病気慣れしていないというのも
やっかいなものである。
平日は帰りが遅いので
ブログの記事は休日に書いておくことが多いのだけれど
日曜はそんな一日だったので
とてもパソコンを立ち上げる気力がなく、
今日やっとちまちまと書いてるわけだ。
仕事もいそがしいしなあ。
と、なんだか近況報告っぽいので
本題へ。
今回のスノードームは時節柄、
クリスマスものということで。
雪だるま。
クロームの質感なので
大人っぽい雰囲気である。
悪くはないが、おもちゃ的なほうが
本当は好みかも。

2008/12/12

JUSTティーツリークリーム。

7s_189

昔からよくあるような、
金属っぽいチューブに入ったものが好きだ。
絵具のチューブでも、
歯磨き粉でも化粧品の類でも。
ごつごつした固めのチューブで
中身がへるごとに、ぺたーっとしぼられていく
そのかたちに、親しみをかんじるのである。
それは「使ったーっ」という充足感というか、
使い続けている満足感というか、
とにかくそんな実感がいいんだろうと思う。
使い切って、
ほとんど平たくつぶされた状態のものなど、
家具に古色がついて味わい深くなるのと同じくらいの
素敵さ加減である。
こんなつぶれたクリームのチューブが
うらぶれたホテルの洗面所に
ぽつんと置いてあったりしたら、
「お、かっこいい」とか思うわけである。
なんかこう映画のワンシーンのような?

ちなみにこのチューブはJUSTというところの
ティーツリーのスキンクリームである。
スイスのメーカーらしいが、
この、ちょっと古くさい薬系のパッケージデザインがまた
金属っぽいチューブに良く合うんだ。
昔から使ってるモノで、なんて言いたいところだが
最近薬局で見つけばっかり。
使い心地もいい。

2008/12/10

舌をしまい忘れたネコ。

7s_188

ネコはときどき舌をしまい忘れるそうだ。
そんなバカな、とずっと思っていたが
…本当だった。
今日、うちのネコは
舌をしまい忘れていた。
我が家はマンションの10階なのだが
9月の末から始まった大規模改修というやつで
マンションのまわりには作業用の脚場が組まれ
晴れていても、
一日中カーテンを閉めっぱなしという
とんでもなくうっとおしい状態だったのである。
それが、今週やっと脚場が解体されたのだ。
それでカーテンを開け放し
さんさんと降り注ぐ陽射しを
このネコはひさしぶりに堪能しているというわけである。
だから、あまりに気持ちよくて
舌をしまうの、忘れたんだろうなあ、
と、飼い主は分析する次第。
ほっかほっかで良かったねえ。
で、陽射しであったまったネコのからだに
顔をうずめると気持ちがいいんだ。
これはネコの飼い主の特権であるかも。

2008/12/08

旅する力。

7s_187

旅行で訪れた外国の街角でのことだ。
信号待ちで足を止めて
何気なくそばのショウウィンドウを眺めると
そこには背の低いひとりのアシア人が写っていた。
まわりの西洋人からは
かなり浮いて見えているその人間が
ガラスに映る自分自身であることに気づくには
ちょっと間があった。
何度か来ていたその街は、わずかながら土地勘もあり
ガイドブックも持たずぶらぶら街歩きをしていて
すっかりその場にとけこんでいるつもりだった自分の、
客観的な存在というものを、見せつけられた瞬間だった。
基本的に、旅は娯楽として楽しいものだと思うけれど、
このように、普段あまり意識することのない
自分が日本というアジアの人間であることを、
好むと好まざるとにかかわらず
意識させられたり、
旅のいろいろな場面で、自分の小心さや、
情けない部分を再認識させられたりする場でもある。
それは、ちょっと辛いことでもあるけれど
自分というものの、身の丈を知り、
そんな自分を受け止めていく、
ということでもあると思うのだ。
自分は、バックパックひとつで
いろいろなところに旅するほど
根性が据わっている旅行好きではなく、
泊まる部屋はバスルーム付きじゃないとイヤだ、
などと考えるヘタレな旅行好きである。
そんな自分でも、旅そのものが好きになった、
海外に行ってみたいという好奇心が膨らんだのは
沢木耕太郎の『深夜特急』の影響が大きかったからだと思う。
「旅とは途上にあること」
そうであるとすれば、たとえいくつであっても
旅をする限り「なにか」の途上に
いつづけけられるということでもあるか。

2008/12/05

サラダサーバー。

7s_186

これはお好み焼き用のコテではない。
れっきとしたサラダ用サーバーである。
でもコテに見えるんだけどさ。
そんな、コテ的な、
ちょっとコミカルな味わいのサーバーではあるが
使い勝手はわりと良かったりするのだ。
サラダ用のサーバーとして売っているものは
わりとサイズが大きめである。
サラダボールに入った野菜をあえようとすると
ボールにごっつんごっつん当たって、
なんだか自分が、
ぜいぶんがさつな人間のような気がしたりして。
その点このサーバーは、
柄は長めなのだが、先の部分は
普通のディナー用のスプーンを
一回り大きくした感じのサイズなので
小回りがきくというか、
扱いやすいのであった。
取手が木製で、丸い金具で固定してあるデザインで
このタイプの仕上げも好きなのである。
こんなコテのようなサーバーであるが
いちおう、北欧デザインである。
ん、スウェーデン製も
北欧デザインって言っていいものだろうか。
ちょっと微妙か。
ま、とにかく。
伊勢丹の北欧展みたいな催事で購入したので
やはり北欧デザインであるのだろう。
usedなので、良い感じに古っぽい。
それにしても、デパートでも北欧展。
ブームはまだまだ続くって感じ?

2008/12/03

繕ったベスト。

7s_185

めっきり寒くなってきたと思ったら
もう12月ではないか。
なんだか二倍速で時間が過ぎているような気がする。
「時の流れに身をまかせ」ていいのか自分。
いや、まかせるつもりは無いのだけれど
なにせ二倍速なので気がつかなくってねえ、
という感じ。
で、寒くなると着るものに困るのである。
朝晩は寒いし、地下鉄は暑いし、
会社は熱帯だし、
一日のなかで夏と冬が混在するような感じである。
だから温度調節には、
たとえばベストのようなものが役に立つ。
それで、今年もニットのベストの季節かあ、なんて
呑気に衣装箱からだしたベストを着て
会社にいったのだが、
ふと気がつくと、襟ぐりのところがほつれて
3カ所も穴があいていたのであった。
けっこう重宝してたのに、どうしたもんかと
考えていたのであるが、
最近、染物に挑戦したりしている
男子ひとり手芸部員としては、
手芸的アプローチで補修すべきだと思ったのである。
で、ちくちくブルーの刺繍糸で繕ってみた。
いちおう不揃いのステッチは意図的なものなのだが、
不揃いでなくステッチすることが
できるわけではない。もちろん。
味、のつもりなんだがどうなんだろう。
とりあえず、あまり目立つわけでもないので
そのまま着ているんだが。

2008/12/01

教会の置物。

7s_184

ゴシック建築などの、
荘厳で大きな教会の空間的威圧感は
むろん嫌いではない。
ひれ伏すような空間感とでもいうか。
でも、そんな重厚な教会建築でなく
小さい教会はそれはそれで味のあるものである。
日本の、住宅街にぽつんとある
木造建築の平屋建ての教会の素朴さも
ある親密感があって
いい感じだと思うのである。
もちろん海外でも、街歩きをしていて
偶然みつけたちいさな教会が
とても魅力的に見えたりする。
でも小さいが故に、
ちょっとなかに入る勇気がなくて
外観を眺めるだけだったりもするのだが。
いままでで印象に残っている小さな教会といえば、
ひとつは、
フィレンツェからバスで30分ほどの
小高い丘の上のにあった教会だ。
ちいさいながらも、
そこには中庭にハーブ園があって、
清々しいとても落ち着く雰囲気だった。
もう一つは、ハワイ島の海岸沿いあった教会である。
ほんとんどオープンエアともいえるその教会は
木造でブルーのペイントがほどこしてある
南国らしい建物だった。
木のベンチに座って波の音を聞いていると、
こころがとろけていくようだった。

さて、この教会の置物は陶器製である。
北欧の教会のようでもあるし、
南のギリシャの島の教会のようにも見えるのは
深みのある青い屋根の色のせいかもしれない。
正面の十字架がいいなあ。
側面の微妙な位置にある窓も
かわいらしかったりするぞ。
高さ4cmほどの小さなものだけれども、
なにか存在感が、あるのである。

2008/11/28

後染めのボーダーシャツ。

7s_183

ボーダーのシャツが好きで、
なんだかけっこうな枚数がタンスのなかに入っている。
でもそれは、好きだからといって
次から次へと買っているわけではなくて、
必要にせまられて増えているだけだ。
会社に行くときも、
よくジャケットのなかにあわせたりするのだが、
ちょっと色が抜けてきたり、
毛羽立ってきたりすると、
なんていうか『パリっと感』が薄くなる。
もっとラフな着方ならいいんだろうけれど、
いちおうON/OFFのONであることを考えると
ちょっとへこたれてきたシャツは
あまり塩梅がよくない。
だからヨレが目立ってくると
新しいものを購入するので、
タンスのなかには表面的には難アリだが、
着る分には何の問題もないボーダーシャツが
増えていくのであった。
とうぜん普段着とか、
寝間着がわりにも使ったりはするのであるが、
なんかもったいない感じもする。
生地自体はしっかりしていたりするし。
だから、染めてみようと思ったのだ。
濃い色で染めて、いわゆる『製品染め』のような、
つまり手のかかる後加工っぽいイメージで
仕上がるのでは、と思ったわけだ。

結果としては。

もっと全体に濃く染め上がるかと思ったのだが、
白い部分がけっこう明るく、ボーダー柄が
くっきり目立つ感じになってしまった。
もっとボーダーが馴染んで、
「無地かと思ったがよくみたらボーダー」って線を
ねらったのであるが
思いっきりはずしてしまった。
それに均等にきれいに染まりすぎて
ちょっとフラットすぎ。
すこしムラがあるくらいがちょうど良かったんであるが。
…と、はじめからハードルが高いというか、
身の程しらずというか。
でも初めての染めものは、
なかなかおもしろかったので、
またやってみようと思う。
あ、でも洗濯で凄く色落ちするので
それがちょっと面倒ではある。

2008/11/26

ネコのいる場所。

7s_182

ネコは自分に快適なスペースを見つけるのが
とても上手なイキモノである。
うちの渦巻きネコの最近のお気に入りは
電子レンジの上。
朝、トーストを焼いたあとの
あったかくなった電子レンジのうえは
極上のスペースらしい。

前にも書いたのだが、
このネコはひとから暖をとるのでも
微妙な使い分けがあるのである。
ツレと自分がソファや椅子に座っているときは
かならずこちらの膝にのってくるので、
こころのなかで「勝った」とガッツポーズをするのだが、
先日ツレがベッドに横になっているときに
妙に固まって寝ているので
どうしたのか聞いたところ、
ネコが布団のなかにいるので、という返事であった。
なぜだか布団のなかには入るのはツレのほうだけなのである。
「ほらっ」と言いながらツレが布団をめくって
なかを見せてくれたのだが、
ツレの胸元には
コロンとまーるくなったネコが
まるでアンカのように、
そして腹をみせて寝ていたわけだ。
負けたな。完敗である。
寒さ厳しきおり、
自分もアンカのようにネコを
ベッドのなかにいれたいものであるが、
強制的に連れ込んでも
速攻逃げて行くのであった。
なぜだ。匂いか

2008/11/23

James Jackson アンティークワックス。

7s_181

なんだか、うちでは
ふるぼけたような木の家具多いのだ。
ま、よく言えば
アンティーク風なものが多いということなのだが
手入れをしない木製の中古家具は、
ただ薄汚れてみえるだけだったりもする。
『古色がつく』ということで
自分を納得させて、手入れをしないわけだが、
たんなる無精者なだけだ。
中古ではないのだけれど、
1年ほど前に買った
気に入ってるダイニングテーブルがある。
細かい傷などはまったく気にせず、
なんの手入れもしていなかったのだが、
ある日ふと、その手入れしないことがやけに気になった。
なんていうか、尽くす愛に応えてないって言うか。
うしろめたい感じ?
どういう風の吹きまわしなんだろうか。
自分の心ながらよくわからない。
でも気になるので、
家具用のワックスでも買おうと思ったわけである。
このJames Jackson アンティークワックスというのは、
ある通販サイトによれば、
「アンティーク家具業界で、知らない人はいない」ほど
有名なんだそうだ。
英国製ということなので
モノとしてグローバルスタンダードということか。
このまっくろの缶が、何とも雰囲気である。
黒字に白い抜き文字で全体がうめつくされたデザインは
ジャックダニエルのラベルデザインと同じ匂いだ。
自分はあまり、『男臭い』デザインは好まないのであるが
これは好きだな。
しばらく飾っておこうと、そのへんに置いておいたら、
「それどこにしまうの?」と、
ツレにお小言をいただいた。
やれやれ。

2008/11/19

森永練乳ケーキ。

7s_180

子供のころに不思議だったこと。
それは、牛乳はあまりおいしくないのに、
おなじ牛乳の仲間らしい練乳は、
なぜにとろりと甘くておいしいのかということ。
牛乳は牛乳でしかないのに、
連乳は乳関係、というよりお菓子に近いという不思議。
ま、牛乳があまり好きでない子供だった、
と、いうことなのだが。

イチゴにかけたり、かき氷にかけたり
すきだったなあ、練乳。
たまに冷蔵庫にある練乳を、それだけ
なめたりしたこともあったような気がする。
で、昨日のことなのだが、
スーパーに買い物にいったら
こんな練乳ケーキなるものがあったので
ついカゴにいれてしまったわけだ。
そういや、昔ミルクケーキとかいう
練乳を板状にかためたようなお菓子があって
それも好きだったことを思い出した。
この練乳ケーキ、パッケージが良いなあ。
むかしの缶入りの練乳もこんなデザインだったような気がするが
とうぜん、それをふまえたデザインなんだろうな。
ノスタルジックである。
あらためて、いま、このデザインをみると
外国製品のような、
つまりハイカラなデザインであることに驚くのであった。
ちょっとフランスの匂いもするぞ。
さて肝心の味なのであるが、
おいしくはあるのだが、
自分の練乳イメージからすると
ちょっとあっさりしすぎ。
あのくどいような甘さがあってこその
練乳と思うわけである、
昭和に子供時代を送った自分としては。

2008/11/17

ホーローのランプシェード2。

7s_179

以前『ホーローのランプシェードが好きだ』と書いた。
あたりまえだが今でも好きである。
でも、いくら好きとはいえ、
自宅の照明の数など限られているわけで、
付ける場所もないのにシェードだけ買うなんてこと、
…無く、はない。
いやあ、だってさ。カッコよくて。
恵比寿にあるパシフィック・ファニチャー・サービスは
好きな家具屋である。
ここは家具を売る店舗以外に
『パーツセンター』という別店舗があって
そこでは、ドアのノブなど部材そのものや、
中古のちょっとした家具、いろいろな雑貨など、
P.F.S.らしいテイスト感のモノが
置かれているのである。
そのパーツセンターを先日ふらっとのぞいで見つけたのが
この黒いホーローのランプシェードなのだ。
写真ではあまりサイズ感がわからないけれど
直径30cmくらいで大きめである。
よくある平べったいカタチではなく、
やや縦ながのゴロっとしたシルエットで、
色も黒で、かなり存在感のある感じだが、
『ウチのリビングには似合う』と
ひとめ見た瞬間思ったわけである。
おまけに『デットストック』という表示もあり。
デットストック、うーん、魅力的な言葉だ。
財布にもやさしい値段だったので、買ってしまった。
2個くらい買っておこうかと思ったが
(なにせデットストックなもので)、
それは冷静になってやめた。
で、リビングには、
アルミ製のランプシェードがついていたんだけど
それは引退してもらうことに。
あーココロが痛む。
うそだけど。

2008/11/14

地図のハンカチ。

7s_178

旅行は、行く前、つまり計画段階もけっこう楽しい。
旅行全体のスケジュールを考えるのも、
行きたい都市の地図をひろげながら
それぞれの観光地をどう廻ろうかなどと考えるのも
本番と同じくらい楽しいものである。
地図を見て距離感をはかったり、
地下鉄の乗り換えを頭のなかでシミュレーションしたり。
さて、このハンカチには、パリの地図が
模様としてプリントしてある。
こういうお土産もの的センスは好きである。
それはつまり旅そのものを連想させるからで、
旅を計画中のわくわくした気分も思い起こさせるからである。
しかしお土産もの的ではあるんだけど、
キッチュなというよりも、その配色だとかデザインセンスは
洗練された感じがあって、
ハンカチというモノとして、キワモノ的でなく
実用として使用にたえるものになっているところが
えらいと思うわけであった。
無印良品で購入。
ほかにニューヨークとロンドンがあったような記憶が。
ニューヨークにするかパリにするか5秒ほど迷ったが、
結局パリにしたのは、
ニューヨークよりはパリにまた行きたいと
思っていたからだろう。

2008/11/12

ブロードウェイ♪ブロードウェイ。

7s_177

ダンスものの映画が好きなのである。
それから『ザ・コミットメンツ』のような音楽バンドものとか。
ようするに音楽でも踊りでも、
芸術・エンターテイメント系のものを目指す若者の、
いわゆる青春群像を描いたような映画に弱いのだった。
『フェーム』や、ちょっと色は違うけれど
『リトルダンサー』とかも。
この『ブロードウェイブロードウェイ』は
ミュージカル『コーラスライン』再演での
出演者をえらぶオーディションの様子を追った
ドキュメンタリーである。つまり
『コーラスライン』の内容と
シンクロしていくような内容なのである。
オーディションに受かるもの、受からないもの、
それぞれに人生があり、
オーディションの場そのものも、
まさしく人生であるかのようだ。

そういえば、11月1日の土曜日にこの映画を観たのだけれど、
毎月1日は「映画の日」ということで
¥1,000で映画が観られるのだった。
知らなかったなあ。
二人だと¥1,600も安いわけで
なんだかとっても得した気分だ。
おまけに、観にいった映画館は
できたばかりのシネコンで、
webで席まできめてチケット購入ができるので、
なんだかとっても快適だったわけである。
映画は好きなのだが、
並んで席を確保する、あのちょっ殺気立った雰囲気が
いまひとつ苦手で、あまり行くことがなかったのだけれど
これからは機会がふえそうな感じがする。
あ、夫婦割引というのもあって
どちらかが50歳以上だとふたりで¥2,500で観られるようだ。
へー、歳をとるのも悪くないなあ、と
50歳すぎたら映画鑑賞を趣味にしようと
ツレと決めたのだった。

2008/11/10

晩秋のネコ。

7s_176

先日「ネコは元気ですか」というコメントをいただいた。
はい元気ですよ。
このとおり。
この2・3日めっきり寒くなってきて、
ネコも人のぬくもりが恋しいようで
膝にのってなかなかおりないのである。
うれしくも迷惑である。
どういう使い分けかよくわからないのだが、
このネコは自分の膝のうえにはのってくるが
ツレの膝にはのらない。
そしてツレのベットでは寝るのに
こちらのベットでは寝ないのである。
ツレいわく布団のなかにはいってきて
アンカのようにあったかいらしい。
うらやましいことである。

このネコが我が家にやってきたのは、
ちょうど2年まえの文化の日だ。
おっかなびっくり飼い始めたんだったが、
たいした病気をするでもなく
日々たのしく暮らしている。
ネコも、自分たちも。
大人ネコになって、
ナスビ型の体型がネコとしての敏捷さに
やや欠ける要因になっているような気もするが、
まあ、いいのである。
そいうい事を含めて
ウチのネコが一番かわいい、と
飼い主って思うもんなんだろうな。
な、フク太郎。

2008/11/08

チーズマカロニ。

7s_175

アメリカの小説を読んでいて
食事のシーンがでてくると、
いつも気になる食べ物がある。
たいがい時間がないなか、間に合わせ的なメニューとして、
母親がこどもに用意したりするのだ。
それがチーズマカロニである。
もう、名前を聞いただけで味が想像できるような
なげやりな雰囲気のある料理なのだが、
なんでだかいつ目にしても、
うまそうに思えてしょうがないのである。
ああ、食べてみたい、と思うのである。
味が想像できる、とは言いつつ、
チーズがマカロニにどうからんでいるのか、
そのマカロニは茹ですぎで柔らかいのだが
そのフニャっとした歯触りが
チーズの濃厚な味とすごくよく合うのではないか、
などと、想像がふくらむのである。
そんなチーズマカロニに対するあこがれを
胸に秘めつつ生きてきたある日のこと。
輸入食材などを扱う店で、
このチーズマカロニセットを見つけたのである。
マカロニと粉末状のソースがセットされているもので
ゆでたマカロニに、
牛乳でといたソースをからませればできあがり
という簡単なレシピである。
ああ、これがチーズマカロニ、
想像していたとうりのチープそうな食い物だ。
もうわくわくしながら、買ったわけである。
ちなみにマカロニはバニー型の
やたら複雑なカタチのもので、
アメリカ製とは思えない芸のこまかさである。
ま、ゆでてソースにからませると
全然ウサギには見えないんだけども。
家に帰ってさっそくつくってみた。
味は…。チーズマカロニの味である。
想像したとおり。
ああ、でもその想像したとおりの味であることが、
とてもうれしい。
そんな複雑な思いのチーズマカロニであった。

2008/11/06

カウチンのカーディガン。

7s_174

むかし会社の同僚に、
着る服の多くが赤である、という奴がいた。
男である。
当然赤が好きだから、赤を着るのであるが、
いちど聞いてみたら、下着のパンツも赤ということだった。
まあ下着は他人からは見えない訳で
何色をはこうと本人の好きにしてもらってかまわないわけだが
冬のコートも赤だと、さすがにすこしお間抜けに見える。
こだわり、というのはその加減が難しいものだ。
なんだか、あまり好意的でない書き方なわけであるが、
それはたぶん、赤という色が、
その同僚より自分のほうが似合うと思っていたからなのである。
なにを張り合っているんだか。
でも自分でいうのもなんだが
ほんとうに赤は自分に似合うのである。
赤という色が好きではあるが、
別に着るもので赤を選びたいとは思わない。
けれども試着すると他の色より断然赤が似合うのである。
ツレもそう言うし。
直線的な、単純な構成の顔立ちのせいかね。
でも似合からといって赤い服を買う事はあまりない。
着る機会が限られるので。
でもこのカウチンのカーディガン、
古着を扱う店の店頭に並んでいたのであるが、
試着してみると、ああすごくぴったりである。
古着のせいか、赤の色もこなれてみえる。
カジュアルなものだし、
たまにはいいか、と、買ってみた。
なにしろ、似合うんだ赤が。

2008/11/04

エディアールのアップルシナモンジャム。

7s_173

自分が子供の頃、
ケーキは日常的なおやつではなかったので、
たまにケーキを買いに、
近くの洋菓子店にいくときなど、
目移りしてなかなか決められないのであった。
ケーキ代を母親から渡され
道すがら何にしようか考えるのだが
たいていいつも、
ショートケーキかそれ以外の何か、という選択で迷うのである。
やはりケーキといえば、
まっしろでフワフワのスポンジケーキが王道のようにも思え、
また大事なのが、見た目のボリューム感で
その点でもショートケーキは
いちばん満足度が高い気がするのだった。
出がけには、いちおう父親や母親が何が良いかたずねるのだが、
決まって返事はアップルパイなのである。
えー、またアップルパイかー、と
自分が食べるわけでもないのに、
ちょっとがっくりしたり。
こどもにとって、
地味な見た目のアップルパイは
ハレの日の食べ物感がうすいし、
洋酒がきいた味は、
ケーキ=甘い=おいしい、という
こどものお菓子法則からするとやや変則的で、
やはりベストな選択とは言いがたいのであった。
そんなこども時代ではあったが、
おとなのいまは、
あたりまえにアップルパイは好きである。
おいしいなアップルパイ。
それで先日、朝食用のジャムを買うのに
いつもマーマレードばかりではあきるので
アップルシナモンを買ってみたわけである。
アップルパイの味。うまい。
寒い季節の朝食にはぴったり、の味だ。

2008/10/31

Cinema Table。

7s_172

ぜいぶん昔の話だけれど、
「ひまわり」という映画を見たときに、
とても印象に残ったシーンがあった。
それはソフィア・ローレン演じる主人公が
食事をしている場面なのである。
イタリアのふるい農家のような家のがらんとした台所に
おおきな、そっけない印象のテーブルがあり、
主人公はそこにひとりぽつんと座り、
こころここにあらず、という感じで
祖末な食事をしているのだ。
白い皿にはいった野菜スープのようなものと、
パンが一切れテーブルのうえに直に置いてある。
そして何か透明な飲み物のはいったグラスがあるだけだ。
その透明な飲み物は、たぶん水だろうし、
スープの具は少なく、
パンはもう堅くなっているような感じだ。
主人公はあくまで義務的に食事をとっているだけ…。
そんなシーンなのだけれど、
観ている自分は映画のストーリーとはべつに、
その食事がどんな味なんだろうと、たべもののほうにも
心を奪われていたのである。
なんでだか、その祖末な食事がとても美味そうに見えたのだ。
このCinema Tableという本は
「映画の中のレシピ」という副題がついていて
映画にでてくる料理のレシピを紹介するとともに
その料理と、
映画の世界観(映画のシーンそのもの、ではなく)を、
写真で再現した本である。
だから料理本でもあり、写真集のようでもある。
はじめて本屋でみつけたときに、
おもわず表紙の写真に目が引きつけられた。
あまりにも自分の嗜好にあった写真だったもので。
写しているモノも、写真のトーンそのものも。
だからすぐ買ってしまったわけだ。
奥付を見てみると、
スタイリング 岡尾美代子、
写真 高橋ヨーコ、とあった。
なるほど。

2008/10/29

アーガイル柄のカーディガン。

7s_171

チェック柄に対する偏愛ぶりはあいかわらずなのだが、
あんまりチェック柄ばっかり増えても
ベイシティローラーズじゃないんだから。
なんて思って、たまには
アーガイル柄のカーディガンを買ってみた。
でも身頃じゃなくて袖がアーガイル柄なのである。
ちょっと変。
でも、トラッドなアイテムなのに
少しだけ「おかしな」感じがあって、
そこがいいと思ったわけである。
なんだか、自分のなかでは
袖に柄がはいっている服というのは
アルルカンというイメージがあるんだけど。
アルルカンはピエロなわけだが、
ピカソの初期の作品に、
そのアルルカンを描いたものがあって
かすかな記憶では、そのアルルカンが
こんな袖だけ模様のはいったような服を着て、
寂しげな表情を浮かべていたような気がするのだ。
だから「おかしな」印象があるのかも知れない。
かなりいい加減な記憶でなんだけど。
そういえば、映画「ストレンジャー・ザン・パラダイス」でも
主人公の男が、なんだか馬鹿げたくらいおおきなアーガイル柄の
カーディガンを着ていたような記憶が。
あれも「おかしな」感じだったな。
「ダサい」のにカッコいいような。
アルルカンも、その主人公も痩せぎすで、
服のなかで、体がすこし泳いでいるような雰囲気で、
もしかしてそういう着こなしがカッコよかった、のか。
あれ、そうだとしたら、
逆をいく体型ではないか、自分…。

2008/10/27

リップモイスチャライザー。

7s_170

空気が乾燥してくると
なんだかすぐ唇がぱっくりと割れてくる。
寒い季節はそれがけっこう憂鬱だったりするわけだ。
でも会社などでまわりを見わたしても
リップクリームなんて
つけてもいないような男性はけっこういるのだが、
こういうのはけっこう個人差があるんだろうか。
彼らは唇がぱっくり割れたりはしないのだろうか。
自分なんて、リップクリームは手放せないのだがな。
不思議である。
そして10月ももう下旬。
今年用のリップクリームを買っておかねばと
先日薬局に行ったのである。
リップクリームなんて、
どんなものでもいいような気もするのだが
いざ選ぼうとすると、迷うわけだ。
品質はあたりまえとして、やっぱり
パッケージも気になるのである。
なんか中年男性が持ってもおかしくないリップクリームって、
選ぶのが難しくはないだろうか。
そんなことを考えるのは自分だけか?
あいかわらずの自意識過剰か。
などと、売り場を見渡していたら
『氷点下の極寒の海の過酷な環境で働く
ノルウェーのフィッシャーマンの手肌・唇を守るために
開発されたノルウェーフォーミラ シリーズ』という文言が、
ロープを握りしめる無骨な漁師の手の写真とともに。
おお、これはいいではないか。
白地に赤とブルーを使った配色が
とても「マリン」な雰囲気だし、
男のロマン的でもある。
ノルウェイだから北欧デザイン的でもあるぞ。
ていうか北欧そのもの。
という訳で購入したニュートロジーナのリップクリーム。
でも、あとから気がついたのだけれど
自分は男性用として売ってるものと思い込んで購入したのだが
どうもそういう訳ではないらしい。
でもなあ、漁師の手の写真がさ、かなり男っぽかったんだけど。
女のひと、自分のように
男性用だと勘違いするのでは、
と、すこし心配。

2008/10/23

水晶。

7s_169

長さ5cmほどの大きめの水晶。
ツレが買って、自分の机まわりに飾ってあるものだ。
水晶って、なんかパワーがあるんだったろうか、
身につけると幸せになるとか。
邪悪なものから守ってくれるとか。
自分はきわめて現実的な人間であるので
そのへんのことにあまり興味はないのだが
それでも、これくらいの大きなかたまりをみると
それなりの存在感を感じるな。
なんていうか、
とてつもなく長い時間をとじこめてあるような
そんな神秘さか。
それを言ったらそこらへんに転がってる石でも
おなじようなものではあるが。
水晶の場合、やはり透明であることがポイントか。
透明であるということは
それだけで神秘的な要素があるのかも。
…と、ここまで書いて気がついたが
この水晶も、「透明」で「ごろっ」としているものである。
気がつけば、自分の『好き』のツボに
はまっているものなわけだ。
なーんだ、そういうことだったか。

2008/10/21

花森安治の編集室。

7s_168

こどもの頃、
実家の茶の間にはいつも、暮らしの手帖がおいてあった。
たぶん母親か父親が買ってきていたのだと思うが、
いつも「ある」ことがあたりまえすぎて
誰が買っていたのか、いつから買っていたのか、
あらためて考えると
なにも知らないことにちょっとびっくりする。
自分が何歳から読み始めたかもあいまいなのだが
こどもが読むような内容ではないにもかかわらず
けっこう小さいころから読んでいたような気がする。
こどもごころにも、その雑誌の独特な雰囲気というか
編集方針、のようなものを感じていて
ぜいぶん生真面目な雑誌だと思いつつ読んでいた。
商品テストの記事など、
たいへんな労力であることが、こどもでも想像でき
雑誌全体を構成する柱のようなものが
じんわりと伝わってきた。
でもそんな質実剛健な記事だけでなく
「婦人雑誌」ならではの読み物もあって
そのなかでとくにしゃれていたのが
増田れい子というひとが書くものだった。
どういう素性のひとなのか
いまもってまったくわからないのだが
海外に居住しているひとのようで、
(もしくは、そう錯覚させられるような雰囲気で)
むこうでの暮らしのあれこれを毎回書き連ねるのだった。
『街の靴屋で、しゃれたカフェオレ色の靴を買って…』という話は
いまでも覚えていて、
この記事ではじめてカフェオレ色という、
色の表現を知ったのだった。
そんな、暮らしの手帖という雑誌の『色』は
編集長である花森安治というひとによって
つくられていたのを知ったのは
ぜいぶん大人になってからだ。
『花森安治の編集室』という本は
暮らしの手帖社に在籍したある編集者が
花森安治のことを中心に
当時の編集室のようすを綴った本である。
こどもの自分が独特な雰囲気と感じていたものは、
やはり『つくる』ということにたいしての
花森安治の、情熱と、
強い信念によるものであったのだな、と思う。

2008/10/19

発泡酒の栓の、留め金の、ようなもの。

7s_167

辛口のスパークリングワインが好きである。
スパークリングワイン=人生を謳歌しているっぽいお酒、か。
自分のイメージとしては。
自分ていうか、ふつう誰でもそうか。
いいなあ。幸せな感じだ。
『シャンパーニュが好きである』とは書かないところが、
自分の分をわきまえている、というか
身の程を知っている自分、でもある。
先日、伊勢丹で
手頃な値段のスパークリングワインを買った。
買って帰って飲んで食べて、
さあかたづけようというときのこと。
ふと、先ほどあけた
スパークリングワインの留め金をみてみると、
これがちょっとかわいいのである。
水彩のようなタッチで
民族衣装のようなものを着た
男女のイラストが描かれており、
なんだかお土産テイストである。
これはどこの衣装だろう。スペインのようでもあり、
オランダのようでもあり、ブルガリアのようでもあるが。
こういう、偶然発見したかわいげなモノは
とっておきたくなるものだ。
どうせいつかはすててしまうんだけどな。
すこしのあいだ飾っておくことにする。

2008/10/16

旧古河庭園。

7s_166

あまりこまめに出歩くタイプでもないので、
休日はいつも代り映えのしない過ごしかたをするのだった。
それでも、一日は休日出勤したとはいえ
三連休ということもあり、
どっか行ってみようということになり、
前から興味のあった旧古河庭園にいってみた。
この庭園には洋館があり、以前写真でみてその佇まいが良かったのと
バラ園があるので興味をひかれていたのである。
東京でも北のほうはあまりなじみがないので
気分的には距離感があるのだが、
実際いってみると地下鉄で一度乗り換えるだけである。
そして、秋バラのシーズンというわけで、
大勢のひとでにぎわっていた。
バラは三分咲くらいだが、すっきり晴れた秋空とともに
写真に撮ったら、総天然色という感じであるな。
洋館は、見学には事前申し込みが必要で
外から眺めるだけなのだが
ツレに言わせると、
名探偵コナンにでてくる洋館のようだとのことである。
うちのツレはコナン好きなのか?
人が少なければな、もっとよかったのにな。
言っても詮無いことではあるが。
そういえば駒込駅で降りて
小松庵という店で蕎麦を食べてから
ここにきたのだが、
その小松庵のそばがとても美味かったのである。
安くはないのだけれど
ボリューム、質ともに満足感ある内容。
生ビールも、キンキンに冷えていて
かなり幸せなお昼ご飯であった。
あーまた行きたい。

2008/10/14

スリップウェアの器。

7s_165

松江から電車で二駅ほどのところに
湯町窯はある。
ガイドブックに小さく案内が載っていただけで、
さして期待していたわけでもなく、
窯元に行くこと自体がものめずらしいので
旅行の最終日にちょっと立ち寄ってみたのだった。
予備知識はまったくなかったのだが
湯町窯はスリップウェアと呼ばれる食器で有名で、
ウチにある、備後屋でいいなと思って買った
同じような模様の角皿も
どうやらこの窯のものらしいではないか。
なんという偶然。
そんなわけで、
並べてある器は好みのものばかりで
目移りして困ったのであったが、
けっきょく、30cmほどの角皿を購入した。
ある意味クレジットカードが使えなくて幸いであったな。
湯町窯の開窯は大正11年だそうで、
先代が民芸運動に参加していて、
河井寛次郎、棟方志功とも関連があったらしい。
店の2階がちょっとした展示コーナーになっており
作品が展示してあった。でもけっこう雑に。
高いものなんだろうに、のんびりしたものである。

自宅に戻り、買った器をちょっと飾っておこうと思い、
ソファの前のセンターテーブルに置いてみた。
なんだかとてもいい感じだったりして。

2008/10/09

足立美術館。

7s_164

ジャーナルオブジャパニーズガーデニングという
日本庭園の専門誌がアメリカにあるんだそうだ。
そのJOJGの『優れた日本の庭園ランキング』で
2003年以降グランプリを獲得しているのが
この足立美術館の日本庭園なのだそう。
日本庭園の専門誌、しかもアメリカの。ってどうなんだ。
権威があるのか。ないのか。
しかも、ランキング二位は桂離宮。
知名度が質に比例するわけではないし、
既存の評価が未来永劫続くわけでもないが
この結果はまあ大胆といえば大胆。
決してこの美術館をチャカしているわけではないし、
そもそも桂離宮だって自分の目で見た事はないのだが、
桂離宮を超えた、ってすごくないか。

足立美術館は、
以前ブルータスの美術館特集で見かけて気になっており、
まあ、園芸好きであるので
その庭園が有名だという存在が不思議でもあり興味をひかれ、
今回の旅行で松江までいくついでに立ち寄ったのである。
この美術館、もとは個人のコレクションがベースになっており
横山大観のコレクションが有名らしい。
率直に言って横山大観にあまり興味はなく、
サブ的な展示としてあった
河合寛次郎と北大路魯山人の
陶芸のコレクションのほうが自分にとってはおもしろかった。
とくに魯山人の、大鉢に椿を描いたものがあって
それがとても良かった。陶芸の良しあしがわかるわけではないが
好みにあうものを見る事ができるとうれしいものである。
欲しいぞ。本当に。買えるとしたらいくらなんだろうな。

さて肝心の庭園なんだが。
スケール感があって見事であった。
しかし、
天気が良すぎていまひとつ情緒に欠けたのと、
自分の好みからすると、やや人工的すぎるかなあ。
写真まで人工的な色に撮れてしまった。
エイジングというか
ちょっと自然の手が加わったほうがいいのでは、と
造園の素人は思った次第。
あと。
入場料¥2,200って、高くないかなあー。

2008/10/07

一畑電車の駅。

7s_163

出雲大社と松江の間には
一畑電車という私鉄が走っている。
このあたりを車を使わないで観光する人たちは、
ほぼみな利用するような電車だ。
一時間に一本。2両編成で走る電車は
とてものんびりと田園風景のなかを進んでいくのである。
とはいっても、車内では
高校生がケータイでメールするのに忙しいという
どこでもかわらない風景が展開するのであるが。
そんな一畑電車の、
出雲側の始発駅が出雲大社前駅である。
この駅が、かわいいんだ。
わかりやすく言ってしまうと、
レトロ感あふれる駅舎なのである。
天井はちょっと教会を思わせるドーム状で、
四方にはステンドグラスがはめ込まれ、
にぶい明かりを放っているのである。
木製のベンチがちんまりと行儀よく並べられた
待ち合いスペースに座ってぼーっとしていると、
一時間ちかい待ち時間も
あまり気にはならない。
できた当時はさぞかしハイカラな建物だったんだろうなあ。
ぐうぜんこういう建築物をみつけるは楽しい。
ちょっと外国の田舎の小さな駅に
紛れ込んでしまったようなような
楽しさである。

2008/10/04

稲佐の浜。

7s_162

もう秋だというのに、
いまごろになって夏期休暇などを取得している自分。
そして海。
おもわずトワ・エ・モワの唄を思い出すではないか。
寂しいぞ。トワ・エ・モワを思い出す自分。
いやべつに寂しくはないか。
寺社仏閣のたぐいが好きなので
旅行で出雲大社に行ってきたのであり、
その出雲大社の近くに、
この稲佐の浜というところがあったという話である。

旧暦の十月には八百万の神々が、この浜から
出雲大社にやってくるらしい。
全国から神々が出雲に集まり
出雲以外のところでは神がいなくなる、
なのでその月を、神無月と呼ぶのだそうだ。

へえー。

へえー。
だけどそんなことを下調べして、
興味があってそこへ行ったわけではなく、
出雲大社を見学したあと、
まだ時間があるので地図に載っていたこの浜まで
てくてくと歩いてみただけだ。
自分のもっているステレオタイプな日本海イメージとは
ぜいぶん違うその渚は、
暑くもなく、寒くもなく、
しずかに眠ったような波が打ち寄せて、
体からチカラが抜けて行くような
じつになごみの空間だったのだ。
波をみつめてぼーっと立っているのが
とても気持ち良かったなあ。
旅行中、そういう空間・場所に出会うのは
うれしいことだ、という話。
いつでも巡り会えるわけではないのでね。

2008/10/01

ブックカバー。

7s_161

吉祥寺に買い物にいった。
家からだと都心方向と反対に位置することもあり
わざわざ出向くことはそれほどないのだけれど、
前から存在だけは知っているが実際にいったことのない、
いまどきな感じの古本屋があって
いちどのぞいてみたかったのだ。
それに井の頭公園を散歩してもいいかとも思い、
ふと思いついてでかけたのである。
その古本屋では、興味をひかれるものを
2・3冊買う事ができ、気分的に充実した買物ではあった。
さて、本を読むとき、とくに単行本だと
そのまま読むのはちょっと気になるのである。
けっこう扱いが乱暴だったりするもので。
自然に汚れていくぶんにはなにも問題はないのだけれど
『汚してしまった』感じはやはりどうも。
そんなわけで、その古本屋で買ってきた本にも
なんかカバーをしてから読もうと思ったのである。
棚のなかの、店の袋などをしまってあるところをあさり
手触りのよさそうな、シンプルな袋をとりだし、
はさみで切り開き、本をくるんでみた。
単純に汚れ防止用にしたカバーだったのだが、
その雰囲気がなかなか良かったのである。
袋の紙の折りあとや、控えめにはいった英文字、
すこしざらっとした質感などが
ちょとアンティークのような味をだしているわけだ。
まあ、まったくたいした事ではないのだが
こういうときは、ちょっとうれしい。

2008/09/28

ケストナー、飛ぶ教室。

7s_160

「飛ぶ教室」といのは、
よく知られた児童文学作品らしい。
自分はまったく知らなかったのであるが、
とある機会にその題名を目にして、
心にひっかかっていた。
そしてある日、本屋にいって文庫の棚をみていると
その「飛ぶ教室」が目に入り手に取ってみたのだった。
同じ寄宿舎で暮らす5人の少年たちの成長を描くこの本は、
感動的であり、おもしろかったのだが
もはや人生の後半に片足をふみこんでいる自分には
児童文学はあくまで児童文学しかないといった感じである。
夢のない話だが。
しかし、はじめて「飛ぶ教室」というタイトルを聞いて
なにが心にひっかかったかというと、
なんていうか、本好きの子供ならかならず読んでいるような
書かれかたをしていて、
『おとなになってもその感動がこころに残っている』的な
ニュアンスがあったからである。
『じゃあ自分がこどものころって、何読んでいたんだっけ』と
「飛ぶ教室」をしらない自分が、
なんだかこころもとないような気分になって、
それで気になっていたのだった。
へんな例えだが、歌謡曲やアイドルの曲を
嬉々として聞いている自分の住む世界とはべつに、
洋楽を聞くのがごく普通の世界に住んでいる
同年代の子がいるのを知ってしまったショックに似ているというか…。
「飛ぶ教室」は踏み絵みだったのか、
何の、踏み絵かは知らないが。

2008/09/26

臆病ネコの不思議。

7s_159

住んでいるマンションは、
いま大改修の真っ最中である。
ベランダには職人さんがはいって床のシートをはがしたり
壁に穴をあけたり慌ただしいことこのうえない。
さて、うちのネコであるが、
たいへん臆病もので、玄関側の外廊下で人の声がしたり
チャイムなど鳴ろうものなら、
一目散にベッドの下にもぐりこむようなやつなのである。
だから、改修工事なんか始まったらストレスで病気になるのではないかと
心配していたのであった。
ところがどういう訳か、
バルコニー側での物音や人の気配にはまったく動じる気配がない。
むしろ興味津々なようすで、
カーテンのすきまから職人のおにいさんをのぞいたり
楽しげでさえある。
これはバルコニーにカラスがとまったり、虫がいたりすると
大はしゃぎなのと一緒なのだろうか。
バルコニー側であればお兄さんも虫みたいなもんなのか。
部屋の東側と西側と、ネコにとっては
おなじ外界ではあっても違う世界のようである。
玄関側はなんとなく警戒すべきところなのか。
バルコニーは自分の世界、なんだろうか。
まったくもって不思議。

2008/09/24

バナナの朝食。

7s_158

ツレが「バナナダイエットを始める」と言いだした。
それはどのようなものかとたずねたら、
朝食にバナナと水を飲む、というダイエットなのだそう。
それ以外は制限はないということである。
そんなことでダイエットになるのか疑問だったので
その情報源は?と聞いたならば、
テレビで森公美子が紹介していたそう。
説得力あるような、ないような。
まあ、自分のことではないしどうでもいいことだ。
そんな訳でいま我が家にはバナナが豊富なので
自分の朝食もバナナにした。
休日は起きる時間が違いひとりでのごはんなので、
面倒で紅茶もティーバック。
でも、なんかあまりにも無精かと思い、
バナナを皿にのせてみた。
カップとバナナが黄色、
ティーバックもリプトンでラベルが黄色。
意図したわけではないけれど
それがちょっときれいだったのである。
バナナがもう少し熟れていて
すこし黒っぽいところがあれば、
もっときれいだったかもな。
ま、ささいなことではあるけれど
そういうことを感じる「気分」というものは、
悪いものではないと思うのであった。

2008/09/22

コムデギャルソンをつくる。

7s_157

コムデギャルソンの服が好きである。
自分が実際に着るかどうか、ということとは別に。
そして服そのものだけでなく、
その作り手である川久保玲に、
ファッションという括りのなかだけでなく、
ひろくクリエイターといわれるような人たちのなかで
とくに興味を覚えるのだ。
逆に言えば、ファッションという身近な分野での
創造性だからこそ、
そのすごさが、ファインアートの世界よりも
よりクローズアップされるようにも思う。
しかし興味を持ちつつも、
川久保玲というひとは取材嫌いらしく
インタビューなど「生の話」を聞くことがない。
あまり表舞台にでるタイプのひとでは無いようなのだ。
そんななか、
イラストレーターである大橋歩のつくる雑誌
「アルネ」最新号の特集に、
川久保玲との対談記事が載っていた。
「…しょっちゅう考えています」
「…止まって休まない、もどらない。休むとできなくなる」
そんな、ナマケモノが聞かされたらうんざりするような
川久保玲の服づくりに関する発言がいろいろでてくるけれど、
高い創造性というものは、やはり惰性的な生き方からは
生まれないということがズシンと響いてくるような。
べつに自分と川久保玲を比べるわけではないが、
怠けるのが好きな自分は川久保玲のようにはなれないなと
しみじみ思った次第である。
そんななかで、
「自分の目の価値観で決める。それが一番ポイント」という
言葉があり、これだけは自分でも(たとえ表面にはださなくても)
やれることだと思った。
というか、せめてそれくらいの意識は
いつも持ち合わせていたいという願望でもあるのだが。

2008/09/19

ホーローのランプシェード。

7s_156

ホーローのランプシェードは好きだ。
なんでかなと思ったのだが、
たぶんそれは、ル・クルーゼの鍋をいいと思うのと同じで、
すこし土臭い、無骨なイメージが
モノとしてのぬくもり感につながるからだろう。
なんか「まっとうな暮らし」って感じがあると思うのだけれど。
ややサイズの大きめなものが、天井から下がっていると
とくにモノがすくない我が家では
(人からはそう言われる。自分では思わないんだが)
空間のアクセントにもなっているような気がする。
ほんとうは自分の好みから言えば、色は黒のほうが好きなのだが、
この部屋は白いものが多く、
ちょと黒だと浮きそうなので白を選んだ。
というか、ツレの部屋なので
そもそも自分に決定権は無いのだが。
買ったのは原宿にある某有名雑貨店である。
「某」なんてつけなくても、と思うのだが、
なんか実店舗名を出すのは恥ずかしいのである。
なんでだ?
男の照れか?
いまさらという気もするが。
「雑貨好き」と思われるのがいやなのかも知れない。
いや、雑貨は好きなんだけどね、
雑貨という括りで語られると
ちょっとイヤっていうか。
面倒臭いヤツ。

2008/09/17

バンビのピルケース。

7s_155

女性の友人の部屋へ
ツレと一緒に遊びにいったときのことである。
失礼とは思いながら興味津々で
部屋のなかにあるものなどを眺めていたら
ふと目に入る陶器の人形…。
「これってさぁ、もしかして…」
「リヤドロよ。」
「おお、やっぱり。で、リヤドロなんてどうしたの」
「買ったの。良いでしょ」
「うん…。」
リヤドロ。名前だけは知っているが
まさか、こんな身近で目にすることがあろうとは。
こーゆーものはどんな人たちが買うのであろう、というのが
自分の長年の疑問であったのだが、あっけなく解決してしまった。
うーん、リヤドロを自ら購入する人間と
自分は友人だったわけだ。それもかなり親しい。
他人の嗜好なんてわからないものである。
とは言っても、べつにリヤドロをけなしているわけではない。
ただ、いかにもキレイ・カワイイといった感じの
人形の顔の表情がいまひとつ好みではないかなあという感じ。

そして先日、ツレとふたりで買い物をしていたら、
ある店の店頭に陶器製のバンビモチーフのピルケースを発見。
高さ7cmほどで、ちょっとクラシックな雰囲気もあり
二人して目を引き寄せられたのであった。
バンビでかわいいのにかわいくないのである。
目が…。
他の部分の彩色にくらべていきなり雑な目の彩色は
なぜだかスミ1色で、つぶら、というよりサメのような目である。
性格がとても悪そうである。
あー、言うまでもなく目が人形にこころをいれるというのに
目がいちばん雑ってどーゆーこと。
と、憤ってみせつつ
いかにも粗悪品といったキッチュな仕上がりにひかれて
お買い上げ。でも600円。
これは良い買い物をした、
といっていいものだろうか。

2008/09/14

ZUCCAのショッピングバッグ。

7s_154

以前、南仏を旅行したときのこと。
マルセイユの近くのカシという小さな町に滞在したことがある。
南仏の、そこからずーっと海沿いをいけば
あのニースにも辿り着くわけだが
カシはどちらかというと地元の人が集まるような
海水浴場といった感じで派手さのまったくない素朴なところだった。
泊まったホテルでは朝食を頼まず
毎朝ちかくのカフェにいって、道ばたのテーブルに座り
ぼーっと朝の街の様子をみながら
コーヒーを飲んでいたのだった。
その時間帯は、地元のひとの
朝の買物時間でもあるらしく、
カフェの前の道ばたで
けっこう井戸端会議が開かれていた。
よくみると、おばさんだけでなく
けっこうおじさんもいて、
楽しそうに話をしている。
夏のことで、それらのおじさんたちは
ボーダーのシャツに短パン、エスパドリーユと、
まるで写真集のなかのピカソそのまんまのカッコである。
そして手にはおおきなカゴを持っており、
買ってきたらしいバゲットが無造作に放りこまれていたりして
その買い物すがたのカッコ良さに
おおっと感動したのであった。
そんなおじさんたちに感動するくらいだから、
自分の日常生活のなかで、
スーパーに買い物にいくのも嫌いではないし、
手提げをもっていくのも別に気にならない。
最近はよくZUUCAのビニールバッグを持っていく。
マチがひろくて沢山モノが入るし、
取手が太めなので荷物が重くてもわりに楽である。
色と素材も男子仕様という感じもあり。
このバッグ、ムック本の付録なのであるが、
ま、正直に言って本の中身より
このバッグが欲しかったので買ったのである。
オマケっぽいのって、なんか惹かれるな。

2008/09/10

ネコの開き。

7s_153

そろそろ秋刀魚の季節だ。
(だよな?ちょっと自信がないのだが)
秋刀魚はうまいが、
どちらかというと、生よりも
開いてかるく干してあるほうが好きなのである。
生の秋刀魚を焼いたのもうまいのだが
ときどきちょっと生焼けっぽいところがあると
それがどうにも苦手なのであった。
軟弱なやつ、と呼んでくれてかまわない
事実を認めるいやぶさかではない。

さて、それが写真となんの関係があるかといえば
まあ、とくに関係はないのだが
開き、みたいになっているネコが一匹、
テーブルにのっていたもので。
開きつながりということでひとつ。
これはなあ、どうなんだろう。
リラックスしているということか?
どうにでもしてってことか?
自分には、『どうにでもして』に見えるので
とりあえず腹のあたりを
ぐるりんぐるりんしてやるのであった。
グフグフ言ってるので
とりあえずよろこんでいる、
ような気がする。

2008/09/08

クレマチス。季節外れの

7s_152

この秋、
住んでいるマンションの大規模改修がある。
我が家には20平米ほどのルーフバルコニーがついており、
そこに植木鉢を置いているのだが、
改修には当然ながらルーフバルコニーも含まれるわけで、
その植木鉢をどうにかしなければいけないわけだ。
だが。
どうにかせよ、って言われてもどうにもできないぞ。
オリーブの植えてある大鉢やらなんやら、
重さを考えてプラスチック製の鉢にはしているが、
もう、ひとりでは動かせない。
おまけに50鉢近くあるというのに。
そんなものをかたづける体力は
今の自分には、無いっ。
だから移動とかは
業者を手配してやってもらうしかないだろう。
はあ、いくらかかるんだか。
そして、移動は業者にやってもらうにしても、
運びやすいように
下準備はいろいろやっておかなければならなく、
鉢のボリュームを小さくするために、
8月から剪定をしているのだった。
ツルバラなどは2・3mにのびている枝を、
50cmほどに刈り込んだり。
ゆるせバラよ、という心境である。
クレマチスもあって、
やはり伸びてモシャモシャしている枝を
根元まで刈りこんだのであった。
そしたら、8月末の涼しさも影響したのか
短く刈り込んだ枝から新芽が伸び始め
とうとう花まで咲いてしまったのであった。
そしてその小さな花は、
バルコニーの片付けで疲労したこころを
やさしく癒してくれるのであった。
せっかくだからなと思い、
枝を手折り空きビンに生けて和んでいたら、
次の日の朝には、なくなっていた。
むろん、犯人はしっぽのあるアイツである。

2008/09/04

ペットの消臭剤。

7s_151

ネコを飼っている。
ネコは無臭であり、いわゆるケモノ臭さがない。
うちのネコなんか無臭どころか
シッカロールの匂いがするぞ。
背中に顔をうずめてクンクン匂いを嗅ぐと
うっとりしてしまうくらいだ。
そんな香しいうちのネコではあるが、
トイレはやはり別の意味で香しく、
消臭剤は必須である。
それにしても、この手の消臭剤、
パッケージはこってりというか派手派手しいものが多く、
部屋の目につくところに置いておくのはどうも、
というものが多い。
商品は機能性が高いのはもちろんで
プラスその佇まいにも魅力が欲しいと思うんだけどな。
この消臭剤は、アメリカからの輸入品で、
デザインもカラーもかなり落ち着いた品のいいパッケージである。
こんなパッケージなら、
室内にそのまま出ていても目障りにはならないだろう。
ベースの色はやわらかなベージュで、
あとは黒色と赤が少々といったカラーリングが
シンプルだけど決して印象が弱いわけではなく
いいパッケージデザインだと思うのだった。
百貨店の『オシャレペット用品店』で買ったというのが
すこし恥ずかしくはあるのだが、
やはり、オシャレものは
オシャレを提供する店でしか売っていない
というのが実際のところなわけだ。

2008/09/02

トースト with メープルシロップ。

7s_150

朝食はもっぱらパンである。
しかしとくにパン好きというのではなく、
朝は時間がないので、
手早くすませるにはごはんよりもパン食、というだけの話。
とは言ってもやはり好みの食し方はあって、
メープルシロップをつけて食べるのが好きなわけだ。
かなり積極的に好きかもしれない。
もちろんバター付きで。
しかし『カロリー』または『コレステロール』など
カタカナ語が気になる今日この頃、
バターは『バター1/3』という低コレステロールタイプのものだし、
メープルシロップも表面にうっすらと塗る程度である。
健康は大事。
でもなあ、こういうものは
『どかっ』とか『どばっ』とかつけて食べるほうが
ぜったいうまい。
中途半端な量だと逆に不満感だけが残る。
どういうわけかメープルシロップだけは、
皿にこぼれたのをすくって食べるくらいが
自分では適量に思えるのである。
思うだけで日頃は節制しているわけではあるが。
そんな自分はちょっとえらい。
と、自分で自分をほめるのがダイエットのコツである。
あれ、自分ダイエット中だったのか。
そうなのか。

2008/08/31

ネコは入る。

7s_149

箱。
ネコはふつう箱好きと決まっているらしいが、
うちのネコは箱に対してあまり積極的でない。
むしろまったく興味を示さないことが多くて
飼い主の夢をこわす憎たらしいタイプである。
しかしどうだろう。
今回のペリエの箱はいたくお気に入りで
このところ暇さえあれば箱のなかでくつろいでいるのである。
不思議なことに、
いままでよく買っていたライムフレーバーの
ペリエの箱には一度も入ったことはない。
ライムフレーバーのペリエの箱は、
全体が鮮やかなライムグリーンで
派手でポップな感じなのだけれど、
その浮かれた色が嫌だったのか。
この唐草模様の風呂敷のような
地味なグリーンが落ち着くのか、おい。
ま、ネコは色を判別できないと、
なにかで読んだ記憶があるので
色は関係ないのだと思う。
この箱が固めの段ボールであることと、
天面がフルオープンでなく、ひさし状になっているので
その閉塞感がたまらないのかもしれない。
箱に近寄っていくと、
頭をひっこめ耳をヨーダのようにして
隠れているつもりなのがかわいい。
かわいい、といいつつ
こんなふてくされた表情の写真を
選んでしまうのは何故だ。
歪んだ愛情と、
言ってくれてかまわない。

2008/08/28

ツェツェのグラス。

7s_148

こういうものは磁器というんだろうか。
実は陶器と磁器の違いさえよくわかっていないのであるが、
堅いのが磁器で陶器は柔らかい?素材が土と、土でないもの?
その認識はあっているのか。
まあ、分からなくてもそれほど差し支えはないので
とりあえずほっておくことにする。
知らないことなんて山ほどあるからな。
そのことを自覚してさえいればいいのである。
(ほんとうはよくない)
で、この器なのだが内側は白く、
外側が鏡面処理がしてあって、まわりのものが映り込むのであった。
あまり実用的なデザインではない。
カタチは手に馴染むし使いやすそうなのだが
手に持つと指紋がついて目立つのがどうも自分としては
気になるのである。
それでも、白い食器のなかに
ぽつんとひとつあったりすると、
シンプルななかにも
リズミカルな雰囲気がでたりするように思うのである。
そういった意味ではスパイスのような器なのかもしれない。
もともとツレが買ったもので
秘かに『自分の趣味ではないかも』なんて思っていたのだが
なれるといい感じに見えてきた器でもある。
第一印象なんてあんまり当てにならないものだ。
というか、自分の第一印象に
あまり自信がなかったりするのである。
モノでも人でも。
『見る目が無い』ってかっこ悪い…。

2008/08/25

50000アクセス。

7s_147

なんだか気がつかないうちに、
カウンターが50,000を超えていた。
『ああ、ごまんあくせす…』と、ひとりこころの内で
ちいさく手を叩いたのである。
淡々とした内容を目指しているので
こういうことを書くのもなんなのだけれど、
ちょっとうれしかったということは事実なので
素直にうれしかったと書いておこうと思った次第。
50000なんてたいした数字でもないのだけれど、
定期的にのぞいてくださる方もいるようで
ひとこと『ありがとうございます』と
言いたかったこともあります。
いつまで続けられるかわからないけれども、
(つねにネタ切れの恐怖に怯えているわけで…)
もうすこし頑張れるといいなと思います。
…と言いつつ、
先週から仕事でもプライベートでも
ちょっとバタバタしており、
更新が遅れそうな予感も。

2008/08/22

カントリーソング。

7s_146

アメリカのカントリーソングが好きだったりする。
ファンというほどではないのだけれど、
たまに聞きたくなったりするのだった。
なかなか、いい曲があるんだよなあ。
たぶんセンチメンタルな気分なときに
その雰囲気に浸りたくって
聞きたくなるんだろうと思う。
夏の夕暮れ時とかさ、夕焼けをみながら聞いたりすると
グッとくるわけだ。
よくカントリーというと、
『日本でいえば演歌である』みたいな言われ方をするけれど
ちょっと違うような気もするのだ。
どうとは言えないけれど
どちらかといえば、沖縄の音楽や歌い手に
おなじような感覚を感じるのだが。
演歌はセンチメンタルって感じはしないような。

ホイットニ−・ヒューストンが歌った
映画『ボデイーガード』のテーマソングは、
オリジナルはドリーパートンの『I will always love you』である。
はじめてオリジナルを聞いたときに
このオリジナルのカントリーソングのほうが
断然いいと思ったものだ。
それはやっぱり、洗練されていない土臭さみたいなものが
響くのかなと考えたりもする。

カントリーが嫌いではないよ、みたいな話をすると
すごく意外に思われることがあって、
まあそれはそうかもと思いつつ、
バサノバだけで、
人は人生を生きてはいけないものです。
などと、つぶやいてみたり。
なんのことやら。

2008/08/20

チェックの首輪。

7s_145

なにしろチェック好きなもので、
ネコの首輪もチェックがいいのである。
そういえば、おぼろげな記憶によれば
自分が通った幼稚園の夏の制服も
ライトブルーのギンガムチェックだった。
スモックと帽子がおそろいで、
お気に入りの制服だったのだ。
幼稚園といえば、
いまでもよく覚えていることがひとつだけある。
幼稚園には近所の同い年の3人で通っていたのだが
ある日、他のふたりは弁当を持ってきたのだが
自分は持っていなかった。
それで、道すがらその日が給食の日か、
弁当の日か、口喧嘩しながら幼稚園に行ったのである。
ま、二対一なので、分が悪いのは自明の理。
結局、その日は弁当の日で、
弁当を忘れた自分は泣きじゃくりながら、
先生にもらったパンを食べたわけである。
家に帰って、ことの次第を泣きながら説明すると
母がアハハと笑いながら、
「ごめん、ごめん」と謝ったのだった。
変なことを覚えているなあと、自分でも思うのだが
この日の出来事とチェックのスモックは
なぜか対になった思い出なのである。

さてチェックの首輪なのだが、
こういうシンプルな柄のものは、
実はなかなか見つけられないのである。
やたらポップな柄とかはいろいろあるのだけれど。
それと、ネコも色目が様々なわけであるから、
色のバリエーションももっとあるべきと
強く思う次第なのである。
ウチのネコはさ、
ブルー系が似合うんだよね。

2008/08/18

麻のクッションカバー。

7s_144

このクッションカバーは、
グレーの生地にインディゴブルーのラインが入っており
なんだか男前で良い感じである。
無骨なかっこよさというか。
先日、無印良品で見つけた。
無印良品の商品は、
ときどきあまりに
素っ気なさすぎるように思うときがあるのだが、
このクッションカバーは、
ブルーのラインがはいることで
シンプルだけどなにかニュアンスのようなものが
でているような気がする。
そのうえ『季節のお買得品』であったので、
かなり手頃な値段で
いい買物をしたという気分でもある。
ただし、買ったときには気がつかなかったのだが、
クッションをいれる口をとめるのに、
かなり太め、というかごついヒモがついていて
それをしばるようになっていた。
当然ながら、
そういうデザインなんだろうけれど、
ちょっとジャマなので、ツレがヒモをはずして
スナップボタンに付け替えたのだった。
うーん、あのヒモのせいで
売れ残ったのではないかという気もするがなあ。

2008/08/15

数字のTシャツ。

7s_143

数字の入っているデザインが好きで、
Tシャツなどでも、ついそういうものに
目がいってしまうのだ。
このTシャツには左胸に『5』の数字がはいっている。
バスケットチームのユニフォーム
(またはユニフォームを模した)デザインなので、
背中にも『5』が、そちらは大きく入っていた。
過去形なのは、洗濯を繰り返すうちに
背中の数字ははがれてしまったからである。
古着で買ったこのTシャツは、
かなりタイトで小さめであり、
着るとピッチピチである。
まだ体がしまっていた頃はよかったが
さすがに最近では着れない。
いやなんとか着ることはできるのだが
外には着ていけない。
ピッチピチを通りこしてボンデージ的なニュアンスを
醸し出してしまうので。

自分がこのTシャツのような
数字をモチーフにしたデザインが好きなのは
もしかしたらユニフォーム好きということかも知れない。
ふと思ったのだが、ユニフォーム好きというのは、
あまり言いたくはないが、
10代の頃やや小太りで
どちらかといえばスポーツが苦手なタイプだったことの
コンプレックスの裏返しのような気もする。
10代はなあ、文化系ヒーローは
生まれにくいものなのである。
あっ、自分がそうだと
言ってるわけではないんですが。

2008/08/13

ネコとお盆。

7s_142

タイトルに別に意味はない。
もうすぐお盆だなあ、と思ったもので。
お盆になると
秋の気配も少しだけ感じるよなあ、なんて思うのは、
今現在、自分の膝の上に
熱を発する物体が居座っているからにほかならない。
暑苦しい、でもかわいい、でも暑苦しい、でもかわいい、
と揺れるおとこ心を知ってかしらずか、
このネコは挨拶のように、
毎日膝の上にのってくる。
どうも暑さには強い、というよりも鈍感なネコなのではないか。
まあ、夏も元気に過ごしてくれて
飼い主としてはうれしい限りである。
ネコニキビが多いのは、
「青春時代の特権さ」と、かるく目をつぶることにした。
さて夏休みは9月の後半にとることになっていて、
ちょっとは旅行でも行きたいなとは思っているのだけれど
いままでペットシッターを頼んで
2泊まではしたことはあるが、
それ以上連泊しても大丈夫なもんか。
小心者なので心配なのである。
あ、小心者というのは
ネコも飼い主も、ということなんだが。
このネコは、こんなふてぶてしい顔をしてはいるけれど
ノミの心臓なのである。
ぷぷぷ、ネコなのにノミの心臓っですって。
ペットシッターのひとに
『姿を見ることができませんでした。
幻のネコちゃんです。』なんて
メールに書かれてしまうネコに、
ここのところ、「大人として頑張って留守番するんだよ」と
言い聞かせてみるのだが
どこ吹く風の、内向きには強気の渦巻きネコであった。

2008/08/11

ティーマ&桃。

7s_141

夏の果物では、桃が好きである。
でも桃というとなんとなく女性のイメージがあり、
男、それもいい歳をして「桃好き」というと
なんか違うものが好きですといってるような
危なさがあったりして。
まぁ、考え過ぎですけど。
それに人前で「桃好きです」なんてわざわざ
言わないしな。

そんな桃であるが、
食べ頃に食べるのは難しい。
買ってきた状態では、
たいがい、まだ少し固い感じで、
食べるには早すぎるようなのだが
なにせ食べたくて買ってきたわけなので
とにかくすぐにでも食べたいのである。
それで、まあ大丈夫だろうと、
自分で自分を納得させて食べたりするのだが、
案の定、固すぎて失敗する子供のような自分。
せっかち、でもある。
しかしそんな自分も学習はするので
今回は食べごろになるまで
室内に置いておこうと思った次第。

さて何にいれておこうかと考えて、
白いティーマにいれてみたわけだが、
桃の、黄みの強いピンク色がよく引き立って
何気なく、きれいだった。
無難な色目であるところの白、ではなく、
白という色を積極的に生かした配色って感じ?
大仰だが、
でも何気なく組み合わせた色が響き合うというのは
ちょっと心弾むことでもあるのであった。

2008/08/06

スミス&ホーケンのスツール。

7s_140

小さい扇風機があるのだけれど、
背が低くてうまく風があたらないときなど
亜鉛メッキの金属製のスツールにのっけて
首ふりをさせている。
クローム仕上げの扇風機と妙にマッチしているこのスツールは
実際はガーデンファニチャーで、
ぜいぶん前に通信販売で購入したものだ。
ちょっと記憶がさだかではないのだけれど
たしかスミス&ホーケンの製品だったか。
スミス&ホーケンはアメリカの
ガーデン用品のメーカーだけれども、
それを日本の通販会社が提携して販売していたのだと思う。
このスツールを買った頃といえば
まだセンスのいいガーデングッズなどは
日本製ではなかなか見つけることができず、
カタログにスミス&ホーケンの製品をみつけた時は
「かっこいいなあ」と、しみじみうれしかった。
そういえばその頃は、
海外の種苗メーカーからカタログを取り寄せ
種を購入したりもしていたんだった。
ガーデニングおたくである。
さてこのスツールだが、
なにも扇風機だけを載せるわけではなく
当然人が腰掛けもするのである。
このくらいの高さの椅子というのは、
気軽に腰掛けられるのでけっこうあると便利なものだ。
ふつうの椅子だと、座ることが
「腰を落ち着かせる」ことにもなるけれど、
これは座高が高いので
腰掛けてもすっと立ちあがれるのである。
たとえば料理をしながら手があいたときに
新聞をよんだり、話をしたり、
ほんのちょとの小休止に非常に便利なのである。
ふだんそんなに意識していたわけではないけれど
けっこう生活に密着している椅子でもあるのだな。

2008/08/04

ヨーロッパぶらりぶらり。

7s_139

もう8月だ。
ついこのあいだ梅雨明けしたなと思ったら、
あっというまに8月で、お盆ももうすぐじゃないか。
お盆になると秋の気配だって漂うわけで、
すこし寂しかったりするぞ。
「おれの夏はいったい、どこにいったー」とか叫びたくなる。
ま、叫んでも、どこにいったわけでもなく
自分の夏休みは9月末なのでね。
まだまだ先なわけだ。
そして、先ではあるけれども
夏休みともなるとやはり旅行したいなと、思うのであった。
そして、実際に行く、あるいは行けるかは別にして、
気分を盛り上げるのに、
この時期はよく旅行記などを本屋で探し
「行きたい気分」をなだめるのである。

ことしは『ヨーロッパぶらりぶらり』。
本屋でちくま文庫の棚を物色していたら、
山下清著作のこの本の表紙が目に飛び込んできたのだった。
山下清っていっても、
ドラマの『裸の大将』のイメージ、
それももしかしたらキチンと観たことはないかも、
というくらいの知識なのだがな。
なにかとてもおもしろそうな気配なのであった。
知的障害があったという山下清だが、
これだけ文章を書けるなんてすごいなあ、というのが
いちばんの感想である。
画才と文才って共存できるものなのか。
上手い文章ではないけれど
出来事と自分の感じたことを
素直に分かりやすく文章にするということは
実はとてもすごいことなのだと思う。
(ただ本人の書いた文章そのものは、
句読点がなくかなり読みづらいらしいが)
そして、本人が意図したことではないけれど
山下清が自分の感じたことを率直に綴った文章は
ときにコミカルな味があり、読んでいると
くすっと笑わせられるようなところがよくあるのだった。
海外での旅、それは不安や恐れやとまどいと
つねに隣り合わせだし、
いろいろなことにたいする興味もまた増幅されるものだ。
それは自分も山下清もいっしょで、
それらが率直でシンプルな文章で表現されることで
自分の旅のありようと、
すこしづつシンクロしていき、
旅心をかき立てられるのであった。

2008/08/01

その後のスノードーム・コレクション。

7s_138

スノードームと言えば、
有名な観光地にはたぶんどこにでもあるのだろうが、
こんなところにもあるのである。
ケンブリッジ。
シブい。かなりシブいぞ。
日本でいえば筑波。
いやそんなわけないな、京都か。

友人が仕事でイギリスにいくというので
例によってスノードーム購入を頼んだのであった。
仕事でいくので殊勝にも
「覚えていたらでいいからさ」なんて言って
頼んだのだが、
やっぱり覚えてはおらず、
ケンブリッジに寄った際、同行者が、
「こんなのあるよー。こういうのなんて言うんだっけ」と
スノードームを手に取って、
「はっ」っと思い出したんだそうだ。
ま、もらえりゃいいです。私としては。

このスノードーム、自転車に乗った学生が
聖堂のまえを走っていくシーンなのだが、
マントとかつけて、なんかハリー・ポッターみたいである。
そしてケンブリッジだけあって
インテレクチュルなイメージ?
自分で買うよりも、
こうやってお土産というかたちをとって
コレクションがふえるのはいいなあ。
また、だれか海外に行かないもんだろうか。

2008/07/30

マト…シカ。

7s_137

『青春のロシア・アヴァンギャルド』という
展覧会を観に行った。
ロシア、わりに好きなのである。
モスクワ市近代美術館の所蔵作品を中心に
展示されたというこの展覧会は、
作品数がちょっと少なめだったような気がする。
好きな作品もあったのでこういうとなんなのだが、
でもこれで¥1,400の入場料って高くないか。
¥1,000だったら妥当な気がするぞ。
まあ、今日の本題は展覧会ではないので
これくらいにするが、でも¥1,400はなあ、ぶつぶつ…。
さて最近の展覧会といえば
会場最後のお土産コーナー、…ではなく、
ミュージアム・ショップ、の充実度はたいしたものである。
ほんと、芸術を冒涜しているかのようなGOODS,
しかもオリジナルなやつがわらわらと展示されている。
その展覧会の目玉作品を転写した布とかさあ、
安易なモノがけっこうあるんだなあ。
この『青春のロシア・アヴァンギャルド』も
例外ではなく、そんな安直なお土産品が沢山あった。
まあ正直にいえばそんなお土産屋のようなコーナーを見るのが
けして嫌いなわけでもない。
そんなわけでお土産コーナーをひやかしていると
オリジナル商品以外にも
ロシアの陶器とか民芸品みたいなものが
結構並べられているのである。
うーん、それでいっそう土産物屋感がアップしているのか…。
ロシアといえば、やっぱりマトリョーシカであるが
当然ここにも置いてあった。
でも現代もののマトリョーシカってなんか絵柄がね、どうもね。
アンティークっぽいものだったら違うんだろうけど、などど
冷やかし続けていてふと目に留まったのが
この白木生地のままで絵付けしていない
プレーンなマトリョーシカなのであった。
これ、言われなければ
マトリョーシカって分からないかもなあ。
民族衣装を纏わないマトリョーシカは
なんだかぜいぶんモダンな印象で
作家のつくったオブジェのようでもあるのだった。
きれいなものであるなあ。
こんなにきれいで、しかもたったの¥950なんですよ、奥さん。
これは買わなくっちゃですわよねえ、奥さん。

2008/07/28

スペシャルな夕焼け。

7s_136

今日は、薄曇りないち日だった。
なにやら夕方には黒々とした雲が湧き出てきて、
北の空では、稲妻が何度も走るという
不思議な空模様なのであった。
小雨もぱらついたのだが、
西の空ではこの通り、
太陽が顔をだしていて
それはもう鮮やかな夕焼けだった。
西洋の宗教画にでてくるような
ドラマチックな夕焼けは
完全に陽が沈むまで、30分ほども続いた気がする。

我が家は夏はすこぶる暑い。
たぶんマンションの最上階なので余計に暑いんだろうなと思う。
夏真っ盛りには、ほんとにうんざりもするのだけれど、
こんな夕陽を見る事ができるのも、
最上階に住んでいるからなのではある。
そう考えると±0かとも思うのであった。

あんまり夕焼けがきれいで、
しかもお中元でいただいた、ちょっと贅沢なビールが
冷蔵庫でキンキンに冷えていたので
夕焼けを見ながら、ぼーっと飲んでいたら
飲み過ぎた…。
ま、日曜だしいっか。

2008/07/26

ネコはのびる。

7s_135

いやあ、暑い毎日だ。
あんまり暑くてネコものびているし、
ブログの更新も滞ってしまった。
あたまがぼぉーっとして、
書く事がなにも思いうかばない…、
というのはウソなんだが。

休日に友達のところに遊びにいったのだが
漫画の話題になったところ
その友人が『のだめカンタービレ』は面白いというのである。
「ふーん」などど気のない返事をしていたら、
「これはぜひ読むべきである、
全巻貸すからもって帰って読め」というものだから
持って帰ってきたわけだ。
漫画、べつに嫌いじゃないけどべつになくても困らない、
という距離感な自分なのだが
まあ、いちど読み始めるとね、やめられなくはなります。
そんなもんで、今週は仕事も忙しく
帰宅も遅かったわけだが
帰ると3巻ほど読むわけで、
ブログをアップする時間などないのであった。

その『のだめ』を貸してくれた友人は
法曹界で仕事をしているのだが、すごく漫画好き。
べつに漫画の好き嫌いに仕事は関係ないけれど
そういう仕事している人たちって
漫画とか読まないイメージあるよなあ。
その彼女曰く、
法曹界仲間内では『デスノート』も人気なんだそうだ。
で、それも貸してくれた。
とほほ、うれしいようなうれしくないような、
ちょっと微妙な心境である。
微妙といえばその友人は、以前
『女帝』も貸してくれたのだった。
うーん、いま思うと友人はなにを思って
『女帝』など読んでいたのか。
どっからみても男性向け漫画だと思うんだが。
もしかして漫画だったらなんでもよかったりするんだろうか。
よく分からん。

まあ、暑い時期はネコもだらりんとするように
人もリラックスして
漫画など読むのがいいのかもしれない。
でもなあ、『のだめ』20巻まで読んだけど、
これ、まだ完結していないではないか。
…こういうの嫌い。

2008/07/22

P.F.S.のティーテーブル。

7s_134

この歳になって、
はじめてティーテーブルというものを買った。
ソファに組み合わせるローテーブルである。
ソファを買ったのは
かれこれ20年以上前の話で、
それでは今までは、何を使っていたのかということなのだが、
うちではずっと茶箱をテーブル代わりにしていたのだった。
茶箱っていっても分からない人のほうが多いんだろうなあ。
茶箱とは文字通りお茶をいれて保管しておくためのもので
木製の箱で内部には金物が貼ってあり、
湿気とかを呼ばないようになっているものなのだ。
自分の小さい頃は、衣類の保管箱などに、
もらってきた茶箱が使われており、押し入れをあけると
下の段には季節はずれの衣類をしまった茶箱が
二つ三つしまってあったものだ。
で、20年以上前、当時住んでいたところのゴミ置き場に
きれいな茶箱が二つ捨ててあったのでいただいてきて、
それ以来我が家のソファ用のテーブルは茶箱だった次第である。

ま、茶箱でもそれなりに良かったのではあるが
なんか拾ってきた茶箱をテーブルにするという事が
ひどく学生じみたことに思えてきたのである。
なんて言えばいいのか、
たとえば若者だったら
着古したTシャツが良く似合うけれど、
ある年齢では、着古した味が、味に見えない、
みすぼらしく見えてしまうのといっしょで、
茶箱をテーブル代わりにするという
ジャンクなインテリアが、なんか年齢的に
そぐわないような気がしていたのだった。
ま、考えすぎというか、
多分に自意識過剰だとは思うんだが。
とにかく、そんな訳で、
テーブルを買ったのだった。
食器なら北欧テイストも結構好きなのだが、
家具はわりと無骨な感じがすきなので、
恵比寿のパシフィック・ファニチャー・サービスのものを選んだ。
Dependent House というシリーズのもので
Dependent Houseとは、
「1946年G.H.Qの要請により製作され
米大平洋総司令部技術本部設計課及び、商工省工芸
指導所により、連合軍家族用住宅に於いて使用され
た家具の完全な復刻」なのだそうである。
米軍ハウステイストと言ったら乱暴すぎるのか、
でも、昔のアメリカのスタンダードな家具というイメージであり、
その普通な感じがなんとも味のあるテーブルなのであった。
いやあ、このテーブルを置いたら、
ちゃんとした大人の部屋って感じになった、気がする。
この歳で、ちゃんとした大人っていうのも
何なんだけど。

2008/07/19

ネコの置物。

7s_133

このネコの置物を見ていると
「さくらと一郎」という名前が浮かぶ。
「昭和枯れすすき」。
自慢じゃないがいまでもワンコーラスは唄えるんだ。
そんな自分にちょっとがっくりもするんだが。
でもすっごく流行ったもんなぁ。
それにしてもなんて昭和の色濃い置物なんだろうか。
買ったのは自分ではなくツレのほうである。
なんでこんなもの、と思ったが
確かにノスタルジーを刺激されはするのだった。
むかしどの家の茶の間にも
こんな置物が飾ってあったような気がする。
ちょっとバタ臭いんだけど、
和的な匂いが残ってしまっているモノ。
フランス人形とかも同じ匂いのモノかも。
それに、自分たちが小学生のときに流行っていた
水森亜土のイラストの雰囲気もあるしなあ。

こうゆーの、
ダサかわいいって言うんですかね。

2008/07/17

トマトの鉢植え。

7s_132

それほど収穫できるわけでもないのだが、
というよりも、
ほとんど収穫などできないのだが、
トマトは毎年植えたくなる野菜である。
それはたぶん、
トマトが見た目に楽しげな野菜だからだろうと思う。
自家菜園で収穫だけを考えるなら
キュウリでもインゲンでもいいわけだ。
でもトマトの赤い実は初夏のグリーンのなかで
ことのほか目立ち、それを見ると
なんか幸せな気分にもなるのである。
実際にはそれほどではなくても
とてもおいしそうなイメージでもある。
だから、食べごろに真っ赤になるまで
できれば収穫したくないのである。
しかしそこで問題なのが、カラスやらムクドリやら。
赤い色が目立つのか、
うかうかしていてるとつつかれてしまうのである。
おまけに、全部たべてくれればまだしも、
ちょっと突ついてみました、
みたいな半端な食べ方をするのだ。奴らは。
だから、トマトの実をなるたけ熟した状態で
収穫するタイミングはけっこう難しいのだ。
ことしいちばん最初にとった実は、
赤くはなっていたものの
まだちょっと青臭さが強い感じだった。
うーん残念至極。
この写真に映っている2個めのトマトは
ぜひ熟した状態で食べてみたいものである。


2008/07/15

ポルトガルのラグ。

7s_131

旅行のお土産は楽しい。
モノとそれにまつわる記憶が鮮明に残るのが
旅のお土産だからかもしれない。
その記憶はいつもいつも
楽しいものばかりではないかもしれないが
それでも、記憶というものが
薄れることをまぬがれないものであるのなら、
苦い思い出をふくめ
記憶をとどめておくためのマーカーとして
ひとはお土産を買うのかもしれない。

そんなことを考えたのは、
このポルトガルのラグが、
ツレが旅行したときに買ったものだからだ。
まだ結婚前、大学院に行っていたツレが、
知り合いのポルトガルからの留学生が
一時帰国している際、
遊びに行ったのだった。
いまほどには海外旅行が気軽ではない時代で、
端で見ていると、その留学生とも
それほど親しいというほどではなさそうであるし、
しかも、行きはその留学生の友人というほとんど初対面の外人と
二人してポルトガルに向かうと聞いて、
心配性な自分は、ぜいぶんツレが無鉄砲に思えたのだった。
まあ、いま思えばたいしたことではないのだが。
それでも、旅行から帰ってきたら
両耳にピアスの穴があけてあってびっくりもしたんだった。
また、旅行中ポルトガルの酔っぱらい親父に
「日本人の爪はなんでそんなに黄色いんだ」といわれ
泣いてしまった、と淡々と話していたなあ。
20年前のことだなあ。

そんなことを、
夏用のラグに、クローゼットから引っぱりだしてきた
このポルトガル旅行のお土産をみて
思い出していたのだった。

2008/07/11

ねこはのる2。

7s_129

最近ねこと仲良し。
というか、ねこに好かれる自分である。
仲良きことは美しきことなり、だな。
でも暑いからちょっといや。
ま、がまんするけどさ。

ちなみに、
ねこがあくびするところと、
寝起きに「伸び」をするときの
目のつりあがった、鬼っ子のような
顔が好きである。
小憎たらしい系?
…と、なんにでも「系」をつける
最近の言葉遣いは嫌い。
おじさんは反対するぞ。
それって、こうるさい系?

2008/07/09