2008年8月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
ブログ:ココログ

2008/08/20

チェックの首輪。

7s_145

なにしろチェック好きなもので、
ネコの首輪もチェックがいいのである。
そういえば、おぼろげな記憶によれば
自分が通った幼稚園の夏の制服も
ライトブルーのギンガムチェックだった。
スモックと帽子がおそろいで、
お気に入りの制服だったのだ。
幼稚園といえば、
いまでもよく覚えていることがひとつだけある。
幼稚園には近所の同い年の3人で通っていたのだが
ある日、他のふたりは弁当を持ってきたのだが
自分は持っていなかった。
それで、道すがらその日が給食の日か、
弁当の日か、口喧嘩しながら幼稚園に行ったのである。
ま、二対一なので、分が悪いのは自明の理。
結局、その日は弁当の日で、
弁当を忘れた自分は泣きじゃくりながら、
先生にもらったパンを食べたわけである。
家に帰って、ことの次第を泣きながら説明すると
母がアハハと笑いながら、
「ごめん、ごめん」と謝ったのだった。
変なことを覚えているなあと、自分でも思うのだが
この日の出来事とチェックのスモックは
なぜか対になった思い出なのである。

さてチェックの首輪なのだが、
こういうシンプルな柄のものは、
実はなかなか見つけられないのである。
やたらポップな柄とかはいろいろあるのだけれど。
それと、ネコも色目が様々なわけであるから、
色のバリエーションももっとあるべきと
強く思う次第なのである。
ウチのネコはさ、
ブルー系が似合うんだよね。

2008/08/11

ティーマ&桃。

7s_141

夏の果物では、桃が好きである。
でも桃というとなんとなく女性のイメージがあり、
男、それもいい歳をして「桃好き」というと
なんか違うものが好きですといってるような
危なさがあったりして。
まぁ、考え過ぎですけど。
それに人前で「桃好きです」なんてわざわざ
言わないしな。

そんな桃であるが、
食べ頃に食べるのは難しい。
買ってきた状態では、
たいがい、まだ少し固い感じで、
食べるには早すぎるようなのだが
なにせ食べたくて買ってきたわけなので
とにかくすぐにでも食べたいのである。
それで、まあ大丈夫だろうと、
自分で自分を納得させて食べたりするのだが、
案の定、固すぎて失敗する子供のような自分。
せっかち、でもある。
しかしそんな自分も学習はするので
今回は食べごろになるまで
室内に置いておこうと思った次第。

さて何にいれておこうかと考えて、
白いティーマにいれてみたわけだが、
桃の、黄みの強いピンク色がよく引き立って
何気なく、きれいだった。
無難な色目であるところの白、ではなく、
白という色を積極的に生かした配色って感じ?
大仰だが、
でも何気なく組み合わせた色が響き合うというのは
ちょっと心弾むことでもあるのであった。

2008/08/06

スミス&ホーケンのスツール。

7s_140

小さい扇風機があるのだけれど、
背が低くてうまく風があたらないときなど
亜鉛メッキの金属製のスツールにのっけて
首ふりをさせている。
クローム仕上げの扇風機と妙にマッチしているこのスツールは
実際はガーデンファニチャーで、
ぜいぶん前に通信販売で購入したものだ。
ちょっと記憶がさだかではないのだけれど
たしかスミス&ホーケンの製品だったか。
スミス&ホーケンはアメリカの
ガーデン用品のメーカーだけれども、
それを日本の通販会社が提携して販売していたのだと思う。
このスツールを買った頃といえば
まだセンスのいいガーデングッズなどは
日本製ではなかなか見つけることができず、
カタログにスミス&ホーケンの製品をみつけた時は
「かっこいいなあ」と、しみじみうれしかった。
そういえばその頃は、
海外の種苗メーカーからカタログを取り寄せ
種を購入したりもしていたんだった。
ガーデニングおたくである。
さてこのスツールだが、
なにも扇風機だけを載せるわけではなく
当然人が腰掛けもするのである。
このくらいの高さの椅子というのは、
気軽に腰掛けられるのでけっこうあると便利なものだ。
ふつうの椅子だと、座ることが
「腰を落ち着かせる」ことにもなるけれど、
これは座高が高いので
腰掛けてもすっと立ちあがれるのである。
たとえば料理をしながら手があいたときに
新聞をよんだり、話をしたり、
ほんのちょとの小休止に非常に便利なのである。
ふだんそんなに意識していたわけではないけれど
けっこう生活に密着している椅子でもあるのだな。

2008/08/01

その後のスノードーム・コレクション。

7s_138

スノードームと言えば、
有名な観光地にはたぶんどこにでもあるのだろうが、
こんなところにもあるのである。
ケンブリッジ。
シブい。かなりシブいぞ。
日本でいえば筑波。
いやそんなわけないな、京都か。

友人が仕事でイギリスにいくというので
例によってスノードーム購入を頼んだのであった。
仕事でいくので殊勝にも
「覚えていたらでいいからさ」なんて言って
頼んだのだが、
やっぱり覚えてはおらず、
ケンブリッジに寄った際、同行者が、
「こんなのあるよー。こういうのなんて言うんだっけ」と
スノードームを手に取って、
「はっ」っと思い出したんだそうだ。
ま、もらえりゃいいです。私としては。

このスノードーム、自転車に乗った学生が
聖堂のまえを走っていくシーンなのだが、
マントとかつけて、なんかハリー・ポッターみたいである。
そしてケンブリッジだけあって
インテレクチュルなイメージ?
自分で買うよりも、
こうやってお土産というかたちをとって
コレクションがふえるのはいいなあ。
また、だれか海外に行かないもんだろうか。

2008/07/26

ネコはのびる。

7s_135

いやあ、暑い毎日だ。
あんまり暑くてネコものびているし、
ブログの更新も滞ってしまった。
あたまがぼぉーっとして、
書く事がなにも思いうかばない…、
というのはウソなんだが。

休日に友達のところに遊びにいったのだが
漫画の話題になったところ
その友人が『のだめカンタービレ』は面白いというのである。
「ふーん」などど気のない返事をしていたら、
「これはぜひ読むべきである、
全巻貸すからもって帰って読め」というものだから
持って帰ってきたわけだ。
漫画、べつに嫌いじゃないけどべつになくても困らない、
という距離感な自分なのだが
まあ、いちど読み始めるとね、やめられなくはなります。
そんなもんで、今週は仕事も忙しく
帰宅も遅かったわけだが
帰ると3巻ほど読むわけで、
ブログをアップする時間などないのであった。

その『のだめ』を貸してくれた友人は
法曹界で仕事をしているのだが、すごく漫画好き。
べつに漫画の好き嫌いに仕事は関係ないけれど
そういう仕事している人たちって
漫画とか読まないイメージあるよなあ。
その彼女曰く、
法曹界仲間内では『デスノート』も人気なんだそうだ。
で、それも貸してくれた。
とほほ、うれしいようなうれしくないような、
ちょっと微妙な心境である。
微妙といえばその友人は、以前
『女帝』も貸してくれたのだった。
うーん、いま思うと友人はなにを思って
『女帝』など読んでいたのか。
どっからみても男性向け漫画だと思うんだが。
もしかして漫画だったらなんでもよかったりするんだろうか。
よく分からん。

まあ、暑い時期はネコもだらりんとするように
人もリラックスして
漫画など読むのがいいのかもしれない。
でもなあ、『のだめ』20巻まで読んだけど、
これ、まだ完結していないではないか。
…こういうの嫌い。

2008/07/17

トマトの鉢植え。

7s_132

それほど収穫できるわけでもないのだが、
というよりも、
ほとんど収穫などできないのだが、
トマトは毎年植えたくなる野菜である。
それはたぶん、
トマトが見た目に楽しげな野菜だからだろうと思う。
自家菜園で収穫だけを考えるなら
キュウリでもインゲンでもいいわけだ。
でもトマトの赤い実は初夏のグリーンのなかで
ことのほか目立ち、それを見ると
なんか幸せな気分にもなるのである。
実際にはそれほどではなくても
とてもおいしそうなイメージでもある。
だから、食べごろに真っ赤になるまで
できれば収穫したくないのである。
しかしそこで問題なのが、カラスやらムクドリやら。
赤い色が目立つのか、
うかうかしていてるとつつかれてしまうのである。
おまけに、全部たべてくれればまだしも、
ちょっと突ついてみました、
みたいな半端な食べ方をするのだ。奴らは。
だから、トマトの実をなるたけ熟した状態で
収穫するタイミングはけっこう難しいのだ。
ことしいちばん最初にとった実は、
赤くはなっていたものの
まだちょっと青臭さが強い感じだった。
うーん残念至極。
この写真に映っている2個めのトマトは
ぜひ熟した状態で食べてみたいものである。


2008/07/15

ポルトガルのラグ。

7s_131

旅行のお土産は楽しい。
モノとそれにまつわる記憶が鮮明に残るのが
旅のお土産だからかもしれない。
その記憶はいつもいつも
楽しいものばかりではないかもしれないが
それでも、記憶というものが
薄れることをまぬがれないものであるのなら、
苦い思い出をふくめ
記憶をとどめておくためのマーカーとして
ひとはお土産を買うのかもしれない。

そんなことを考えたのは、
このポルトガルのラグが、
ツレが旅行したときに買ったものだからだ。
まだ結婚前、大学院に行っていたツレが、
知り合いのポルトガルからの留学生が
一時帰国している際、
遊びに行ったのだった。
いまほどには海外旅行が気軽ではない時代で、
端で見ていると、その留学生とも
それほど親しいというほどではなさそうであるし、
しかも、行きはその留学生の友人というほとんど初対面の外人と
二人してポルトガルに向かうと聞いて、
心配性な自分は、ぜいぶんツレが無鉄砲に思えたのだった。
まあ、いま思えばたいしたことではないのだが。
それでも、旅行から帰ってきたら
両耳にピアスの穴があけてあってびっくりもしたんだった。
また、旅行中ポルトガルの酔っぱらい親父に
「日本人の爪はなんでそんなに黄色いんだ」といわれ
泣いてしまった、と淡々と話していたなあ。
20年前のことだなあ。

そんなことを、
夏用のラグに、クローゼットから引っぱりだしてきた
このポルトガル旅行のお土産をみて
思い出していたのだった。

2008/07/13

プラスチックのスプーンとかフォークとか。

7s_130

コンビニや弁当屋で買うとついてくる、
スプーンとかフォーク。
チープということをカタチにしたようなものである。
でも、そんなチープなスプーンとかフォークにも
モノとしての美しさがあったりするのだなあ。
着色していない、たぶん生地の色だろう
オフホワイトのスプーンやフォークは
ふと気がつくと、とても優しい白色でもあり、
ナチュラルという、
およそプラスチックという素材からは
かけ離れた雰囲気さえある。
プラスチックは経年変化が味にならない素材だと
思っていたけれど、いちがいに
そうとも言えないのかもしれないとも思った。

このプラスチックのカトラリーの美しさは
残念ながら自分で発見したわけではない。
なにかの雑誌に、機内食やテイクアウトの食事についてくる
スプーンとかフォークを集めているひとの
記事がのっていたのだ。
すこしづつ違うカタチの面白さにひかれて
集めるようになったと書いてあったが、
色はオフホワイトで揃っている。
それらのスプーンやフォークが、
すきまを広くあけて並べられている様は
プラスチックという素材を
なにか特別なものにみせていた。
そんな写真を見て、
先入観でものを見ていると
気がつかないことがあるんだなあ、
なんて、すこしまじめに考えてしまった次第。

2008/07/09

ディプティックのキャンドル。

7s_127

自宅の照明は白熱灯が多い。
でも白熱灯の消費電力は蛍光灯の5倍なんだそうだ。
だから照明を蛍光灯に変えることはエコ的な行動なのだ。
うーむ。我が家は反エコであったか。
心外である。
隠れたエコロジストを自認していたのに。
ゴミの分別だってちゃんとしているのに。
コンビニでも、
箸はいりませんとちゃんと言うのに。
ならばしょうがない、いっそのことローソクを使おうと
ローソクを買った。

ではなく。

最近暑くて、夜もさわやかに寝られないので、
なにかないかと考えたのである。
気持ちよく寝るには、リラックスすること、
リラックスするには香り?
ということで、アロマキャンドルなんかがいいかと思った次第。
このディプティックのキャンドルは、
以前から知ってはいたけれど買ったのは初めてである。
なぜかと言えば高いから、なのであるが。
ユーロ高の影響もあるのかどうか、ほんとうに高いぞ。
でもジャン・ポール・エヴァンの
チョコレートを買うために行列ができる世の中である、
自分がディプティックのキャンドル1個くらい
買って悪いわけがない、
というよくわからない理屈をつけて買った。

じつはプロダクトデザインがいいなあ、と
ずっと思っていたのだった。
ガラスのコップに、
白地にスミ1色で印刷したラベルを貼ったそのスタイルは
クラシックな感じとモダンさのバランスがちょうどいい。
かなりオシャレである。
さて、肝心の香りは、さんざん迷った末、
ミモザにしたのだった。
安眠が訪れたかどうかは、
うーん、微妙ではある。
上質な香り、だったような気はするのだが、
その繊細な香りを楽しむには過酷な
熱帯夜の今日この頃なんもので。

2008/07/07

趣味のパスタ8。

7s_128

テレビで芸能人が海外を旅する番組がある。
観光名所や、有名なレストランなどを紹介する、
まあ安易な番組である。
よく休日の半端な時間帯に放映しているようなやつだ。
ある日たまたま、ボーっとしながら、
見るともなしにテレビに目をやると、
ある女優がイタリアのベニスを紹介していたのだった。
「ああベニスかあ、ベニスって長靴のどこだ?」とか
「ベニスといえばガラス細工?」
などど、どーでもいいことを考えていると、
テレビの場面はすでにレストランで、
女優がその店自慢のパスタを食べる、というシーンになっていた。
そのパスタは、ズッキーニとエビのサフラン風味のパスタ。
それが、ものすごく美味そうで、
自分でつくってみようかと思ったのである。
見た目からすると、
ズッキーニのカタチがないほど
ぐずぐずしたソースだったので、
みじん切りしたズッキーニを鍋で炒め煮のようにして、
柔らかくなったところでエビをいれ、
火が通ったら、水に浸しておいたサフランを
水ごと鍋にいれ、
あとはパスタを混ぜるだけでいいのでは、
と思ったのである。
使った調味料はオリーブオイル、塩、胡椒、ニンニク。

これは。美味かったぞ。
見よう見まねでつくって、これだけ美味いなんて
料理の天才か、と、一瞬だけ、思った。
ま、たぶん誰がやっても
同じような味に仕上がるとは思うのだけれど、
テレビでみただけで、っていうのが
すこし嬉しかったのである。
だってすごーく料理センスのある人みたいではないか。
それ以来、このパスタはたまに食卓にあがるのであった。
簡単なわりに豪華に、
しかもホ・ン・カ・ク・テ・キに見えるので、
来客時にいいかも。
賞賛の嵐。ふふふっ。
と、思いつつも
まだ披露するには至っていない。

2008/06/25

DIYハンガー。

7s_122

クリーニングにだした衣類は、
ワイヤーのハンガーに吊るされて戻ってくる。
うちでは洗濯ものを干す際に、
そのハンガーをよく使うのだが、
あの針金をコーティングしているビニールの色がいやなのだ。
その色が白なら、チープななりの潔さみたいなものがあって
アノニマスデザインふうに見えなくもないのだけれど、
ほとんどは、中途半端にあざやかなブルーで
なんだか洗いあげた洗濯物の色と
不協和音を引きおこすのである。
クリーニングから戻ってきたときも
ハンガーは白だったりしたほうが
清潔感もあるのにと思うのだがな。
そのへんはクリーニング店によっても
違うのだろうか。
またはブルーのほうが単価が安いとか。
でもまあ、そんな事をいっても詮無いので
我慢して使っているのである。
さほど目に入るわけでもないので。

さて、いつだったかツレが、
そんなハンガーにハギレを巻きつけて、
加工を施していた。
なにかの雑誌で
布切れをまいたようなハンガーを見て
それを見てまねしてみたらしい。
お手本にしたほうは、ワイヤーそのものから加工しているので
ラフなハンドメイド感がより強いのだけれども、
クリーニングハンガーの再利用でも、
じゅうぶんクラフト感があってかわいい。
綿素材の布の、オレンジとか紫とか、
はっきりした色目を使っていることで
ちょっとエスニックなイメージもあるような気がする。
Tシャツとか、しろいシャツとかをかけると
楽しげで、そのへんにぶら下げておいても
けっこういい感じである。

それにしても、
ツレの、こういう加工作業の丁寧には
いつも少しだけ感服するのである。
自分は短気なので、
こういうことをすると仕事が荒くなりがち。
短気は損気ってやつである。
昔から職人にあこがれているんだけど
けして職人として大成しないタイプ、なのであった。

2008/06/20

庭のベストシーズン/その2(ナスタチウム)。

7s_120

ナスタチウムは、庶民的である。
一株を大きめの植木鉢にうえると、
こんもり茂って、しかも次々と花を咲かてくれる。
花一輪の姿かたちが美しいわけではないが、
庭の雰囲気づくりにとても役に立つ花なのである。
あ、庶民的というよりも、
名脇役といえばいいのか。
主役ではないが、いぶし銀の演技でひかる名脇役?
ちょっとオーバー。

さて、一年でいちばんいい季節を迎えている
我がガーデンではあるが、
ことしはマンションの大規模改修工事が予定されている。
屋上部分もとうぜん工事があるわけで、
最上階に位置するウチのバルコニーも例外ではない。
秋までに、古くなったウッドデッキとかトレリスを撤収すべく
毎週末作業に励んでいるのだが、
基本力仕事にむいてないのである。
それに加えて根気もない。
それで剪定鋏で、ちまちまと
ナスタチウムの花ガラをつんだりして
お茶を濁すので、
作業がはかどらないことはなはだしい。
真夏になる前にかたづけようと思っているのだがな。
たぶん無理である。
でるのはため息ばかりなり。

2008/06/19

庭のベストシーズン/その1(ミニバラ)。

7s_119
もうそろそろバラの季節が終わる。
うちのバルコニーガーデンでも、
ミニバラの鉢があって、
若干発育不良気味ながらも、
こうやって繰り返し
花をさかせてくれるわけだ。
えらいじゃないか。
ちいさくてもバラはバラだ。
クリームがかった白地に
うすいピンクがはいるこのバラは
たしか日本的な名前だったはず。忘れたが。
かわいらしいようでいて、
なかなかシックな雰囲気の花であることよ。
こうやって花が咲くのをみるたびに、
冬にしっかり手入れして、
もっとたくさん咲くように頑張ろうと
一瞬、…いっしゅんは思うのだが
冬になるとやっぱり寒くてねえ、
おざなりな世話になってしまうのだよ。
夏は灼熱地獄と化す我がバルコニーガーデンは
いまが一年でいちばんいい季節である。

2008/06/10

バジル。

7s_115
毎年、この季節になると
バジルを植える準備を始めるのであった。
いまどきハーブそれもバジルなどは
かなりあたりまえの食材で、
うちの近所のスーパーでさえも置いてあるのだが、
使いたいときに売り切れてたり、
ペーストをつくるのに大量に使いたかったりするので
毎年プランターで育てるのである。
もちろん園芸店で、苗も売っているけれど
これまた入荷のタイミングによっては
買い逃したりするので
最近では、スーパーに置いてある時に買ってきて
水に差し発根させているのであった。
バジルがまた驚くほど簡単に、
水につけて2日もするともう根っこがでてくるので、
出そろったら、プランターに植えて完了である。
6・7本もあれば、
使っても新しい芽がどんどんでてくるし、
けっこう収穫気分も味わえる。
家ではひと夏に十分な量である。

以前は、
ダーク・オパールという紫色をした品種を
種から育てたりもしたが、
いまは鑑賞よりももっぱら実用性で、
スタンダードなスイート・バジルだけを植えている。
でも実用性といったけれど
丈夫でどんどん育つ様は、見ていても楽しく
園芸欲みたいなものも、満たしてもくれる。

そういえば、日本の夏のハーブといえば
やはりシソなわけだ。
バジルのようにプランター栽培をしたことがあるのだが
どういうわけだか、シソは虫が大量についたりして
うまく育たないのである。
何回かやっても同じ結果に終わるので
植えるのをやめてしまった。
マンション最上階の我が家のルーフバルコニーは、
夏は陽射しも強く、
植物の生育環境としては過酷なので、
地中海原産のバジルには耐えられても
シソには厳しすぎるのかもしれない。

2008/06/09

部屋のすみっこ。

7s_114

ミニマムな、
すっきりしたシンプルな部屋、インテリアは、
かっこいいと思う。
むかし写真集でみた
画家のジョージア・オキーフのアトリエは、
余計なもののいっさいない、
とても静的なたたずまいで、
それだけに、
そこに一見無造作においてあるようにみえる
工具や石のかけらなどが
まるで美術品のような存在感を持つ。
そういう研ぎすまされた空間の緊張感が好きである。

けれどもいっぽうで、
その対極をいくようなインテリアも好きなのだ。
壁一面にあますところなく額が飾ってあったり
サイドボードのうえに、
旅行先で買ったさまざまなお土産が
やまのように飾られている。
よく外国の映画やドラマで、
年配の女性が住んでるような
部屋のリビングがでてくることがあるけれど、
好きなものをすべて回りに飾って、
自分の居心地のいい空間をつくる、そんな部屋だとか、
または、例えば本好きなひとが、
本が増えすぎて本棚におさまらず、机のうえや
部屋の壁沿いに積み重ねられ
くずれんばかりになっているような
そんな乱雑さも、好きなのである。

さて、自分は夜寝る際には、
なにかしら雑誌や本などを読んでから寝るので、
ベッドサイドには、読みかけが溜まっていく。
狭いのだから片付けたほうがいいのだが、
なんとなくいつもそのまま、にしてある。
なんか、そのコーナー、
というか
その部屋のすみっこが、
やけにいい雰囲気に見えたりするもんで。

いまの狭いマンションでは
空間を確保するために
ものを減らしたり、かたづけたりを
しないわけにはいかないのだけれど、
もし広々したところに住めたりするのであれば、
半端な整理整頓などいっさいしない、
ものを置けるだけおいて、なおかつ感じのいい、
そんな雰囲気の部屋にしてみたい、という
ひそかな野望があったりする。
ま、現実的な話ではないでの
とりあえず部屋のすみっこ、だけでも、
という話。

2008/06/06

sentiMINTal PALS。

7s_113
先日、食料品を買いに、
いつも店員さんが元気な輸入食品を置いている
某チェーン店に行ったわけさ。

紅茶の缶をもってレジに並ぶと
ミント菓子のパッケージが目にはいったのである。
たぶんのどが乾いていたんだろうと思うが
急にミントが食べたいような気がして
金属製の小さいケースに入ったミントを手に取った。
スヌーピーとウッドストックが、
ちょっとかわいいパッケージである。

さて店を出て、ミントを食べようと思い
容器を取り出すと、
なにやらsentiMINTal  PALSという文字が。

…いちおう、言っときますがね。
SentimentalではなくsentiMINTalですよ。
sentiMINTal。

こういうだじゃれネーミングって
アメリカでもあるんだな。
へえ。
でもスヌーピーとウッドストック、
彼らの関係性を語るのに
Sentimental PALSとは、とってもナイス。
そしてそれをSentiMINTalなんてだじゃれにして、
もう「憎いぜ」って感じ。
ま、つぼにはまったわけなのである。
しばらくは、
頭のなかを「せんちみんたるぱるず」というフレーズが
ぐるぐる回っていたある日曜の午後でした。

ちなみに、このミント菓子、
一粒一粒が、スヌーピーとチャーリー・ブラウンの
型抜き仕上げ。
芸が細かいってば。

2008/06/02

ネコの手。

7s_11
このところ、
涼しい日が続いたせいか、
ネコは人のそばにひっつき虫なのである。
ネコだけど虫。
あ、虫みるとこのネコは喜ぶんですけどね。

さて、ネコの手をじーっとみていて
なんかに似ていることに気づいた。
さきっちょが丸くて
円柱の先に、ぽんっと球体をつけたような…。

あ、ドラえもん?
「あのさー、ネコの手ってドラえもんの手みたいだよなー」
ってツレに言ったら「それ、逆だから」。
へ?
「ドラえもんのほうが、ネコ型ロボットだから」
な、なるほど。

さてネコのフク太郎は、
飼い主のひざの上がけっこう好きである。
おいでー、と呼ぶと、
すたすた寄ってくる。
かわいい。
でも重いのでいつまでも乗ってないでほしい、と
思ったりする身勝手な飼い主それはわたし。

2008/05/31

それはまた別の話。

7s_110

こんなところで語るのも何だが、
自分の、なにかにつけ淡白なところが嫌いだ。弱点である。
例えばなにか好きなこと、興味のあることがあっても
表面をうすーくなぞるだけで、
深くのめり込むということがない。
それが「広く浅く」というなら
まだ方向性としてアリなのだが、
「広く」が、そこそこの広さでしかないのである。
狭くて浅いわけだ。
だからオタクと呼ばれるほど、
モノゴトにのめり込めるひとを
とても尊敬するのである。

三谷幸喜も和田誠も
映画に関してオタクである。
ん?仕事にまでしているのだから
オタクというのはちょっと変か。
でも仕事にできるほどオタクだった、
ということではあるだろう。
この二人、
観てる本数も半端ではないのだろうが
自分が驚くのはその「観る」深度のようなところだ。
こんなに細かいところまで観てるものなのかと
感心してしまうのである。
たぶん同じ映画を
何度も繰り返して観たりするんだろうけれど、
それにしても、
細かい点を「見逃さない」能力のようなものが
備わっているんだろう。

こういう映画好きが書いた本はおもしろい。
じつは自分は
あんまり映画自体は見ないんだけどさ。
でも、この「それはまた別のはなし」では、
三谷幸喜がずっと尊敬していた和田誠と
対談するということで、
尊敬するひとを目の前にした緊張感とか、
気負いとか、
勢いあまってひとりで突っ走る感じとか、が
行間からにじみでているところが、
また面白いのであった。

なにかにつけ
ひとつのことに集中できるということは、
やはりたいしたことなのだ。
自分もこれからでも
なにかのオタクになれるだろうか。
いや、なってみたいものであるなあ。

2008/05/29

思い出の、グッチのポーチ。

7s_109

20年以上も前の話。
いま考えるとバブリーな匂いがしないでもないが、
勤務先では海外研修という名のもとに、
実状たんなる社員旅行が実施されていた。
そのアメリカ西海岸旅行での話。
ラスベガスのホテルで、
夕方部屋で疲れて休んでいると、
仲のいい同期の奴がやってきた。
そいつにはUCLAに留学している彼女がいて、
ラスベガスから電話しようとしたらしいのだが、
ホテルのオペレーターにロサンジェルスに電話したいと伝えるものの
英語が通じなくて、何度も何度もかけ直しているうちに、
ついにはオペレーターが、その同僚からだとわかると
電話を切ってしまうようになった、というのである。
だからかわりに電話してくれと泣きついてきたわけだ。
その同僚は、話がまどろっこしいというか、
要点を得ないことが多く、しかも語尾があいまいなので
日本語でさえ、何がいいたいのかわからないと
まわりからよく突っ込まれていた。

さて、そう頼まれて、
自分も英語が堪能なわけではないので
緊張しながら、
電話してオペレーターに外線を頼んだところ
なんの問題もなくロスのホームステイ先につながり、
ホストファミリーが彼女を電話口にだしてくれた。
中学生レベルの英語力で、問題はなにもなかったわけで、
その同期は、いったいなにを言ってたんだかと思ったが、
最大限の賛辞をもって感謝されたので
へへ、自分けっこう英語できるかも、という錯覚にひたれ、
気分はよかった。

さて、そんな彼女が
休みに日本に戻ってくるとき、
お土産にくれたのは、グッチのポーチだった。
というかオーデコロンと石けんのセット(ポーチ付き)
というやつである。
東京の有名私大の付属からエスカレーター式で大学まで進んだ
彼女らしいお土産、ともいえるだろうか。
むかし飛行機の機内販売でよく売っていたもので、
グッチがブランドとして再生するのは、ずっと後のことである。
そのときから、そのポーチは我が家では
銀行の通帳入れとして利用されている。
サイズがぴったりなもので。
グッチが人気ブランドとして蘇ったときには、
へえ家の通帳入れのあのグッチが、なんて思ったものである。
そんなこんなで、いまでは、
けっこう愛着のある
グッチのポーチなのである。

2008/05/27

ブラック・パラ…。

7s_108
うーん。
またブラック・パラティッシか。
どうかなー、ブラック・パラティッシついて書くの
3回めになるしなあ。
シリーズ化されて、回を重ねるほど
つまらなくなっていく映画、頭にうかぶなあ。
でも自分には報告する義務があるので、
書くことにする。
誰に、とは聞かないでほしい。

また買ったわけである。
16cmのプレートをっ。

事の次第としては、
先日丸の内に用事があり出向いたのだが、
ついでにイルムスでものぞいてみるかと、
ふらふらと仲通りを歩いていったのである。
1Fの食器のコーナーを見ていると
なんだか見覚えのある白と黒の食器が。
これはブラック・パラティッシでは、
なんていう、わざとらしい一人芝居をしながら
棚の前に移動してみると、
自分の持っていない16cmのプレートが、
20枚ほども並んでいるではないか。
あれー、去年の秋に「これが最後の入荷」なんて
ネットにはよく書いてあったけど、
まだ在庫が残ってたんだなあー、へえー、
でも、もういくつか持ってるからいいや。
なんて、かるく流せば大人の対応なわけであるが、
つねひごろ限定品に目の色をかえる人々を
小バカにしている自分ではあるが、
だって、目のまえに並んでるし。
いいや、買ってしまおう、2枚ほど。
ついでに1個しかもってない
スープボウルもあったから、補充。
以上、報告終了。

ということで、
21cmと16cmのプレートが2枚づつ、
スープボウルがふたつ。
それが自分のブラック・パラティッシコレクションとなった。
(コレクション、していたのか自分は)
いや器としては、やっぱり好きである。
いいデザインだと思う。
でも、全部いっぺんにテーブルにのせると、
日本の食卓には、うるさい、ですよね。
個性的な器ですしね。
って、また誰に話しかけているんだ自分は。

とにかく。
他の食器とミックスして使うほうが、
カジュアル感もあって、風景的にいい、と
個人的には思いましたとさ。

2008/05/21

うさぎのおもちゃ。

7s_082

おもちゃ屋、と言っても、
こどもを対象にしたものではなく、
おとなの女性をターゲットしたようなある店があった。
たとえば、贈り物におもちゃを探すようなときに
その店にいけば、比較的手頃な値段で、
しかもなかなかセンスのいい、
いろいろな国のオモチャなり雑貨が見つかるような、
そんなところ。
贈り物ではなくて、自分のために、
ちょっとこころなごむ小物が欲しいときも、
なにかしら見つかるような、
そんな店である。
ツレと出かけるときには
別に用事がなくてもよくのぞいてみて、
自分は外国製のスノードームをみつけたり、
ツレのシンバルをもったうさぎのオモチャも
その店で買ったのだった。
どこかの外国製で、
色使いがとてもシックなウサギである。
こどものころ、けしておもちゃが
潤沢にあたえられた世代ではない自分たちは
「いい歳」になって、そんなものを買ったりするのである。
どこかのアパレルメーカーの
経営だったらしいそのショップは、
「店の色」が明確で、けっこう好きだったのだが、
入っていたファッションビルの経営がかわり
テナントの入れ替えがあったようで、
先日よってみたらなくなっていた。
他の場所にあるかどうか調べるほどには
その店のファンだったわけではないけれど
ちょっとつまらない気分ではある。という話。

2008/05/19

TOKYO SOUVENIR BOOK。

7s_106

以前、会社のオフィスが千代田区麹町にあった。
オフィス街であり地味な場所だけど
新宿通りには、昔からあるような店が
ぽつんと残っていたりもした。
そんな店のひとつに昼休みにたまに入る喫茶店があった。
1Fはお菓子売り場で
2Fが喫茶室になっているのだが、
制服をきたお姉さんが注文をとりにくるような、
クラシックな雰囲気の店だった。
コーヒーを頼むと、
小さいクッキーが何種類か並べられた
小皿がついてくるのだが、
昔ながらのちょっと素朴な感じのクッキーで、
コーヒーを飲みながら、
ポリポリと食べていたのであった。
そして、1Fのお菓子売り場では、
繁華街にあるわけでもないのに、
いつもそこそこお客がいて、
それがちょっと不思議な気がしていた。
その店が泉屋という名前で、
そこに古くからある、わりと名の知られたところであることを
知ったのはずいぶん後のことだった。

このTOKYO SOVENIR BOOKには、
著者の沼田元気が、
東京のおみやげにふさわしいと思うものが集めてある。
泉屋のクッキーをはじめ、お菓子もあれば、雑貨もある。
古くから東京にあるものが多く、
なかには新しいものもあったりするのだが、
おしなべて「懐かしい」匂いをもつのが共通点である。
泉屋のクッキーも、しっかり紹介されていて
「子供のころからもらうのが楽しみだった」と書いている。
ふーん、どうせ自分は地方出身だから知らんねー。
なんて、ちょっと僻んでみたり。
東京は、実のところ、
このTOKYO SOVENIR BOOKのような
あか抜けない部分に、その本来の姿があるように思うのだ。
ま、それもノスタルジーなんだろうけどさ。
でもすくなくとも、ヒルズやミッドタウンよりも
「自分の暮らす東京」に近いことは確かであるな。

2008/05/18

朝ごはん?

7s_105

うちでは、ネコのごはんの世話は
ツレの担当である。
基本的に1日2回、朝と晩がネコのごはんタイム。
ツレいわく「朝っていっても、
起こしにくるからけっこう早い時間なんだよねー」

自分は、いちど寝付くと
あまり目をさまさないほうなのだが
今朝は、ツレがエサの準備をしているような音で目が覚めた。
たまには、いっしょに起きてみようと思って
ベッドから抜け出し、台所にいってみたら、
そとはまだ真っ暗。
へーほんとに早い時間なんだーと思って
時計をみた。
2時30分。
……。
それは
早朝、というよりも深夜ではあるまいか。
朝ごはんではなく、
夜食、と、
世間一般では言うのではなかろうか。
たしか自分は2時に寝たのでは。
ネコもネコだが、ツレもツレ、である。

2008/05/15

レトルダムールの菓子箱。

7s_104

先日、ツレの実家に帰った際、
小学1年生の姪っ子に、
「すきな食べ物はなんだ」と聞いたところ
「スイーツ」と、いう答えをいただいた。
スイーツだって。
ほんとにもう最近の小学生は。

そんな小生意気なことを言う姪っ子のいる
実家へのお土産は、
レトルダムールというところの
焼き菓子であった。
新幹線に乗るまえに東京駅の地下にできた
あたらしい名店街のようなところで買った。
グランンスタとかいうらしいが。
お土産に迷うのはいつものことで、
今回は天使モチーフ好きのツレが、
この箱をみてジャケ買いしたのである。
「箱だけもらってかえろう♪」と、
自分がその箱を欲しいために、決めたのであった。
身勝手である。
うすい木でできた丸い箱は
雑に貼られたロゴマークなど、
なんだかフランス雑貨の匂いあり。
女子、あるいはもと女子が
欲しくなるのもわかるような気がする。
この天使、手に封筒を持っているのである。
レトルダムール(フランス語でラブレター)なわけだ。

さてパッケージばかりでなく、肝心の中身のお菓子だが、
アップルパイのようなものだった気がする。
ちょっと味見しただけでよく覚えてないのだが、
とてもうまかったことは確か。
レトルダムールというこのお菓子屋は
もともと白金にあるらしい。
高級スイーツブティック、なんだそうだ。
へえ。
へえ。

2008/05/13

趣味のパスタ日記6&オイルサーディン。

7s_103

そういえば、子供の頃、
父親が仕事で帰りが遅いときなど
母親は、夕食を子供仕様にして
スパゲッティーなどを作ってくれた。
父親がいれば晩酌をするので
やはりスパゲッティーというわけにはいかないのである。
昭和の時代のことなので
スパゲッティーといえばナポリタンかミートソースで、
夕食にはミートソースのことが多かった。
子供はみんなスパゲッティーが好きである。
とても嬉しかった。
しかしながら、やや偏食児童であった自分は
喜んでスパゲッティーを食べながら、
微妙にソースは残すような食べ方をしていた。
だって、具、よりも麺そのものが好きでさあ。
母親に、「あんたはなんでせっかくのおいしいところ残すの」
と、おこられつつ、不思議がられてもいた。

先週の土曜日のパスタは
バジルの入ったシンプルなトマトソースのスパゲッティーであった。
なぜならば、先日購入したラ・ベル・イロワーズの
オイルサーディン
がメインの食材だったもので。
その付け合わせには、パプリカのマリネを。
パプリカはグリルパンで真っ黒になるくらい焼いて
皮をすべてむいて、マリネしてある。
簡単なんだけどけっこう手間はかかっているのだ。
オイルサーディンが、缶詰をあけて
塩こしょうするだけなので、
ちょっとバランスをとってみた次第。
ごちそうっぽく見せたいわけだ。
ごちそうというか、前菜盛り合わせ的な感じに。
さてラ・ベル・イロワーズのオイルサーディンだが
肉厚で、「さかなを食べている」しっかりした感覚があり、
しかし生臭さのようなものがまったくなく、
とてもおいしいものだった。
これだったら、また買ってもいいなあ。
ちょと高めだけどさ。
なにしろ簡単だし、付け合わせをかんがえれば
「立派な一品」というやつである。

2008/05/11

マドラスチェックとパッチワーク。

7s_102

なにしろチェック柄好きなもので
マドラスチェックも本当は好きなのである。
が、タータンチェックのシャツや、
ギンガムチェックのシャツは持っていても、
マドラスチェクのシャツは持っていない。
何故かといえば、
マドラスチェックはラフ過ぎるような気がするもので。
「パジャマっぽい」感じとも言える。
自分が着るとどうもパジャマに見えるのである。
いつも会社へは、基本的にノーネクタイで、
かなりくだけた格好でいくのだが、
それでも自分なりのドレスコードというものがあって、
そんなマドラスチェックはアウトなのであった。

そんなわけで、
マドラス柄には手を出していなかったのであるが
先日こんなT シャツを見つけてしまったのである。
ネイビーのTシャツの胸に、ブランドロゴの一部が
マドラスチェックの布で、パッチワークされている。
マドラスのラフさと、Tシャツのラフさが、
ネイビーというフォーマルっぽい色で
ほどよく緩和されている、ように思う。
これなら会社にもOK。
「OKかよっ」とつっこみが入りそうだが、
わたくし的にはOK。
紺色のジャケットの下にあわせれば十分OK。
なにしろパッチワークも好きなのである。
買うしかないじゃないか。
これを来て会社にいけば良い仕事もできるというものだ。
着ているものでテンションがかわることって、
ありますよね。自分はあります。

ちなみにブランド名は、
「eYe JUNYA WATANABE COMME des GARCONS  MAN」
人を食ったような、長さである。

2008/05/09

ラ・ベル・イロワーズのオイルサーディン。

7s_101

たかが缶詰。
なのに、そのパッケージの美しいこと。
白ワイン風味のオイルサーディンなので、
いわしとワインのイラストが使われているわけで、
ちょっとヴィンテージの映画のポスターのような
雰囲気すら漂う仕上がりである。
しかも、それを「ねらった」というより
「うちじゃあ、むかしからずっーとこのパッケージでした」
というふうに見える。
実際どうなのかはわからないけれど、
そう見えるとうことは、つまり、
デザインとしてこなれている、ということなのだろう。
あざやかなブルーからは、素材の新鮮さと、
白ワイン風味のさわやかささえ伝わってくるようである。
パッケージが良くって、
なんかもったいなくて、
ちょっと食べられないなあ。

ラ・ベル・イロワーズは
フランスはブルターニュ地方の老舗缶詰メーカーで、
そのオイルサーディンは、
ていねいな下処理と、手作業で缶につめるなど
品質にこだわった
美味しいオイルサーディン(棒読み)、らしい。
なにしろ、もったいなくてまだ食べていないので
らしい、としか言えないわけだが。

それにしても、
フランスとオイルサーディン、
ちょっとイメージが結びつかないのだが。
「フランス」=「美食」≠「缶詰」
と、いうことはないのだろうか。
私、フランス人を買いかぶっているんでしょうかね。
でも缶詰なんか使ったら
「オララー」とか言われそうな気がする。
それに、自分のなかではオイルサーディンは、
どちらかというと、北欧とかイギリスのイメージなのである。
あれ、イギリスはくんせいの鰊だっけ。

2008/05/07

ヒヨコのチョコレート。

7s_100

スヌーピーはイースターに
うさぎのかたちをしたチョコレートを手に入れて、
でも「ウサちゃんのチョコレートを食べるなんて」と
口にいれることができないでとっておいたのだが、
知らぬまにウッドストックが
かぷっと食べてしまった。
ウッドストックって、あんなかわいい見た目のくせに
中身はドライっていうか、けっこう現実的で、
そんなウッドストックに、
スヌーピーは「やれやれ」という顔をするのだ。
このヒヨコのチョコレートをみていたら
そんなスヌーピーの漫画を思い出した。
でもこのヒヨコは、かわいいというより
ちょっと怖い顔をしていたりもするが。

こういった銀紙でつつんだチョコレートは
どこか懐かしい感じがする。
いまはあまり見かけないが
むかしはよくあったような気がするんだけど
どうなんだろう。
洋酒のビンのかたちや、
クリスマス時期にはサンタやもみの木など。
中身を食べたいのだけれど、
銀紙を剥いてしまって、そのかたちがなくなるのが
とても残念で、こどもにとっては、
まあ悩ましいチョコレートでもあった。

このゴールデンウィークに、
つれの田舎にいくとき、姪っ子たちのお土産に、
こんなチョコレートを東京駅のディーン&デルーカで
買っていったのだった。
こどもはよろこんでくれるし、
お母さんにも「まっ、ディーン&デルーカ♪」と
受けがよかった。
東京駅のディーン&デルーカは、
列車の待ち時間にのぞくと
ちょっと楽しい店である。


2008/05/04

休日。

7s_090

仲良きことは美しきこと哉。
そうゆうふうに、
サネアツ先生は仰っている。
ナスとかカボチャの絵といっしょにさ。
ネコの絵はないらしい。
 

2008/05/02

カポーティの短編。

7s_086

小さい頃自分が寝ていた部屋には、
すすけたような色のカーテンがさがっていた。
白っぽい生地に
抽象的な柄のあるカーテンだったと思うのだが
その頃の自分には、その柄が、
小さな船をこぐ船頭に見えた。

夜、ふとんにもぐりこんで
顔だけをカーテンのかかる戸口のほうへむけると、
薄明るい外のひかりが透けて、
ぼんやりと小船と船頭が浮かんでくる。
船頭は船の後ろ側にたち、
竹竿のようなものを川底にさし、
ゆっくりと船をすすめているように見える。
その船頭をみていると、なんだか
悲しいようなせつないような気分になった。
隣の部屋には両親がいることがわかっているので
恐怖心はうすく、ただ心細さの感覚が、
ひたひたと押し寄せてくるので、
カーテンを見るのをやめて
枕に顔をうずめるのだった。

あの頃の自分はいったいいくつだったのか。
船頭と小船という図の、
こどもが思い浮かべるにしては
やけに地味でそのくせ突拍子もない感じが
記憶そのものもなんだか曖昧にしていくのだが。

カポーテイの短編には、
子供のときの思いでを素材にしたものが多くあり、
それらを読んでいると、
日頃脳の奥底に埋もれているような
自分のちいさい頃の記憶が
ふとよみがえってきたりする。
それは、こども時代の
漠然とした不安感をただよわせつつも、
おとなになって思い出すぶんには、
すこし甘美なニュアンスもあって、
遠い昔の自分に、声をかけてやりたいような
そんな気分もしたりするのだ。

2008/04/30

モッコウバラ。

7s_089

以前は、園芸が趣味と公言していたので、
いちおうルーフバルコニーにはさまざまな鉢植えがあり、
バラの鉢もいくつかあるのだ。
植物のなかでバラはやっぱり好きなんだけれども、
そもそもが無精で、きめ細やかな手入れとは無縁な自分には、
扱いかねる植物でもある。
でもこのモッコウバラは別で、たいした世話もせず
ほっといても毎年きれいに花を咲かせてくれる。
丹精凝らしてきれいな一輪をさかせる園芸があれば、
野趣あるニュアンスを優先させる
あえて手をかけない園芸もあるわけである。
自分としてはそれを目指したい。目指していた。
なんて偉そうに。
「野趣ある」ではなく
「荒んだ」と感じる人もいるわけで。
ま、そこは感性の問題ということでひとつ。

とにかく。
直径2cmほどのちいさな花を
株いっぱいに咲かせるモッコウバラは
派手さはないが、印象派の画家の絵のような
咲き方をするバラなのであった。
その周辺だけ明るい黄色に染まるような咲き方である。
よく晴れたゴールデンウィークの休日、
どこに出かけるでなく、
満開のモッコウバラをみながら
缶ビールをぐびぐび飲めば
「けっこうしあわせかもしれない」
なんて思う自分はけっこう単細胞である。
いやいやシンプルなのが一番である。

2008/04/28

ステンドグラス的。

7s_080

教会のステンドグラスを見るのが好きである。
陳腐な言い方だけれども
やはりステンドグラスは光りの芸術であるな。
ガラスというモノを通すことによって、
光りにかたちをあたえ、存在を強調する。

2年ほどまえパリに旅行したとき、
ステンドグラスが有名な教会を2カ所観にいった。
パリから列車で2時間ほどのシャルトルの大聖堂は
荘厳な雰囲気で、なんていうか
キリスト教の世界観にどっぷりひたるような感じである。
もう1カ所のパリのサントシャペルは、
たしか元は王家の専用礼拝堂とかで、
比較的こじんまりとしていつつも
とてもきらびやかな場所であった。

自分がはじめてステンドグラスを「生で」見たのは
いつだったのだろう。
子供のころから教会とはまったく縁のない生活環境だったので、
ある程度おおきくなってからだろうなと、
記憶をたどっていったら、
思い出したのが明治村である。
自分の育った地方では高校生の修学旅行といえば京都で、
行きは新幹線を利用するのだが
帰りは京都から名古屋にはいり
そこからフェリーで地元へもどるのだった。
その帰路に明治村に寄るのである。
ぜんぜん期待していなっかったのだが、
明治時代の建造物を集めた明治村は
それなりに面白い場所だった。
たぶんそのなかに移築された教会があり
そこで見たステンドグラスが初めてだったのだと思う。
そのステンドグラスは階段の踊り場にあって、
サイズも小さいし、さしてドラマチックでもない
素朴なものだったけれど
おだやかな午後の光りのなかで
色をもった光りの絵がきらきらしているのは
とても平和的というか
安息というものを感じさせる場だったような記憶がある。

写真のマリア像は、
うちにある宗教グッズのひとつである。
後光(?)がさしている部分にガラスが埋め込んであり、
これもステンドグラス的なものであるな。
高さ5cmほどのちいさな像なのに
芸が細かいことである。
そういうとこ、ひかれるわけだ。
こんな小さなものに注ぐ情熱に
ぐっとくるわけである。


2008/04/26

羽毛ふとんをかけて寝るネコ。


7s_088

うちの飼いネコは、
人のベッドで寝るのが好きである。
ときには人と並んで,
羽毛ふとんをかけて寝ていたり。

しかしツレの寝床にははいるが
こっちの寝床にははいらない。

なぜだ。なぜなんだ。

2008/04/25

おまけのデミタスカップ。

7s_087

自宅でコーヒーを飲むときは
もっぱらインスタントコーヒーである。
朝食のときは紅茶だし、コーヒーを飲むのは自分だけなので
簡単なのがいいのだ。

インスタントコーヒーといえば
自然とネスカフェを選んでしまう自分である。
だって昔からネスカフェのCMが好きだったもんで、
インスタントコーヒーといえば
やっぱりネスカフェなわけだ。
使われていた「Killing Me Softly」も好きだった。
ロバータ・フラック。

ちょっと前にスーパーで、
あたらしいコーヒーを買おうとしたら
おまけでデミタスカップがついていたのだ。
「余計かもな…」と思いつつ
すぐ捨てるのもなんなので
食器棚に置いておいたら
思いのほか登場回数が多いのである。
コーヒーを飲むために、とうよりも
例えば少量だけドレッシングを作ったり、
調理時になにかをまぜたりするときに
重宝するサイズなのであった。
だから最近はちょと愛着さえ感じたりして。
今日は日頃の活躍にたいするお礼の気持ちもふまえ
ソーサーにのせてみた。
このソーサーは前から持っているもので
付いてきたものではないのだが。
コーディネートしてみた。

さて先日、
そんな昔からずーーーーーと飲んでたネスカフェが
なぜだか店頭に無く、
しかたなくブレンディを買ったのだ。
そして飲んでみたら
酸味より苦味のあるコーヒーが好きな自分には
ブレンディのほうが好みであることが判明。
ちょっとショックだったのであった。

2008/04/23

P.F.S.のスイッチプレート。

7s_078

10年ほどまえに新築マンションを買った。
住処については、それなりの理想もあったが、
決めたのはどこといって特長のない普通のマンションである。
ま、理想とは遠い部分もあったけれど、
それでも、内装を自由にいじれるということは、
持ち家であるからこその特権である。

しかし入居早々、
ツレが壁紙は嫌いなのではがしてペンキを塗る、
と言い出したときは、さすがに躊躇した。
いやだって新築なわけだし、とか
売らなければばらない事態になる事だって…と
説得を試みるも、「好きじゃない状態で住みつづけるなんて
買った意味がない」と、
これまたもっともな事を言われ
説得されてしまったのである。
まあ、ツレが偉かったのは
その後すべての部屋のすべての壁紙をはがし、
ペンキで塗り直すことを
最後まで一人でやり終えたことだ。
熱しやすい性格が幸いしたともいえる。
キッチンと洗面所の床のビニールの長尺シートも
自然素材のココヤシマットに張り替えて
いちおうの内装変更を終えたわけだが、
スイッチプレートのプラスチックがいやで、
なにかないかと探していて見つけたのが
パシフィック・ファニチャー・サービスの
メタル素材のものなのである。
スイッチプレートはちいさいものだけど、
目につきやすいところにあるので
付け替えることで、
部屋の雰囲気はけっこう変わるものだ。
塗った壁の質感ともよく合って
こなれた感じになったように思う。

あー、
もう「きれいにお住まいです」という
不動産用語では、
表現してもらえない我がマンションではあるが、
それなりに住みこなしているということで
自分を納得させているわけであった。

2008/04/21

趣味のパスタ日記5。

7s_084

コルシカ島を旅行したことがある。
ある時期、フランスの地方のちいさな町にいくのが好きで
ガイドブックをすみずみまで読んで、
おもしろそうなところを探しては
行ってみたりしていたのだ。
コルシカ島に行ったときは、
パリからの航空便のある大きな町から、
バスで4時間ほどのボニファシオという島の南端の町が、
そのちいさな町だった。
山々の間を縫うようにして行くバスのシートに、
ツレとふたりで顔を青くして揺られつづけ
たがいに「あと少しあと少し」と励まし合ったものだ。
同じバスにのっていた屈強そうな白人男性が
こらえきれず袋に顔をうずめるのを見て
「勝った」と、思わずちいさくガッツポーズをしたなあ。

ボニファシオは断崖絶壁の際に張り付くようにしてある町で、
青い海のすぐ向こうはイタリアのサルジニア島である。
観光客もイタリア人が多い。
そのボニファシオで印象に残っているのは
ホテルのレセプションの女性が、
めずらしい日本人の自分たちを見て、
おばあさんが日本人だということで、親近感をもってくれたことと、
町中の中華料理屋でたべた春巻きがものすごくうまかったこと。
そして、イタリアにすごく近いのに、
スパゲッティーがうどんのように柔らかで、
でもそれが日本のナポリタンのようで
けっこうおいしく食べたことなどである。

先日イタリア料理店で
「シラクサ風いわしと松の実のスパゲッティー」
というのを食べた。
シラクサいえば、サルジニア島とおなじ、
イタリアのシチリア島の町の名前である。
素材がいわしと松の実とレーズンという
ちょっと変わった組み合わせなのだが
けっこうクセになるような味だったので
自分でもつくってみた。
いわしはオイルサーディンで代用し、
ローズマリーをちょっと入れた。
好きなんで。
レーズンはドライトマトみたいな役割をさせて
味にこくをだすのだろうか。
なんだか自分で言うのもなんだが
レストランで食べたものよりうまかったぞ。
というか、自分好みの味に仕上がっていた。
こんど、お客があったときにでもつくってみよう。
たぶん好みが分かれるかもしれないけれど。

2008/04/19

紅茶碗。

7s_081
コーヒーカップとか、紅茶碗とか
毎日使う食器は、
とても気に入っているものでも
なんとなく飽きた気分になるときはあるものだ。
飽きないまでも使用頻度がたかいがゆえに
欠けたりこわれたりすることだってある。

でも、
飽きるということはべつに悪いことではない。
飽きるからこそ、別のモノなりコトなりに
トライする機会がうまれるというものだ。
動きがうまれる、ということでもある。

だから、
特別何があるわけでなく、
ただかわり映えのしない日常に
ちょっとした閉塞感を感じたりするとき、
新しいカップを買って
使ってみるなんてことをしても
気分が変わるなら、それはいいことなのである。
そんな日常のささいなことにも
楽しみを見つけられるなら、
それはいいことなのである。
小市民万歳。

さて、この二つのカップは
以前に使っていたものだ。
けっこう大きめのサイズなので
紅茶をがぶ飲みする自分としては
使いやすいカップであった。
イギリスの女性陶芸家のもので
ビームスで買ったのだった。
底にむかってすっと細くなっていくフォルムがきれいなのと、
Drink MeとかSay When と書いてある
ちゃめっけがポイントか。

取手がとれたり、ふちが欠けたりして
最近、出番がなかった。
ツレが修繕をこころみて使える状態ではあるので
またいつか出番もあるだろう。
忘れたころに、
「おおこんなカップがあったか」なんて。

2008/04/18

ビビデバビデブゥ。

7s_074

とくに意味はないのだが、
この写真を見ていたら
ふと頭に浮かんできたのである。
ビビデバビデブウ。
これはたしか魔法の言葉であるか?
ちちんぷいぷいみたいなものだったか?

たぶん。
この目がなんか企んでいそうな目なので
思いうかんだ気がする。
でも。
たくらんでいそうで
実はなにも考えていない
フク太郎一歳半。